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24/29

24/枯木の王と妖精の夜

 小さくしぼんでしまったリボンの妖精の姿を、燭台の明かりがぼんやりと照らす。

 彼女の頭を飾る黄色いリボンが、シルヴァリエルにはどことなく花びらのように見えた。


「――アンタたちはどうせ、アタシの話を聞いてもアイツについて行くって言うんでしょうね」


 フィールは抱え込んだ膝の中に顔を埋めたまま、言った。


「でも、必ずアンタたちもアタシと同じ目に遭う日が来るわ。アイツはなにか事が起きたら、きっと誰よりも先に立ち上がって――消えていってしまう」


 シルヴァリエルが今まで見てきたコノハの姿と、フィールから聞いた千二百年前の彼の姿を重ね合わせてみても、その可能性が全くないとは、彼女にも思えなかった。

 だが、だからこそ、シルヴァリエルにはフィールに言わねばならない言葉があった。


「――捕まえましょう」


 リボンの妖精はゆっくりと顔を上げると、その声の主を見た。

 シルヴァリエルは小さな彼女の視線に合わせるように、姿勢をかがめた。


「追いかけて、捕まえるのです。我が王がたとえ地の果てまで逃げようとも、私たちで、捕まえましょう。再び逃げられても諦めず、あの人が音をあげるまで、何度でも、何度でも」


 アースラは口元を歪め、コリーダは柔らかな微笑みを浮かべて、ふたりを見守っていた。


「……な、なんでアタシまでアイツを追いかけなきゃいけないのよ」

「私たちの中で、我が王と一番付き合いが古いのはフィール殿です。貴女の知恵と、私たちの力を合わせれば、我が王といえど逃げ切ることは難しいはずです」


 シルヴァリエルは手を伸ばし、小さな妖精の、小さな手を取った。

 人差し指と親指の間に、確かな温もりを感じる。

 シルヴァリエルには、彼女が抱えた千二百年ぶんの想いを、見捨てたままにすることなどできなかった。

 同情でもなく、憐憫でもなく、ただ――同じ男(ひと)を愛した、女(とも)として。


「どうか私たちにフィール殿のお力をお貸しください」

「――アンタも相当なお人好しっていうか……バカよね」


 リボンの妖精はシルヴァリエルから顔を背けてそう言ったが、繋がれた手を振りほどくことはなかった。


「褒め言葉として受け取ってもよろしいでしょうか?」


 シルヴァリエルは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「……勝手にすれば? アイツもバカ、アンタもバカ、みーんなバカ」


 フィールはシルヴァリエルに向き直ると、瞳を潤ませながら笑った。


「そしてアタシも――どうしようもない、バカだわ。アンタたちと一緒だったら、今度こそアイツを捕まえられるかも、って期待してる」


 フィールの笑顔が小さな花のようにほころび、彼女の瞳の端から、一粒の涙がこぼれ落ちた。


「――ねえ。アタシのこと、『フィール』って呼んでもらえる?」

「もちろんです。私のことはどうか『シルヴァリエル』、とお呼びください」


 ふたりがそう言葉を交わすと、アースラとコリーダからも声がかかる。


「あたしはアースラだ。よろしくな、チビ」

「わたしはコリーダだよぉ。よろしくねぇ」


 リボンの妖精はふたりの顔を見比べると、小さな身体を大きく張って言った。


「この中ではアタシが最年長なんだから、先輩としてしっかり敬いなさい。……いいわね?」


 フィールは不敵な笑みを浮かべると、シルヴァリエルたちにそう宣言した。


 ◆


 部屋に案内してくれた妖精からもらった、『妖精の蜜飴』なるものを舐め終わる頃には、今晩の熱唱ですっかり枯れ果てたコノハの喉は、驚くほど回復していた。


「……さすが妖精の技術力。作り方教えてもらえねえかな」


 ベッドから起き上がると、サイドテーブルに置いてあった水筒を手に取り、中身をあおった。

 ――水を飲み込んでも、喉に引っかかる感じがない。どうやら本当に喉の炎症が治まっているようだ。

 コノハが咳払いをしたり、小さく声を出して喉の調子を確認していると、部屋の扉を光の球体がするりとすり抜けてきた。


「――入るわよ」

「それ、部屋に入る前に言うべきじゃない?」


 光の球体が泡のように弾け、見慣れたリボンの妖精が姿を現す。


「うっさいわね。あんまり細かいこと気にしてるとハゲるわよ」

「やめろよ。前世も今世もハゲの血筋なの気にしてるんだから」

「アンタがハゲても、アタシはアンタのことがずっと好きよ」

「へいへい、ありがとさ…………ん?」


 思いがけない言葉にコノハが驚きと共に振り返る。

 そこには両の手のひらをぎゅっと結び、こちらを真っ直ぐに見据えるフィールの姿があった。


「――好き。大好きなの。ずっと……ずっと、さみしかった。アンタがいないと、つまんないのよ」

「フィール……」


 小さな妖精は瞳にいっぱいの涙をためて、震えながら言った。


「――なんでアタシを連れて行ってくれなかったのよ。アンタがいるなら、アタシはどこまでもついていったのに。アタシは、アンタの邪魔だったの……?」

「違う……違うんだ、フィール。そんなことない。ただ、あのときは――それが最善なんだって、思ってた。思い込んでたんだ」


 コノハの頭の中で、時計の針が勢いよく過去へ向けて回り出す。

 言えなかった言葉、忘れられない景色が、ありありと蘇ってくる。


「俺は――怖かったんだ。自分が大切にしてるものを守り切れなくなるときが、怖かった。俺は、俺自身を信じられなかった」


 魔族を殺して勇者になった。

 人間を殺して英雄になった。

 だがコノハの心には、達成感も、罪悪感も、なかった。

 ただ、こ(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)か(・)、という諦観だけがあった。

 異世界から転生し、人魔の垣根を越えて戦い、救った。

 ――だ(・)か(・)ら(・)ど(・)う(・)し(・)た(・)と(・)い(・)う(・)の(・)だ(・)。

 大河の流れに小石をひとつ落としたところで、その流れは止まらない。

 それでもなにかが変わると、信じることもできた。

 だがそのときのコノハには、そこまで思い上がる強さもなかった。


「正直に言えば――今も、怖い。だけど俺は、いろんな人たちのおかげで、少しだけ強くなれた。だから、今はあのときの選択が、間違ってたって思える」


 コノハは自らの姿勢を正し、改めてフィールと向き合うと、ゆっくりと頭を下げた。


「――ごめん、フィール。俺はあのとき、おまえに助けを求めるべきだった。俺の傍にいて、俺を支えててほしいって、言うべきだった。だけど、言えなかった。……だから、ごめん」


 フィールには、今もコノハのことがわからない。

 彼の心の奥底に、なにか重たいものがあるというのはわかる。

 だが、それを軽くする方法も、一緒に背負う方法もわからない。

 だから、フィールはコノハに尋ねる。


「――コノハ。アタシは、アンタにとって……なんなの?」


 コノハは頭を上げると、フィールの瞳の奥にある恐れを射抜くように言った。


「それは、千二百年前からずっと変わらない。フィールは、俺にとって大切なひとだ。俺も――フィールがいなくて、ずっとさみしかったよ」


 どこか頼りなさげに微笑むコノハの姿を見て、フィールはこらえきれずに彼の胸の中へ飛び込んだ。

 コノハが浮かべた笑顔は、千二百年前にフィールがずっと眺めていた彼の笑顔と、なにひとつ変わらないものだった。


「……アタシはアンタの役に立てないけど、アンタが死ぬまでずっとそばにいるから」

「フィールがそばにいてくれるなら、それだけでいいよ」


 フィールは彼の胸から顔を上げると、ふわりとコノハの目の前に浮かんだ。


「……間抜けな顔は千二百年経っても変わらないのね」

「変わらなさで言えばフィールも相当だからね?」


 ふたりは気が抜けたように微笑み合うと、お互いの唇をそっと重ねた。

 あの日の続きを、また始めるために。

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