28/枯木の王と戦場の花
――それは、剣とも槍ともつかない、一本のねじくれた枯れ枝だった。
枯木の王が握りしめた種から発芽したそれは、彼の右腕を貪るように根を張り、肩口まで覆い尽くしていた。
「なんだ――それは……!」
剣ならばわかる、槍ならばわかる、斧ならばわかる、弓ならばわかる。
ひとたび戦場に立ったのならば、なにが己の命を奪おうと知ったことではない。己の死に方を選ぶことができるのは、最後まで戦場に立ち続けた者のみが得られる特権だ。
だが――
「――そんな、そんなもので我らを滅ぼそうと言うのか、貴様は!」
あんな貧相な枯れ枝で、誇り高き竜族の命が奪われるなど、あってはならないことだ。
それは勇猛たる戦士として戦場を駆けたマンドル・ドレイクにとって、勲章に泥を塗られたに等しい侮辱だった。
「……そうだ。貴殿らはこの枝によって葬られる。屍竜の王よ、貴殿もその目で同胞が空から墜ち、海中に没していく姿を見たであろう」
枯木の王が言った通り、屍竜の王と共に空を駆けた同胞たちは一匹残らず、枯木の王が振るう貧相な枝によって打ち落とされていた。
ただの枯れ枝が竜族の身体を引き裂き、翼を穿ち、頭蓋を叩き割る。
無数の戦場を駆け抜け、幾度も死地を乗り越えてきた屍竜の王にとって、それは悪夢と呼ぶに相応しい光景だった。
「戦士を愚弄するその無礼、絶対に許すわけにはいかぬ! 戦場を侮辱したその罪過、地獄で後悔するがいい!」
屍竜の王が一際大きく咆哮し、その牙で枯木の王をへし折らんと襲いかかる。
「――ここには戦士も、戦場もない。ここにあるのは、己が死を認められぬ迷える魂だけだ」
枯木の王は迫りくる屍竜の王に向けて、その未練を断ち切るように、右腕の枯れ枝を振るった。
「――≪樹葬伐罪≫」
ねじくれた枯れ枝はその姿を変えることのないまま、まるで魔剣を振るったように屍竜王の半身をたやすく斬り裂いた。
「何故だ……」
「貴殿は千二百年前に戦士として死んでいる。竜として蘇ることはできたが、戦士としての魂は蘇らなかったようだな」
「千、二百年……前……」
屍竜王の混濁した思考の中に、ある戦場の光景が浮かび上がる。
「枯れ枝……もしや、貴様……」
「――千二百年前に貴殿を殺したのは、俺だ」
枯木の王は樹皮の仮面を引き剥がすと、己の素顔を屍竜の王に晒した。
「そうか……我らは……」
屍竜王の濁った瞳にほのかな光が灯る。
彼は枯木の王を真っ直ぐ見据えて、言った。
「――世話をかけた」
枯木の王はなにも言わず、千二百年前と同じように、再会した火竜将の頭部へと枯れ枝を突き立てた。
◆
「全員、草原まで退避!」
コノハから魔術言語で指示を受けたフィールが、大声で叫んだ。
海岸で迫りくる骨竜を食い止めていたシルヴァリエルたちは、その声に従って距離を取った。
「フローレット! 氷結魔術で敵の足を止めて!」
「――はい!」
フローレットはフィールの指示通りに氷結魔術で海面を凍らせ、海中から飛び出そうとする骨竜たちの足を止めた。
「――撤退完了。いいわよ」
コノハが作った魔術回線を通して、フィールが魔術言語で返答を送る。
するとその報告を待っていたかのように海中から木の根が這い出し、足止めされた骨竜たちを次々に呑み込んでいった。
「あいつ、今度はなにする気だって?」
「さあ? 『海岸から離れてくれ』としか言ってなかったわ」
大剣を肩に担いで問いかけたアースラに、フィールは肩をすくめて答えた。
「あれは……」
剣を納めたシルヴァリエルが、海を眺めて言葉を失う。
「――“枯木の王”のお手並み拝見、といったところだの」
額の汗を手の甲で拭い、ティアリスが言った。
シルヴァリエルたちの視線の先には、海中に根を張る巨大な大樹の姿があった。
大樹の根は海岸に散らばった骨竜たちの死骸を拾い集めると、大樹のもとへと運び去っていく。
シルヴァリエルはその光景を見て、初めてコノハの魔術を目撃したときのことを思い出した。
あのときも木の根が、ダークエルフ族の遺体を燃えさかる精霊樹の森から運び出していた。
「ま、まさか、全ての竜族の遺体をお集めになるつもりなのでしょうか……?」
海中に沈んだ竜族の死骸を引き上げた根を見て、少し怯えたようにフローレットが言った。
「だろうな。あれはそういう男よ」
するとティアリスは彼女の肩をそっと抱き、どこか誇らしげに言った。
「上の方に埋もれてるのが、屍竜王さんかねぇ?」
コリーダが指さした場所に目をやると、大樹の中から飛び出した大きな翼と尻尾が見えた。その身体はほとんどが大樹に呑み込まれてしまっているようで、その全貌を海辺の草原から確認することは困難だった。
「……なんかどんどん太くなってねえか?」
アースラが指摘した通り、海に根ざした大樹は、竜族の死骸を呑み込みながら徐々にその巨大さを増していった。
幹は太くなり、枝は伸び、大樹は順調に成長していく。
枝から葉が生えることはなかったが、その代わりに、実のような塊が木の枝にくっついているように見えた。
「まさか――」
シルヴァリエルが思い至ったその答えを肯定するかのように、枝についたなにかの塊が大きくなっていく。
「……アイツ、本当にバカみたいにお人好しよね」
その声にシルヴァリエルが振り向くと、フィールはどこか呆れたような笑顔を見せた。
「ええ、本当に――」
シルヴァリエルは彼女が自分と同じ結論に達したことを確信すると、おだやかに微笑んだ。
「――それでこそ、我が王です」
シルヴァリエルたちの視線の先で、海に根ざした大樹は、満開の花を咲かせた。
淡い光を放つ無数の花たちは、大樹をかがり火のように彩った。
◆
――≪朽骨草生≫。
コノハはその植物魔術をそう名付けた。
生死は終わりではなく巡り廻るもの。
それはコノハにとって祈りのようなものだった。
海に根ざした大樹の頂点で、コノハは小さな花と向き合っていた。
その花はつぼみから開花すると、あっという間に花弁を落とし、小さな実をつけた。
コノハがその実を手に取ると、残った茎や葉は消え去るように枯れていった。
小さな実が割れ、手のひらに数粒の種子がこぼれ落ちる。
それは呑み込んだ竜族の死骸を魔術的に凝縮させ、植物の種子へと転換したものだ。
その種子に魔術的な効果はなにひとつなく、実からこぼれた種子の形状はひとつひとつがバラバラで、なにが芽を出すのかは術者であるコノハにもわからない。
「――今度はゆっくり眠ってくれ」
コノハはその種子を小さな筒の中に入れると、シルヴァリエルたちがいる草原へと向かった。
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