卒院
数えで15になる春、俺たちは孤児院を出ることになった。
多くの弟や妹たちに見守られる中、数少ない荷物を背負って特に仲の良かった奴らに声をかける。
荷物と言っても、院長がこの日の為に用意しておいてくれた衣服くらいなものだが。
「レイ、屋根の修理がまだ終わっていません、終わるまではちゃんと通ってくださいね?」
ダスク院長ににこやかに言われてレイが項垂れる。
先週クエストで森に入ったときに帰りが遅れたため、最後の料理当番をサボってしまった。
そんなレイへの罰が屋根の修理だったのだが、まだ終わってなかったらしい。
「ハル、最低でも四半年に一度は顔を出しなさい」
レイへの死刑宣告の後、こちらに向き直って言う。
何だかんだ心配性なおっさんなのだ、四半年とは行かなくとも年に一度は近況を報告しに来よう。
「二人の創作料理を下の子たちにも受け継がせなくてはいけませんからね」
……このおっさん、自分が食いたいから受け継がせる気満々じゃねーか。
「レイ、ハル」
一昨年卒院したが孤児院に残り、院長の後を継ぐために修行中のクロウがこちらに近寄ってくる。
「二人共、森に入るときは十分に注意しろよ、弟達の訃報など聞きたくないぞ」
そう言って鋭い眼光をこちらに向けてくる。
「クロウこそ、その目つきなんとかしないと子供に泣かれるぞ」
俺の言葉にショックを受けたのだろう、クロウは気持ち肩を落とした。
「ハル!」
両の目に涙をたたえた妹、シアがいつの間にか傍に居た。
「シア、来年はお前の番だ、色々準備しておけよ?」
シアの頭を撫でていると、復活した相棒がこちらに来る。
「そうだぞシア、お前相変わらず飯ヤバいんだから料理できる相手見つけろ」
シアの料理下手は結局治らなかった。
途中からは彼女自身諦め、救護院の手伝いをする傍ら治癒系魔法の勉強を行い、更に何故か格闘技の訓練をしていた。
レイの言葉を聞いたシアはムッとした顔になると、唐突にこちらを向いて人差し指を突きつけて睨みつけてくる。
最近のシアからの模擬戦申込みのポーズだ、レイの言葉で溜まったストレスを俺で発散する気らしい。
「やるか?ランク3冒険者なめんなよ!」
そう言って左手を前に出し右手を腰だめに構える。
シアは速度と手数を生かした戦い方をするので、カウンターくらいしか当たらない。
その代わり、かなり打たれ弱いので一発当てれば勝負がつく。
俺が構えたのを見て妹たちがため息をついたが、砂埃がたつのを嫌がってだろう。
旅立ちの日にまで荒っぽい兄に対する視線が痛い。
こちらの構えを見て顔を真っ赤に染め、指先をプルプル震わせたシアが唸り声を上げながら突撃してくる。
(こっわ!ガチギレじゃねーか!今後飯関連の話はやめておこう……)
そう胸に固く誓い、シアから放たれた右拳を左手の甲で軽く外側に押しやり、そのまま懐に潜り込むように左手を伸ばす。
耳元でシアの口から息が漏れるような音を聞きながら勝利を確信する。
これ以上ダメージを与えないように、左手をめり込んだ腹から引く。
「ったく、あれ程言っただろ、後先考えずに突っ込むなって」
掌底を入れられた場所を押さえながら、涙目で唸っているシアに目線を合わせて言う。
「シアは決して弱くねーんだからもっと頭を使え」
近寄って頭を撫でると唸り声が収まっていく。
にも関わらず周りから漂う残念感は増していく。
俺が何をした、妹たちよ。
「シア姉撃沈っすねぇ」
そんな台詞と共に近寄ってきたのは3歳下のシーラだった。
「撃沈って……今のはシアの自爆だろ」
シーラの方を向き直ると、彼女が徐ろに戦闘態勢を取る。
「姉の敵は妹がとるもんっす!ハル兄、覚悟してほしいっす!」
ノリノリで踏み込んでくるシーラに牽制を放ちながら距離を取ろうとする。
しかし彼女はさせじと左右に振りながらなおも間合いを詰めてくる。
「年々すばしっこくなるな!」
彼女のジャブやフック、裏拳や掌底を避けたり受け流しながら間合いを図り反撃をするが、シアと違って天性の格闘センスのあるシーラはこちらの攻撃を紙一重で避ける。
「そう言うハル兄も年々無手の技術が磨かれていくっす!」
楽しそうにそう告げる彼女に蹴りを放つとバックステップで躱される。
「にょわ!妹相手にそのケリは酷いっす!」
「やかましいわ!軽々と避けといて何が酷いだ!」
体制を立て直す前にシーラに肉薄して手を掴み投技に移行する。
しっかりと両足で着地したシーラを後ろから羽交い締めにし、ダスク院長の元に連れて行く。
「シーラ、今日は彼らの旅立ちの日なのですからあまり騒がないように」
ダスク院長は笑顔でそう言うと、彼女の頭を撫でる。
大人しくなったシーラを院長に預けて、弟たちに別れの挨拶をする。
中には涙ぐんで別れを惜しんでくれる子も居たが、大半は俺達の飯が食えなくなることを悲しんでいたので、在院中に書き記しておいた簡単なレシピ集を渡しておいた。
このレシピ集をマスターし、それ以上を作れる子が出てくることを願おう。
「俺達がギルドで買った家は、この先のダンカンの親父の宿の近くだから、困った事があればいつでも言ってくれ。留守が多いと思うけど、メモを扉に挟んでおいてくれれば帰り次第すぐに来るから」
クロウにそう告げて、簡単な地図を書いて渡す。
「お前の地図は相変わらずわかりにくいな、どの線がどの道だ」
彼の呆れた声を聞いてレイが裏側に地図を書き直す。
最初からレイに書かせればよかった。
「あら〜、何とか間に合ったかしら〜」
そんな言葉とともに歩いてきたのはナリーだった。
彼女は卒院した後、治療院で働きながら寮で暮らしている。
休憩時間に抜け出してきたのだろう。
彼女はそのままレイの方へまっすぐ歩いてくると、徐ろに腕を掴んでそのまま歩き去ろうとする。
「えっ、ちょ、ナリー!?」
レイが驚いて手を振り払おうとするが、ガッチリ掴まれていてびくともしていないようだった。
「あらあら〜、暴れちゃ駄目よ〜」
ナリーはそう言いながら俺の方に向き直ったので半歩下がって身構える。
「もう、お姉ちゃんその反応は傷つくわ〜」
口元に空いている左手を添えて嘆息するが、どんな態度を取られても決して油断しない。
元孤児院随一の怪力の持ち主に油断をする訳がない。
「まぁいいわ、一人いれば事足りるもの。じゃあちょっと借りていくわね〜」
それだけ言い残すと、レイを引きずって治療院の方に戻っていく。
「……すまん、相棒、俺には助けられない」
俺の呟きに一同も頷くのだった。




