3/コノハとシルヴァリエル
その夜。シルヴァリエルはカーラとヘリヤが眠ったことを確認すると、枯木の王の部屋を訪れた。
「――我が王にはどれほどの言葉を尽くしても感謝しきれません」
シルヴァリエルは深々と頭を下げた。
「気にしないでくれ。たいしたことはしてないよ」
枯木の王は笑って手を振った。
「我が王から頂いた恩情に、心ばかりのお礼を差し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」
シルヴァリエルは枯木の王を真っ直ぐに見据えて言った。
「ああ、構わないけど――」
「――ありがとうございます」
そう言うと、シルヴァリエルはおもむろに身につけている衣服を脱ぎはじめた。
「し――シルヴァリエル!?」
「片耳の傷物で申し訳ないのですが――どうぞ我が純潔をお受け取りください」
全ての衣服を脱ぎ捨てたシルヴァリエルが、両手を前に組んで再び深々と頭を下げる。
ろうそくの炎に照らされて、闇の中にしなやかな裸体が浮かび上がる。
「ま、待ってくれ。気持ちは嬉しい、嬉しいよ。でもダメだ、もらえないよ」
「やはり片耳の傷物ではお気に召しませんか?」
「違う! そんなことはない、その傷は君が一族を守るために負った誇り高いものだ。それだけは絶対に否定させてもらう」
シルヴァリエルはその言葉に胸をなで下ろすと同時に、じんわりと温かい気持ちが身体中に広がるのを感じた。
「では、なぜ?」
「シルヴァリエル、君はそんなことしなくていいんだ。俺も君の弱みにつけ込むようなことはしたくない」
「――我が王はお優しいのですね」
思わず浮かんだ微笑みを引き締めて、シルヴァリエルは言う。
「貴方は我が一族を助け、弔い、生きる道を示してくださった。そして貴方は私の怨讐すら、その身に受け入れてくださいました。私は貴方のその優しさに報いる術を、これ以外に知りません」
枯木の王は黙ってその想いに耳を傾けた。
「我が王、我が大樹よ。貴方へなにも返さぬまま生きることなど、私にはできません。もし貴方がそれでも拒否すると言うのなら――」
シルヴァリエルは大きく息を吸い込んで、言った。
「――私は貴方がたとえ地の果てまで逃げようとも、必ずや追い詰めてご奉仕してご覧に入れます」
歴戦の狩人の如き気迫に、枯木の王は自分が大切なことを忘れていることにやっと気づいた。
――そうだった。
この世界では、人間界も魔界も女系社会が基本だ。政治も軍事も経済も、女性が主導権を握っている。
牡とは狩る者ではなく狩られる者。
そんな世界の常識を飛び越えて、シルヴァリエルは自らの純潔を捧げようとしている。その決意と覚悟を凌駕するほどのものを、自分は差し出せるのだろうか。
「……わかった」
枯木の王は大きなため息をつくと、両手を挙げて暗夜の女王に降伏した。
「シルヴァリエル、君の決意と覚悟に敬意を表する。俺の負けだ」
「ご理解頂けたようでなによりです、我が王」
「ただし、ひとつ条件がある」
戦争には敗北した。
ここからは和平交渉の時間だ。
「俺のことは『我が王』じゃなく『コノハ』と呼ぶこと」
「それはできません!」
床板を踏み抜きそうな勢いでシルヴァリエルが一歩踏み出した。
「大恩ある我が王を呼び捨てにすることなど、できるはずがありません! 我が王の臣下としてそれだけはご容赦頂きたい!」
「ベッドの上ではただの男と女じゃないか」
「それは――そうかもしれませんが」
「それが受け入れられないのならこの話はなしだ」
「ぐ――っ、うぅ……ぬ!」
まるで腹を空かせた巨竜のようなうなり声を上げるシルヴァリエル。
「……コノハさま」
「ダメだ」
「……コノハ、さん」
「もう一声」
「ぐぅ――っ、ぬ……うぅぅ……」
シルヴァリエルは枯木の王の両腕をがしりと掴み、水滴が落ちるような声で言った。
「…………こ、コノハ」
白銀の髪から飛びだした長い耳が、ほんのりと赤みを帯びている。
戦に負けて勝負に勝った、とまでは言わないが、これくらいの反撃は許してもらおう。
コノハはシルヴァリエルを抱きしめると顎を持ち上げ、その唇に口づけをした。
「――っ」
驚いたように目をぱちくりさせて、シルヴァリエルがコノハを見上げる。
「汝の純潔、もらい受ける」
枯木の王として一言だけ残し、コノハはもう一度シルヴァリエルに口づけした。
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