4/枯木の王と竜の都
「これからどちらへお向かいになるおつもりですか?」
丹念に磨き上げられた鎧を身につけて、しっかりと旅支度を整えたシルヴァリエルが言った。
「まずは北にあるドラグノートへ向かおうと思う。あそこには旧い友人がいるし、やっておかないとならないこともあるしな」
「左様でございますか」
コノハは、シルヴァリエルの視線が自らの腰に装着した鞘に向けられていることに気づいた。
「気になる?」
「――はい。そちらは鉈、ですよね?」
シルヴァリエルがコノハの腰裏にある鞘を見てつぶやく。
そこには厚めの刃を持った鉈が納められていた。
「普段から使い慣れてるし、旅にはなにかと役に立つんだよ」
コノハは鞘からすらりと鉈を抜いて刃をシルヴァリエルに見せた。
「だいぶ昔にドワーフ族の刀鍛冶に作ってもらった、妖精銀製の逸品でね。お気に入りなんだ」
彼はどこか嬉しそうに言った。
「いざとなったら竜の角だって落としてみせるよ」
「我が王に害をなす者は、たとえ竜であろうと私が近づけません」
シルヴァリエルは胸を張ってきっぱりと言った。
「おいおい、『我が王』はなしって約束しただろ?」
コノハが不満げに言うと、彼女は悪びれもせずにすらすらと言葉を並べた。
「我が王は昨晩、『ベッドの上ではただの男と女』と仰いました。ということはベッドの外であれば、ふたりの関係は王と臣下に戻る。つまり、貴方を『我が王』とお呼びしても差し支えないはずです。まさかご自身で仰ったお言葉をお忘れになったのですか?」
コノハは思わず首をひねって自らの記憶をたどってみる。
「……言ったかもしれないな」
「さすが我が王、素晴らしい記憶力をお持ちでいらっしゃいます」
シルヴァリエルはにっこりと微笑んだ。
「でもさあ、それってちょっとズルくない?」
「まあ、人聞きの悪い。私は正々堂々と契約の穴を突いたまでです」
ちらりと扉の外の気配を確認してから、シルヴァリエルはそっと近づいて耳打ちした。
「――ですが、我が王が『ベッドの上以外でも男と女になりたい』と仰るのであれば、私もそのときは貴方のことを『我が王』とはお呼びしません。ですので、どうかご容赦くださいませ」
少し頬を赤らめたシルヴァリエルが、すっと離れて照れくさそうに笑みをこぼす。
その姿に、思わずコノハの胸が高鳴る。
耳打ちされた耳が、まだくすぐったい。
「――それは、ズルいよ」
コノハはため息交じりに言った。
すっかり頬は緩んでいる。
まったく、自分にはもったいないくらいの臣下を持ってしまった。
◆
ふたりの旅立ちを見送るために戸口に立つカーラとヘリヤへ、コノハはあるものを手渡した。
「こちらは……?」
「俺が焼け残った精霊樹から作った護符だ。魔力を込めて念じれば、どれだけ遠くに離れていても俺と会話ができる。なにかあったら呼んでくれ」
「ありがとうございます、旦那さま」
「旦那さまありがとー!」
カーラは丁寧に頭を下げ、ヘリヤは満面の笑みを浮かべた。
昨日の夕食後、カーラとヘリヤにも『我が王』と呼ばせたいシルヴァリエルと、それだけは勘弁してほしいというコノハの間で丁々発止の議論が繰り広げられた。
その結果として、使用人なら『旦那さま』だろう、ということで落ち着いた。
コノハにはそれでもむずがゆいものがあったが、背に腹はかえられぬ。
「それじゃ、カーラとヘリヤ。留守を頼む」
「いってらっしゃいませ、旦那さま」
「いってらっしゃいませー!」
コノハはシルヴァリエルの手を取ると、転移魔術を発動させる。
目指すは北、竜族の都であるドラグノートだ。
◆
シルヴァリエルの目に飛び込んできたのは、雄大な山脈の姿だった。
「奥に見える一際でかいのが、ガルスリーグ山脈。その手前にあるのがティラ山で、その麓に広がる花畑みたいな街が、ドラグノートだ」
コノハはひとつずつ指さして丁寧に説明する。
だがシルヴァリエルの視線は、一点を見据えたまま動かなくなっていた。
「――あれは、樹木、なのですか?」
「そう、あれは『覇王樹』と呼ばれる種類の木だ」
彼女の視線の先には、山々と肩を並べるかのように堂々とそびえ立つ、巨大な樹木の姿があった。
ガルスリーグ山脈のてっぺんまで届きそうなほど伸びた緑は、まるで青空を緑の絵筆で塗り替えようとしているかのようだ。
「まずはあの木を目指すんだが、その前に街に下りて準備しよう」
歩き出したコノハの背中を、シルヴァリエルは急いで追いかけた。
彼の背中をちゃんと見ていないと、世界の大きさに戸惑って自分を見失ってしまいそうな気がした。
◆
酒場のカウンターで一本の葡萄酒を購入して振り返ると、ちょうど入口から巨大な剣を背負った女鬼人が入ってきたところだった。
「――なんだぁ? 見ねえ顔だな、あんたも出稼ぎの傭兵か?」
女鬼人はシルヴァリエルを見るとそう言った。
「今日のぶんはちょうどあたしがぶった斬ってきたところだ。残念だったな」
そう言って椅子に腰を下ろすと、手慣れた様子で店主に麦酒を頼んだ。
鬼人族は人間族よりもはるかに体躯が大きい。
椅子に座って目線が下がったことで、ようやくシルヴァリエルの隣にいる男に気がついたようだった。
「……おいおいおい、もしかしてあんたの隣にいるのは人間の牡か?」
女鬼人は信じられないものを見るような目をして言った。
「……そうですが、なにか?」
「あんたの従者か? だったらあたしに一晩貸してくれよ。金は払うからよ」
「……なぜです?」
「そんなの決まってんだろ? 一発ヤるんだよ。あたしは戦後生まれでな。まだ人間の牡とヤッたことがねえ」
女鬼人は運ばれてきた麦酒を一気にあおった。
「あんたも戦場で生きてたらわかるだろ? 戦った後ってすげえムラつくんだよ……。なあ、兄ちゃんもあたしにぶち込んでみたいだろ?」
彼女はそう言って豪快に笑い、コノハの肩をばしばしと叩いた。
コノハは肩を叩かれた痛みよりも、隣から発せられる異様な殺気が気になって仕方がなかった。
「…………」
「はいはい、抜かないの」
黙って剣を抜こうとするシルヴァリエルへ手を伸ばして制する。
「しかし我が王――」
「シルヴァリエル、君は誰の剣だ?」
「――申し訳ございません」
コノハに問われると、シルヴァリエルは大人しく剣の柄から手を離した。
「なにふたりでイチャイチャしてんだよ、あたしも混ぜろよ」
女鬼人は空になったジョッキを掲げて、店主にお代わりを要求しながら言った。
「素敵なお誘いをありがとう、可愛い鬼人のお嬢さん。お礼にこの花を君にあげよう」
コノハが差し出した右手の先には、いつの間にか一輪の花が握られていた。
「なんだぁ? どこか――」
女鬼人が怪訝そうな顔をした瞬間、糸が切れたようにテーブルの上に倒れ込んだ。
コノハは手の中の花を彼女の髪に差し込んで飾りつける。
「――なにをなさったのですか?」
「催眠作用のある花の香りを嗅がせたんだ。しばらくは起きないよ」
女鬼人はジョッキを握ったままテーブルに突っ伏して、静かに寝息をたてている。
それを確認して、思わずコノハは胸をなで下ろした。
街に到着して早々に刃傷沙汰など起きてしまったら、この先の旅路が思いやられてしまう。
「さあ、目的の酒も手に入れたし覇王樹へ向かおう」
コノハは逃げ出すように酒場の外へ出る。
「覇王樹に行ってなにをなさるおつもりなのですか?」
シルヴァリエルの問いに、コノハは振り返らずに答えた。
「――墓参りだよ」
歩き出したコノハの背中の先には、巨大な樹木が街を見守るようにそびえ立っていた。
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