20/枯木の王と戦いの終わり
極光大陸を駆け抜け魔界に突入し、敵司令部が存在すると思われる砦を前にして、サイレスたち勇者部隊は足止めを食っていた。
「【――ひれ伏せ。それが貴様たち人間族に許された唯一の行いである】」
魔力を介した魔術言語が、サイレスたちの脳内に重々しく響き渡る。
黒い王冠のような角を持った火竜は、牙をむき出しにして言った。
「【人間如きが我々を討ち取ろうなど、思い上がりも甚だしい。その傲慢、地獄で後悔するがいい!】」
火竜が吐き出す炎がサイレスたちの行く手を阻む。
トリーズが氷結魔術で炎の勢いを弱めていなければ、勇者部隊全員が、致命傷どころか消し炭になっていただろう。
「……流石に結構きつい。このままじゃ、こっちがもたない」
眠たげな目をした少女は、杖を握る手を強めて言った。
「やはり僕が――」
「――それはダメだ」
一歩前に出ようとしたサイレスをコノハが制する。
「俺たちはサイレスという最高戦力を、万全の状態で敵の親玉にぶつけるためにここまで来たんだ。今更そんなことさせられるかよ」
「だけど……!」
サイレスは眉根にしわを寄せ、悔しそうに歯噛みした。
彼のもどかしい気持ちは理解できるが、それでもコノハは譲らなかった。
「――大丈夫、策ならある。トリーズ、目眩ましがほしい。一発頼めるか」
トリーズは眠たげな目を一瞬だけ見開くと、親指を立てて笑った。
「もちろん。きついけど、まだまだいける」
「上等。レイ、合図をしたら魔力を込めた弓を数本、火竜を避けるように撃ってほしい」
「当てなくていいのね? 任せといて」
レイリングがそう言って胸を叩くと、彼女の金髪のポニーテールが踊るように揺れた。
「サイレス、ユリスを抱きかかえて離すなよ」
「ねえコノハ、もしかして……」
これから起こることに想像がついたサイレスが、その端正な顔立ちを引きつらせながら問いかけた。
コノハはそんな彼の肩を軽く叩き、笑いながら言った。
「なぁに、ちょっとしたびっくり箱みたいなもんだ。気楽にいこう」
「ちょっと、レディはやさしく扱いなさいよ」
ユリスの肩を押してサイレスに押しつけると、コノハはトリーズに声をかけた。
「いけるか?」
「いつでも」
「よし――ぶちかませ!」
コノハの合図に合わせてトリーズが杖を振るい、魔術を放つ。
「――≪破城の雷霆≫!」
轟音と共に現れた荒れ狂う雷撃が、火竜を呑み込まんと空気を切り裂く。
無数に枝分かれした雷撃の一部が大地に落ち、その衝撃で土塊が舞い上がる。
「レイ! 今だ!」
「――ッ!」
レイリングの弓から放たれた矢が、流星のように宙を駆けていく。
「【小賢しい真似を!】」
火竜が首を振りながら炎を吐き、放たれた矢の悉くを灰にしていく。
「――≪成長≫」
視界を埋める炎の隙間から木の枝が飛び出し、その穂先が鋭く伸びて火竜の翼を貫いた。
「【貴様……!】」
「≪分枝≫!」
コノハが枝槍に魔力を込めると、その穂先は無数に枝分かれし、まるで若葉を貪る青虫のように火竜の翼を蝕んでいく。
「【ガァ――ッ!】」
「これでおまえは空を飛べない。次の炎を吐くには溜めが足りない。だから――」
コノハは視線を空に向けて言った。
「――空からの侵入者を阻むことはできない」
彼の視線の先には、ユリスを抱きかかえて宙を舞うサイレスの姿があった。
コノハの植物魔術――どこまでも伸びる枝によって、サイレスたちは勢いよく空へと打ち上げられた。侵入を拒む火竜の頭を飛び越え、そのまま砦の内部へと舞い降りる。
「【貴様ァ! ふざけた真似をッ!】」
咆哮する火竜に一歩もひるむことなく、コノハは仲間を鼓舞した。
「レイ! トリーズ! ここが勝負所だ! こいつにサイレスたちの邪魔はさせない!」
「ははっ! まさか空からなんて! いいね、やってやろうじゃん!」
「コノハはたまに無茶苦茶。……でも、そういうの嫌いじゃない」
火竜の炎によって焼け野原となった魔界の大地を、枯れ枝の槍兵が疾駆する。
人魔を巡る戦乱の、最終幕が始まった。
◆
「――生きてるか?」
「……なんとか」
崩れ落ちた城壁の瓦礫に倒れ伏したトリーズが、力なく答える。
少女がまとうローブはそのほとんどが焼け焦げ、手足にはひどい火傷が残っていた。
「レイ、トリーズを背負ってユリスのとこまで行けるか?」
レイリングは出血が止まらない左腕をかばいながら、右手と口を使って包帯の端をきつく結んだ。痛みに顔をしかめながら立ち上がると、コノハへ向き直った。
「もう左腕が動かないから、コノハがトリーズを私の背中に乗せて。必ずユリスのところまで連れていくから」
「悪いな、助かるよ」
コノハはトリーズをそっと抱き起こすと、レイリングの背にゆっくりと乗せた。少しの揺れでも火傷が痛むのか、少女の口から小さな呻き声がもれる。
「ユリスの治癒魔術ならなんとかなるはずだ。……後を頼む」
「わかった――」
レイリングはゆっくりと歩を進めて砦の城門をくぐると、少しだけ振り返って言った。
「――コノハも、死なないでね」
「まだ陛下から恩賞を貰ってないからな。死ぬわけにはいかねえよ」
その言葉を聞いたレイリングは微笑むと、そのままなにも言わずに砦の中を進んでいった。
「――さて、待たせちゃって悪いね」
砦を背に立つコノハの目の前には、地に伏した火竜の死骸と、恐ろしいほどに美しい竜人の女戦士の姿があった。
火竜の眉間には一本の長い枯れ枝が突き立てられ、その頭部を大地もろとも刺し貫いていた。頭蓋を押し潰すように食い込んだその枝を、竜人の女戦士は興味深そうに眺めていた。
「【――もういいのか?】」
彼女は一分の隙もない姿勢を崩さず、冷たく鋭い視線を向けた。
コノハは自らのこめかみに指先を添えると、口を開いた。
「【あ、あー……。これで通じるのかな。聞こえてる?】」
彼が魔術言語を通して返答すると、彼女は驚いたように目を丸くした。
「【面白い……。戦いの中で魔術言語を会得したのか】」
「【自分で言うのもなんだが物覚えが良い方でね。それにあんたみたいな美人と言葉を交わさないなんてもったいないだろ?】」
コノハは新しく生みだした枯れ枝の槍を担ぐと、あくまでも軽薄に言った。
その言葉を聞いて、竜人の女戦士は口の端をつり上げて笑った。
「【見え見えの虚勢を貫くつもりか。いいぞ、そういう男は嫌いではない】」
そう言うと彼女は片手に持った黄金の槍を一振りした。
「【――もし私を倒せたら貴様と一夜を共にしてやろう】」
「【殺し文句ってやつかい? ドキドキしちゃうね】」
ふたりはお互いに導かれるように、ゆっくりと槍を構えた。
「【竜姫将、ティアリス・ヴァナディースだ】」
「【“枯れ枝”、コノハ・ガーデナー。――自分の二つ名が情けなくて申し訳なくなっちゃうな】」
薄ら笑いを浮かべて軽口を叩くコノハに、竜人の女戦士は牙をむき出しにして笑った。彼女は黄金の槍を振りかぶると、勢いよく襲いかかった。
◆
砦の内部から大地を震わす巨大な振動が伝わり、大気に魔力の残響が轟いた。
それは、長きにわたる戦いの終焉を告げるようだった。
「【時間切れか――】」
竜人の女戦士は荒い呼吸を整えながら、黄金の槍を肩に担ぐと、長く息を吐いた。
「【――さっき言ってたおまえの嫌いな将軍ってやつか?】」
「【そうだ。呪鎧将カイラ・バルガー、この戦をそそのかしたつまらん男よ】」
長く続いた戦闘の合間に、コノハは軽口以外にも、様々な言葉を女戦士と交わした。
彼女はこの戦争を主導したその将軍のことを、何度も悪し様に罵っていた。
竜人の女戦士はボロボロになった鎧の肩装甲をむしり取ると、まるでその将軍にぶつけようとするかのように、砦へ向かって放り投げた。
「【あやつが死んだのならこの戦は終わりだ。喜べ、貴様ら人間族の勝利だ】」
女戦士は自らと同じ魔族の将軍が死んだというのに、むしろ清々したと言わんばかりの振る舞いを隠そうともしなかった。
「【はぁ~……、しかし五日もかけて手負いの戦士ひとり討つことができんとは。嘆くべきか、喜ぶべきか……】」
「【……少なくとも俺は喜びたいね。あんたみたいな化物と戦って生き延びられたのは奇跡に近い】」
彼女にとっては戦争の趨勢よりも、目の前の戦いの方が重要らしい。
コノハは枯れ枝の槍を地面に突き刺すと、そのまま倒れ込むように大地に尻餅をついた。
気を抜いたらそのまま大地の中へ沈み込んでしまいそうになるのではないかと思うほど、身体全体が疲労で重く、呼吸をするたびに肺と肋骨が悲鳴を上げた。
「【――化物か。美人からずいぶんと値が下げられたものだな?】」
竜人の女戦士は、座り込んだコノハにゆっくりと歩み寄りながら言った。
「【お気に召さなかったのなら言い直そう。あんたは俺が出会った中じゃ世界一の美人で、世界一の化物だ】」
「【貴様は本当に口の減らん男よな――】」
女戦士はコノハの胸ぐらを掴むと、いともたやすく片手でその身体を持ち上げた。
「【――だが、嫌いではない】」
そう言うと竜人の女戦士は自らの唇を、そっとコノハの唇に重ねた。
それは柔らかく温かな、女の唇だった。
彼女はコノハの胸ぐらから手を離すと、愉快そうに微笑んで言った。
「【引き分け故、貴様と一夜を共にすることはできん。だが貴様の戦いぶりは気に入った。これは褒美だ】」
「【……そりゃどうも】」
ぶっきらぼうにそう言ったが、コノハは自らの胸の高鳴りを抑えることができなかった。
「【閨の鍵は開けておいてやる。私と一夜を共にしたくば、いつでも倒しにくるがいい。私を倒した暁には、貴様のことを抱いてやろう】」
「【そりゃ最高の提案だ。あんたと戦わなきゃならないってことを除けばの話だけどね】」
竜人の女戦士はその感触を確かめるようにコノハの頬を撫でた。
「【コノハ・ガーデナー、貴様の名は覚えたからな。――戦士の約定、違えるでないぞ】」
「【――わかったよ、ティアリス・ヴァナディース。俺の命にかけて誓おう】」
ティアリスはもう一度コノハに口づけると、それ以上はなにも言わず、振り返ることもなく、去っていった。
「どうも厄介な女に会っちゃった気がするな……」
コノハはそうぽつりとつぶやくと、砦の内部にいるはずの仲間たちのもとへ向かった。
◆
こうして勇者部隊は当初の目的通り、敵総司令官の討伐に成功した。
その報せが最前線で戦う魔王軍に届くまで、さほど時間はかからなかった。
突然の報せに混乱する魔王軍を、アステル・ノーザンライト王が率いる北部連合王国軍が強襲した。激戦の末、国王自らが前線指揮官の魔狼将ガルム・ハウンドを討ち取った。指揮官を失った魔王軍は戦意を喪失し、撤退を始めた。
国王は二日をかけて、極光大陸に残りなお抵抗を続けていた魔王軍の部隊を掃討した。
その後、勇者部隊の帰還を待って作戦の終了と勝利を宣言した。
後に『第一次人魔大戦』と呼ばれたその戦争は、開戦からおよそ六年後、人間族の勝利によって幕を閉じた。
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