21/枯木の王と花畑の守護者
フィールから第一次人魔大戦の顛末を聞き終えたシルヴァリエルは、胸の中に去来する様々な想いを整理するように、ゆっくりと息を吐いた。
「――これがアイツから聞いた第一次人魔大戦の話よ。どう? 幻滅した?」
リボンの妖精はため息交じりに言った。
「バぁカ。するわけねえだろうが」
フィールの言葉に真っ先に反応したのはアースラだった。
彼女はいつの間にか、ベッドの上であぐらをかいていた。
「戦争だったんだろ? なら殺しの罪を兵士に背負わせるべきじゃねえ。それにその戦争を仕掛けたのは魔族側じゃねえか。人間のあいつが罪悪感を覚える必要はねえだろ」
アースラは淡々とそう述べると、口元を歪めた。
「あたしはむしろ見直したね。『ティアリス・ヴァナディース』って言やあ、あの冥竜王でもぶちのめし切れなかったっていう竜族の女王だろ? そんなやべえ奴とタイマン張って生き延びるなんて、普通の人間にできることじゃねえ。っつーかあいつ、槍使いだったのかよ」
「あら? アンタたちとの旅では槍を使ってなかったの?」
「――一度だけ、お使いになったことがあります」
リボンの妖精からの質問に、シルヴァリエルが答えた。
「あのときは杖かなにかだと思ったのですが……フィール殿が仰っていたことを踏まえると、あれは槍だったのだと思います」
シルヴァリエルの脳裏には、超巨大魔猪を葬り去ったときの光景が浮かび上がっていた。
地面に突き立てられた木の枝から放たれた、膨大な魔力。
次の瞬間には魔猪を串刺しにして屠り、断末魔さえ上げさせなかった圧倒的な威力。
「ふーん、じゃあ基本は舐めプしてるってことね」
「なめぷ……?」
頭に疑問符を浮かべたシルヴァリエルをよそに、フィールは興味なさげに自らの髪を指先でいじっていた。
「わたしもアースラと同じで、幻滅したりはしねぇなぁ……。コノハが千二百年以上も生きてるお爺ちゃんだったのは驚いたけども」
コリーダは自らの大きな胸を持ち上げるように腕を組み、首をかしげた。
「でも、なんでコノハはそんなに長生きできるんだろうねぇ?」
「――その話を、これからしてあげるわ」
リボンの妖精はコリーダの疑問を拾い上げて言った。
「アタシがこの目で見た、千二百年前のアイツの姿をね」
フィールの表情がほんの少し曇ったことに、シルヴァリエルだけが気づいた。
◆
「アタシがアイツと出逢ったのは、第一次人魔大戦が終結してから割とすぐ――たぶん、一年も経ってなかったんじゃないかしら。この森に入る前に丘があったでしょう? あそこの小さな花畑で、アタシとコノハは出逢ったの」
リボンの妖精の言葉に、郷愁の色がにじむ。
「――そのとき、妖精の森は襲われていたの。人魔大戦に参戦しなかったいくつかの種族が、戦後で疲弊した魔界の覇権を握るために、他の種族を征服しようとした。アタシたち妖精族には戦う力なんてないから、狙いやすかったんでしょうね」
「戦後の混乱に紛れて同じ魔族を狙うなんて――」
その行為の悪辣さにシルヴァリエルが眉をひそめると、フィールは少しだけ笑顔を見せた。
「アタシたち妖精族を襲ったのは――ゴブリン、トロル、グレムリン。同じ魔族ならわかるでしょ? みーんな頭が足りなくて、そのぶん狡猾な種族ばっかり。そいつらが大挙して押し寄せて、妖精たちを殺し回った。アイツらのモノじゃアタシたちを犯せないからね。それが良かったのか、悪かったのかは、わからないけど……」
リボンの妖精は目を伏せ、震えをこらえるように膝を抱え込んだ。
「花冠の丘にいた妖精たちはみんな殺されて、たくさんあった花畑もアイツらに踏み潰された。アタシは妖精の森に一番近い花畑で、その光景を眺めながら、ガタガタ震えてたわ。情けない話だけど、怖くて、逃げることもできなかったの」
部屋の中に重い沈黙が落ちる。
燭台の明かりが隙間風に吹かれ、消え去りそうに揺らめく。
「アイツらがどんどん迫ってきて、『ああ、アタシ死ぬんだ』って思ったわ。アイツらの影が落ちて、アタシが目をつぶったそのとき――」
フィールは顔を上げ、声を震わせながら、それでも力強く言った。
「――アイツが、コノハが、アタシを助けてくれたの」
その声は、喜びと悲しみが入り混じった、痛々しいものだった。
彼女の告白を聞いたこの場の誰もが、その胸の奥に棘が刺さったように感じた。
「なにかが地面に叩きつけられるような音がして、アタシが目を開けると、アイツは花畑の前に立ちふさがっていたわ。アタシを捕まえようとした奴らは、みんなどこかへ吹き飛んでた」
「――ふん」
フィールのその言葉に、アースラが鼻を鳴らした。
シルヴァリエルには、彼女の気持ちがわかった気がした。
きっとコリーダも、同じ想いを抱いたはずだ。
――千二百年前だろうが、コノハはコノハなのだ、と。
「そこからは――嵐のようだったわ。アイツは花冠の丘に集まった魔族の群れを、たったひとりで蹴散らしていった。異変に気づいた魔族たちが次々と集まってきてその数を増やしても、アイツはアタシがいた花畑より向こうには、誰一人として通さなかった」
フィールが紡ぐ言葉に、少しずつ熱が戻っていく。
「戦いは三日三晩続いたわ。その間、アタシはずっとアイツの背中を見てた。戦う力のないアタシには、それしかできなかった」
彼女はまぶしいものを見るように目を細め、膝を抱える手に力を込めた。
「丘の上にいくつもの山ができるくらい魔族を倒したところで、戦いは終わったわ。勝てないことを悟った奴らが、みんな逃げていったの。アイツは怪我してるのか返り血なのかもわからないくらい血塗れになって、ボロボロになった身体を引きずりながら、アタシのところにきた。そしたらアイツ――なんて言ったと思う?」
リボンの妖精は今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべると、言った。
「『その花の名前、後で教えてくれ』――って。アイツは、そう言い残して倒れたわ。ご丁寧に、アタシのいる花畑を潰さないように避けてね」
フィールの小さな瞳から、堪えきれなかった涙がこぼれ落ちる。
「アイツ――ホント、バカよね。ついこの間まで人間を守るために戦ってた奴が、今度は魔族を守るために戦ってるんだから。ホント、救いようのない大バカよ……」
そう言って涙を流しながらコノハを罵る彼女の声は、隠しきれないほどのやさしさに満ちていた。
フィールの心の奥底からあふれる温もりは、自分が彼を想うときに感じる温もりと限りなく近いものではないか。
シルヴァリエルは、そう思い始めていた。
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