19/枯木の王と勇者部隊
フィールは部屋の中央に設えられた丸テーブルに降り立つと、魔力で作られた背中の羽を消し、その中央に腰を下ろした。
シルヴァリエルとコリーダは彼女を囲むように椅子に座った。
しかしアースラは部屋に入ってすぐに旅装を脱ぎ捨てると、昔話に興味などないとばかりにベッドに寝転がった。
「最初に言っておくけど、アイツは――コノハは、“枯木の王”なんて呼ばれちゃいるけど、本当は――ただの人間。植物魔術しか取り柄のない、魔術師と呼ぶのもおこがましいくらいの、弱っちい、ただの人間だったのよ」
リボンの妖精はテーブルの上で膝を抱え、ぼんやりと視線を漂わせながら、言葉を紡ぎ始めた。
シルヴァリエルとコリーダはなにも言わず、ただ彼女の言葉を待った。
「これは、ただの人間のくせに、千二百年以上も生きることになった、バカなお人好しの話――」
燭台の柔らかな明かりに照らされながら、フィールはひとりの男の物語を、語り始めた。
◆
――今から千二百年ほど前。
人間族と魔族の間で戦争が起きた。
後に『第一次人魔大戦』と呼ばれることになるその戦争は、魔族が魔界から人間界へと侵攻したことで発生した侵略戦争であった。
人間界の極北にある氷の大地、極光大陸。
そこに存在する遺跡にあった転移門が突如起動し、そこから魔族の大軍が現れたことで、人間族は対応を迫られることとなった。
極光大陸の南、北極海を挟んだ先にはアルヴァーナ大陸が広がっている。
その最北端にあるグランフォート王国は、転移門から最も近い人間族の国家だった。
グランフォート王国は極光大陸からの魔族侵攻の報を受け、すぐに隣国である西のシルヴァラント、東のスラーデンと同盟を結んだ。
三国は『アルヴァーナ大陸北部連合王国』を結成すると、極光大陸からの侵略軍を『魔王軍』と名付け、すぐに連合軍を派遣し魔王軍との戦争状態に突入した。
侵略直後、連合軍は魔王軍の勢いに押され、劣勢を強いられていた。
しかし南部諸王国からの支援が始まると連合軍は反撃に転じ、首都から百リーグの距離まで迫っていた魔王軍を、海岸線付近まで押し戻すことに成功する。
その後、アルヴァーナ大陸が冬を迎えたことで戦線が膠着。
人間族と魔族の間で言語が不一致なことによって、外交的手法で戦争を解決する方法を選択することができなかったこと。および魔族側の侵略が楽観的な見通しのもとに行われていたことによって戦争は長期化。
魔族側はなんの成果もないまま撤退することができず、人間族側は魔族がいる限り軍の緊張状態を解除することができないという状態が続き、戦争は次第に消耗戦へと移り変わっていくことになる。
開戦してから五年の歳月が経ち、戦争に疲弊した南部諸王国が北部連合王国への支援の手を緩めようとしていることに危機感を抱いたグランフォート国王、アステル・ノーザンライトは戦争終結を目指した一大反攻作戦を立案した。
それはアルヴァーナにおける雷神の名を冠し、『雷光剣作戦』と命名された。
その内容は北部連合王国内部から選抜された精鋭による突撃部隊を先鋒として、魔王軍への縦深攻撃を敢行するというもの。狙いは敵司令部の無力化だった。
そしてその作戦において最も重要な役目を担う突撃部隊――通称『勇者部隊』の中に、“コノハ・ガーデナー”の名前があった。
◆
――枯れ枝。
気づいたときには、そう呼ばれていた。
槍兵のくせに槍を持たず、その手にはいつも杖のようなねじれた木の枝が握られていたからだ。
――最初の戦場は、生まれ育った村だった。
ねじれた木の枝を片手に持って立ちふさがるその男を見て、村へ進もうとした魔族の誰もが笑った。狂っているか、蛮勇に酔っているとしか思えなかったからだ。
その笑いが悲鳴に変わるまでに、時間はかからなかった。
突き出された木の枝の先端が幾本にもわかれて伸び、魔族たちの身体を次々に貫いていく。突き刺さった枝はまるで生きているかのように脈打ちながら、魔族たちが枯れ果てるまでその魔力を吸い上げていった。
彼が使ったのは植物魔術。
極めたのは『枝を操る』ことだけ。
いくらでも分枝し、どこまでも伸びる、木の枝。
≪枯死の枝槍≫と名付けられたその魔術は、彼を幾多の戦場へと送り出すことになる。
◆
兵士不足に陥った領主から若い男というだけで動員され、兵士の真似事をして目の前の火の粉を払っていたら、いつの間にか王都に呼ばれ、『勇者部隊』なるものに編入されてしまった。
与えられる給金が増えていくのは悪くなかったが、ずっと戦場に放り込まれているため、金を使う場所など酒場と娼館くらいしかない。
そうコノハが嘆くと、彼――『勇者部隊』の同僚にして隊長、サイレス・ブレイドはその端正な顔立ちを崩して子供のように笑った。
「なんだ、コノハにもそういう俗っぽい欲があるんだね。安心したよ」
上質な絹織物のような蒼銀の髪を揺らして、彼は言った。
「おまえは俺のことをなんだと思ってるんだ。俺だって健康な男子なんだぞ」
「だってコノハってたまにお爺ちゃんみたいなこと言うときがあるじゃん」
「あっ、それわかるかも!」
弓の調整をしていた彼女――レイリング・アーチが、金髪のポニーテールを翻して振り返った。
「あたしたちが新しく買った服を見せに行ったら、『そんなに腹出して腹壊すなよ』って。第一声がそれよ? ねえ、トリーズ?」
そう言って彼女は隣にいる眠たげな目をした少女に同意を求めた。
「……まぁ、コノハにそういう気遣いを求めたのが間違いだったよね」
「ちんちくりんのくせして言うじゃねえか……」
「私はちんちくりんじゃない。これから成長する」
薄い胸をこれでもかと張って、少女――トリーズ・アミュレットは堂々と主張した。
「みんな揃ってる~?」
そう言いながら天幕の中に入ってきた彼女――ユリス・ディアは部隊全員が揃っていることを確認すると告げた。
「そろそろ時間だから陛下のところに集合してくれってさ」
「――それじゃあ行こうか、みんな」
サイレスのその声に全員が立ち上がって天幕を出る。
空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。
いくつもの天幕が立ち並ぶ宿営地の中で、一際大きい天幕にたどり着くと、サイレスを先頭にして全員で中へ入っていく。
そこには北部連合王国を束ねるグランフォート国王、アステル・ノーザンライトの姿があった。
「我ら勇者部隊。我が王の下へ出発前のご挨拶に参上いたしました」
玉座の前で跪き、うやうやしくサイレスが述べる。
「――今回の作戦における成否は、貴殿らの双肩にかかっている。頼んだぞ」
「お任せください。必ずや魔王の首を討ち取ってご覧に入れます」
王の言葉に応えるサイレスの声は、一点の曇りもなく澄み渡っていた。
真っ直ぐに王の目を見据えて言った彼の表情を見て、アステル・ノーザンライトは王としての仮面を剥がした。
「……くく、おまえなら本当にやり切ってしまいそうな気がするな。さっきまでのは王の言葉、これからはただの友人としての言葉だ」
アステルは自らの王冠を外して手でもてあそびながら言った。
「おまえらが失敗しても、たかが国が滅びるだけだ。全ての責任は俺が持つ。気楽にやってこい」
あっけらかんと言い放った彼の言葉に、思わず全員の表情が崩れる。
「これから魔王を倒しに行くぞ、って人間に『気楽にやってこい』なんて普通は言いませんよ」
「だろうな。でも俺がそう思ったんだからそれでいいんだよ」
サイレスの言葉に、アステルは口の端をつり上げて言った。
「死にたくなかったら遠慮なくしらばっくれていい。俺もおまえらには死んでほしくないしな。命の価値を間違えんなよ。俺の国には、おまえらの命も必要なんだからな」
それが彼の心からの激励であると、その場の誰もが理解していた。
「――もったいないお言葉、ありがとうございます」
サイレスが胸に手を当てて深く一礼する。
彼の動きに合わせて、勇者部隊全員が王に礼をした。
「それでも、必ずやり遂げてみせます。我々は――『勇者』ですので」
その端正な顔立ちで優美な微笑みを浮かべてサイレスは言った。
彼の言葉を聞いてアステルは満足そうに笑うと、王冠を被り直して告げた。
「――勇者部隊、出撃せよ!」
「はっ!」
それ以上に、言葉は要らなかった。
サイレスたち勇者部隊は宿営地の外にある馬車に乗り込み、作戦開始地点である最前線へと向かった。
気づいたときには、頬を撫でる風が冷たくなっていた。
季節はもうすぐ落葉の秋を迎えようとしていた。
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