25/枯木の王と復活の竜
コノハたち一行が迎えるはずだった穏やかな朝は、伝令の妖精が扉を叩くけたたましい音によって、朝靄の如く消え失せた。
一行が謁見の間へ到着したとき、そこには既に妖精族の女王、ルピア・スプリングと、竜族の王女であるフローレット・ヴァナディースの姿があった。
「――朝早くにお呼び立てして申し訳ございません」
コノハたちの姿を確認したフローレットが丁寧に頭を下げた。
「フローレット? 一体どうしてここに?」
「母である女王ティアリスの命で、皆さまをお迎えに上がりました」
コノハが問うとフローレットはよどみなく答えた。
「ティアリスの?」
「はい。急を要する事柄ですので、詳細はドラグノートに移動してからお話いたします。――ルピア陛下、丁寧なご挨拶もできず申し訳ございません」
フローレットは女王に改めて向き合うと、深々と頭を下げた。
「どうかお気になさらず。ティアリスさまによろしくお伝えください」
「ありがとうございます。……それでは皆さま、ご準備はよろしいでしょうか」
フローレットの足元に淡く光る魔方陣が展開され、転移魔術の準備が整えられる。
「アンタたち、行くわよ」
「なんでおまえが号令をかけるんだよ」
フィールがコノハの肩の上に座って声をかけ、一行は魔方陣の中へと入った。
フローレットは皆が魔方陣の内部に入ったことを確認すると、転移魔術を発動させ、コノハたち一行を竜族の都ドラグノートへと転移させた。
◆
「――急に呼び立ててすまんの。緊急事態故、許せ」
竜族の女王、ティアリス・ヴァナディースはコノハたち一行を謁見の間に迎え入れると、いつもの気さくな口調で言った。
「今度はおまえから厄介ごとの持ち込みってわけか」
「はん、これはおぬしにも関わることだ。耳の穴かっぽじってよーく聞いとれ」
「俺にも関わる……?」
コノハが嫌味を言うと、ティアリスは意外な返事をよこした。
「前置きはなしで率直に言おう。かつての火竜将、マンドル・ドレイクが復活した」
「な――ッ!?」
その言葉を聞いて、コノハとシルヴァリエルたちの間に動揺が走る。
昨夜フィールから聞いたばかりの、あの火竜将の名を、忘れているわけがない。
千二百年前の第一次人魔大戦で、コノハが討ち取った竜族の将軍。
長き時を経て、なぜその竜が復活したというのか。
ティアリスはコノハたちの疑問に答えるように、ひとつひとつ説明し出した。
「――明け方に一頭の古竜族がドラグノートまでやってきた。そやつは『女王にマンドル・ドレイクが復活したと伝えてくれ』とだけ衛兵に言い残して、死んだ。そやつの身体は傷だらけで、翼などレクセン島から飛んできたとは信じられぬほどボロボロだったそうだ」
女王は不愉快そうに顔を歪めた。
「昨夜遅くに、レクセン島から巨大な魔力反応が観測されたとの報告があった。それがマンドル・ドレイクの復活によるものだとしたら、事態は一刻を争う」
「……本当にあいつが復活したという確認は取れているのか?」
コノハがそう問いかけると、ティアリスは呆れながら言った。
「阿呆。おぬしあれから何年経ったと思っておる。魔族はおろか竜族ですら、名前を知っている者がおるかどうか怪しいわい。ましてやあやつの姿を見て確認できる者など、私かおぬしぐらいしかおらんだろうよ」
女王は肘掛けに肘をつくと、軽く握った拳の上へ気だるげに顎を預けた。
「甚だ迷惑な話だが、我々には心当たりがある……違うか?」
ティアリスはコノハに向かって言った。
「――やはり“死界樹の種子”だと思うか?」
「わからんよ。だが戦後にあやつの遺体をレクセン島に運んで埋めたのは事実だ」
「なら最悪を想定するべきか……」
「……質問してもよろしいでしょうか?」
シルヴァリエルが控えめに手を挙げ、申し訳なさそうにふたりの会話に割り込んだ。
「そもそもの話で申し訳ないのですが、“死界樹の種子”とは一体どういったものなのでしょうか?」
精霊樹の森にある遺跡の中に、“死界樹の種子”なるものが封印されているのは知識としては知っていた。
しかしそれが実際にどういうものなのかは、ダークエルフ族の女王の後継者であるシルヴァリエルにも教えられてはいなかった。
「そうか、それもそうだな。しかし一体なにから説明するべきか……」
コノハが顎に拳をあてて首をかしげる。
「――俺の身体の中には“生命樹の種子”という、妖精族の秘宝が宿っている。それは『世界の命を内包する』と伝えられていて、俺はそれを手に入れてから老化が止まり、傷を負っても常人よりずっと早く回復するようになった。おそらくだが、宿主の生命力を増幅させる効果があるんじゃないかと俺は推測している」
彼は胸に手を当てて、どこかさみしげに言った。
「そして“死界樹の種子”は『世界の死を内包する』と伝えられていて、“生命樹の種子”と対極にある存在だと考えられる。この仮定が正しいのであれば、その能力は『死』にまつわるものだろう。もしかしたら――死者の蘇生も可能かもしれない」
シルヴァリエルの脳内に燃えさかる精霊樹の森と、その前で横たわる何人もの同胞たちの姿が蘇る。
“死界樹の種子”が奪われたことから始まった悲劇。
そしてその結果、失われた多くの命。
その犠牲を忘れぬために、コノハとシルヴァリエルは旅立ったのだ。
「――千年ほど前だったかな。俺は冥竜王ガルヴァースと暗夜の女王シルヴァスリルと共に旅をしていた。俺はその旅路の果てで“死界樹の種子”を発見し、それを精霊樹の森にあるダークエルフ族の霊廟の中に安置して、三人がかりで強力な封印を施した」
「それが奪われた結果として、今回の件が起きている、ということでしょうか」
「正直に言って、わからん。“死界樹の種子”にどれだけの力があるかもわかってないんだ。関連性は否定できないが、そうと決まったわけでもない、というところだな」
コノハはシルヴァリエルの疑問に正直に答えた。
「ダークエルフ族の女王よ、そなたが気に病むことではない。そなたの氏族を責める者など誰もおらん」
「……ありがとうございます、陛下」
ティアリスのいたわりに微笑みをもって返すシルヴァリエル。
そのとき、謁見の間の扉が勢いよく開かれた。
「観測班より伝令! レクセン島より魔力反応の移動を確認!」
駆け込んできた竜族の女兵士が告げた。
その報告に女王は眉をひそめる。
「伝令ご苦労。予測進路は?」
女兵士はほんの少しためらうと、姿勢を正して女王に述べた。
「予測進路は――ここ、竜都ドラグノートです!」
遠くから聞こえる警鐘の音が、戦いの始まりを告げるように謁見の間に響いた。
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