8/枯木の王と鬼人の傭兵
海辺の草原にたどり着いたふたりを迎えたのは、見知った顔だった。
「あーっ! この前の人間!」
女鬼人はコノハの姿を見つけると大声で言った。
「この手品野郎! てめえのおかげでぐっすり快眠して身体の疲れが取れちまったじゃねえか!」
彼女はずかずかと近づいてくると、愉快そうにコノハの肩を叩いた。
「それは文句なのですか……?」
コノハの傍らに控えていたシルヴァリエルがあきれたように言った。
「よお片耳! てめえもやっぱり傭兵だったんじゃねえか!」
「私たちは傭兵ではありません」
「まあまあ、君の疲れが取れたならよかったよ」
コノハは肩にのせられた女鬼人の手をどけると、彼女に問いかけた。
「状況はどんな感じだい?」
「まだ斥候の飛竜が数匹飛んできただけだ」
彼女は背後を親指で指し示す。
そこには首を落とされた飛竜の死体が転がっていた。
「他の傭兵は来てないのか?」
「昨日の稼ぎが良かったからな。たぶん朝まで飲み明かして潰れてんじゃねえか?」
コノハたちが草原にたどり着いたとき、その場にいた傭兵は女鬼人だけだった。
「貴方ひとりしかいなくて大丈夫なのですか? 大群がきたらどうするのです」
「あたしは一年以上この街で稼がせてもらってるが、大群が来たことなんざ一度しかねえよ。こっちとしてはもっとじゃんじゃん飛んできてほしいくらいだ」
女鬼人は退屈そうにそう言った。
「――なら喜べ、二度目がくるぞ」
草原の端にある断崖から海を眺めていたコノハは、戻ってくるなりそう言った。
「マジか、まだ影も見えねえぞ」
「数にすると三十から四十ちょいくらいかな。五十まではいかない」
その言葉を聞いて、女鬼人は拳を手のひらに打ちつけた。
「よっしゃあ! ガッツリ稼がせてもらおうじゃねえか!」
「しかし我が王。こちらには飛び道具の用意がございませんが、いかがいたしましょうか」
「あぁ、大丈夫。これから足場を作るから」
コノハはそう言って大地に両手をつける。
シルヴァリエルは彼のその姿を見て、断崖へ向かおうとした女鬼人を呼び止めた。
「――そこの鬼人の貴方」
「あん? なんだ片耳」
「我が王の邪魔になりますのでこちらへお下がりなさい」
「はあ? それはどういう――」
そう言いかけたところで、女鬼人も大地の振動に気がついた。
彼女は言われた通りにシルヴァリエルの近くまで下がると、草原の端の大地を突き破って無数の根が轟音と共に勢いよく飛び出した。
「なんだこりゃあ!?」
「これが我が王のお力です」
驚きの声を上げる女鬼人を横目に、シルヴァリエルは誇らしげに言った。
無数の根は断崖を越えてぐんぐんと海上へ伸びていき、互いの根を絡ませながら広大な樹木の平原を作り上げた。
「よし、じゃあ一番討伐数が多いやつが勝ちな。お先っ!」
そう言うとコノハは、樹木の平原へと一目散に駆け出した。
「あっ! てめえ、ずりーぞ!」
「お待ちください、我が王!」
ふたりは彼の背中を追いかけて草原を飛び出した。
◆
「――≪爆枝の球根≫」
枯木の王は球状に絡まり合った根の塊を作り出すと、飛来する飛竜の群れの先頭へ向けて大きく蹴り上げた。
球状の根は群れの頭上で弾けると、そこから幾本もの細い枝を伸ばし、まるで槍のように飛竜たちの翼を貫いた。
翼を貫かれて高度を下げた飛竜の首を、飛び上がったシルヴァリエルの剣が一閃する。
「あっ、獲られた!」
「ふふ、競争と言ったのは我が王ですよ」
微笑んだシルヴァリエルのすぐ近くを、女鬼人の巨体が通り過ぎる。
彼女は樹木の平原から跳躍すると、シルヴァリエルが首をはねた竜を足蹴にして更に飛び上がり、その上空にいた飛竜を大剣で斬り裂いた。
「ひとぉつ!」
女鬼人は空中に飛び上がった姿勢のまま次の獲物に狙いを定めると、自らの大剣を思い切り投擲する。
「ふたぁつ!」
飛行していた飛竜の身体を貫いたその大剣の柄には鎖が取り付けられており、彼女はその鎖を引っ張って空中で姿勢を変えると、その勢いで抜けた剣をそのまま振り回した。
「みっつ!」
遠心力によって加速した大剣が、飛竜の身体を翼ごと斜めに斬り裂く。
「な、なんて野蛮な戦い方……」
シルヴァリエルは思わずそうこぼしたが、同時に、彼女の戦士としての圧倒的な才能を認めざるを得なかった。
彼女は鬼人族特有の膂力を余すことなく活かし、全身全霊で戦場を舞っていた。
「オラぁ! あたしが全部喰っちまうぞ!」
樹木の平原に着地した女鬼人が雄叫びを上げる。
放たれた気迫によって恐怖が生まれ、飛竜の群れの中へ動揺が走る。
「――≪破棘の小枝≫」
その隙を突いて幾本もの小枝が飛竜たちを刺し貫き、その身体を大地に墜とした。
「あっ、てめえ! 魔術はずるだろ!」
「俺は魔術師なのでずるじゃありませーん」
「くっそ……! ぜってー負けねえ……!」
「ほらほら、傭兵なんだからもっと身体張って稼がないと」
「うるせえ! てめえ後で覚えとけよ!」
女鬼人は捨て台詞を残すと飛竜の群れへと再び飛び込んでいった。
◆
結果から言えば、最も討伐数が多かったのはコノハだった。
空を舞う飛竜が相手だったこともあり、飛び道具である魔術を使えるコノハが有利だったので当たり前といえば当たり前の結果なのだが、女鬼人は不服の表情を浮かべていた。
「貴方が我が王に勝てるはずないでしょう」
「うるせえよ! あたしはここに来てから討伐数じゃ誰にも負けたことがなかったんだ! それをこの枯れ枝みたいな男に……!」
彼女が指さした先では、コノハが狩った飛竜の首を布で拭き上げながら役人の検分に立ち会っていた。
「ったく、竜殺鬼の名が泣くぜ……」
「そんな異名があったのですね」
「おうよ、“竜殺鬼のアースラ”っつったらそれなりに有名なんだぜ」
「そうなのですか。私は知りませんでしたが」
「いちいちうるせえなてめえは! 喧嘩売ってんのか!」
「はいはい、揉めないの」
検分を終えて役人から討伐報酬を受け取ったコノハが戻ってくる。
「ほい、お嬢さんのぶん」
「気持ち悪ぃ呼び方すんな、アースラでいい」
「はいよ、アースラちゃん」
「『ちゃん』もいらねえ」
「わかったよ。はい、これがシルヴァリエルのぶん」
「ありがとうございます」
討伐した飛竜の総数は四十三頭だった。
その内訳はコノハが十九、アースラが十三、シルヴァリエルが十一。
一番討伐数が少ないシルヴァリエルでも、それなりにまとまった金額が報酬として支払われた。
報酬を渡し終えて立ち去ろうとするコノハたちを、アースラが呼び止めた。
「おいおい、どこ行くんだよ。まだ飯食ってねえだろうが」
「俺たちと飯を食うのか?」
「おまえら以外に誰がいんだよ。だいたい傭兵が仕事終わりに飯食って酒飲まねえでどうすんだ。酒場の仕事がなくなっちまうだろうが」
それは確かに一理ある話だ。
それにこの報酬は竜族の同胞を屠ることで得たものだ。
同じ竜族に還元することができるのなら、多少は筋を通せるかもしれない。
「――いいか?」
「我が王の望みとあらば」
コノハの問いにシルヴァリエルは二つ返事で答えた。
「決まりだな? よっしゃ、ついてこい。今日は久しぶりにうまい酒が飲めそうだ」
そうして三人はドラグノートの酒場へと繰り出していった。
◆
「いやぁ~……、おまえ人間のくせに強ぇよなぁ……。戦いであたしの股を濡らした男はおまえが初めてだぜ」
コノハの肩に腕を回したアースラはしみじみと言った。
ちなみにこの話は七度目である。
「アースラ、我が王に下品な口を利くのはおやめなさい」
シルヴァリエルのこの台詞が十回を超えたところで、コノハは数えるのをやめた。
「いいじゃねえかよぉ~……。こいつはなかなかのもんだ。おまえも濡れたろ?」
「我が王が素晴らしいという点については異論はありません」
「そうだろ? そこそこ悪くねえ面してるもんな」
相性が良いのか悪いのか、ふたりは噛み合うようで噛み合わない会話をずっと繰り返していた。
この後どうやって酔ったふたりを片付けるかを考えながら、コノハはぬるくなったエールをあおった。
「――なあ、コノハ。あたしと一発ヤらねえ?」
コノハの顔をのぞき込み、潤んだ瞳でアースラは言った。
エールが喉を通り、ごくりと音が鳴る。
「……アースラ、酔っ払いすぎだ」
「酔ってねえよ! あたしは本気だ!」
酔っ払いはみなそう言うのだ。
前世と今世を生きぬいてきたコノハは、世界をまたぐその真理を身に染みて理解していた。
「シルヴァリエルも見てないでなんか言ってやってくれよ」
コノハはシルヴァリエルに援護を頼み、再びエールをあおる。
「――私は、我が王が妾を抱えることに異論はございません」
不意に背中を刺されてエールを噴き出しそうになってしまった。
「我が王には、王としての自覚が足りません。妾のひとりやふたり抱えなくてどうしますか。それに、貴方の優秀な種がこの世に残るのは我が身の喜びでもあります」
「そうだ! あたしを孕ませてみろ!」
「それにこの女、アースラには我が王に対する礼節が足りていません。どうか我が王のお力でこの女に我が王の偉大さをわからせてやってください」
「なんだとぉ? やんのかこのやろー」
「我が王がやってくださいます。竜退治の次は鬼退治です」
「おうおう、ヤってもらおうじゃねえか!」
啖呵を切ったアースラがコノハを肩に担ぎ上げる。
「待て、待ってくれ」
「往生際が悪いぞコノハ。男ならどーんと勃起させて、ばーんとぶち込めばいいんだ」
「アースラ、我が王に下品な口を利くのはおやめなさい」
「こいつがあたしを孕ませたらやめてやらあ!」
「言いましたね? 我が王、お願いします」
「お願いしますじゃないんだよ!」
「耳元で叫ぶなよ、うるせえなあ。食べちゃうぞ。まあこれから性的な意味で食べちゃうんだけど。あはははは!」
愉快そうに笑うアースラが酒場の扉をくぐる。
担がれたコノハが最後に見たのは、ジョッキを掲げて店主にエールのおかわりを要求するシルヴァリエルの姿だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
本作を「おもしろい」「続きが読みたい」と感じていただけましたら、ページ最下部のよりブックマークや【☆☆☆☆☆】での評価をお願いします。
星一つや星三つといった率直な評価も大歓迎です。
みなさまからのご評価が今後の執筆の励みになります。
お手数かとは思いますが何卒よろしくお願いいたします。




