18/枯木の王と波紋の夜
枯木の王と妖精たちが巻き起こした熱狂の夜は、時間にして三時間強、計四十六曲を披露という形で幕を下ろした。
一曲も手を抜かず全身全霊を振り絞って歌い終えたコノハは、まるで水に沈められた雑巾のように汗でびしょびしょになり、その声は森の奥に隠れ住む老人のようにしわがれていた。
「久しぶりに歌ったから声が枯れちゃったよ……。枯木の王だけに……」
コノハはシルヴァリエルたちにかすれた声でそう言い残すと、ふらふらになった身体を引きずって、妖精の女王が用意してくれた部屋へと向かった。
シルヴァリエルたちも案内役の妖精に連れられて用意された部屋へと向かうと、その扉の前にはリボンの妖精が待ち構えていた。
「――案内ご苦労さま。もう帰っていいわよ」
彼女は案内役の妖精を下がらせると、シルヴァリエルたちと正面から向き合った。
「アンタたち、なんでアイツについてるわけ?」
リボンの妖精が鋭い視線を向けて問いかけた。
「……質問の意図がわからないのですが」
シルヴァリエルが丁寧に返すと、彼女は腕を組んで鼻を鳴らした。
「あのバカと付き合ってるとろくな事にならないって忠告してやってんのよ」
「ご忠告に感謝いたします。ですが彼と共に歩むことを決めたのは私たち自身です。その結果として仮に貴女が仰るようなことが起きたとしても、私は決して後悔しません」
シルヴァリエルは自らが仕える主君の品格を損なわないよう丁寧に、だがはっきりと己の意志を述べた。
「……そっちのふたりも同意見なわけ?」
リボンの妖精はシルヴァリエルの背後に立つアースラとコリーダにも問いかけた。
「こいつと同じってのは据わりが悪りいが、まあそういうことだな」
「そうだよぉ! わたしたちはみぃんな、コノハのことが大好きなんだからぁ!」
アースラは頭の後ろで手を組んで口の端をつり上げ、コリーダは自らの胸の前で力強く両手を握りしめて言った。
「……ムカつく」
誰にも届かぬほどひどく小さな声で、彼女はこぼした。
「貴女と我が王との間になんらかの確執があるということは承知しております。ですが、それを理由に我々が我が王から離れることはありません。貴女からのご忠告が以上であれば、我々はこれで失礼させていただきます」
シルヴァリエルはそう言ってリボンの妖精の目の前を横切り、部屋の扉に手をかけた。
「――アイツが、何千何万という魔族を殺した男だとしても?」
扉を開きかけたシルヴァリエルの手が止まる。
水面に落とした小石が波紋を広げるように、小さな動揺がシルヴァリエルたちの間を走っていく。
「……一体なにを仰りたいのですか?」
「そのまんまの意味よ。どうせアンタたちはアイツが“枯木の王”って呼ばれてからのことしか知らないんでしょ? アイツがそう呼ばれる前、ただの人間だったときにアイツがアタシたち魔族にどんなことをしてきたか。それを知ればアンタたちだって――」
リボンの妖精が続けようとした言葉を、アースラの大剣が遮った。
「――ごちゃごちゃうるせえんだよ。てめえがあたしたちを気に入らねえってのはわかった。だがこれ以上コノハについてあることないことわめくようなら――斬るぜ」
アースラはこれ以上ないほどの明確な殺意を込めて、彼女に言った。
「よしなさい、アースラ」
「んだよ。おめえがずっとらしくねえことしてっから代わりにやってやってんじゃねえか。――命拾いしたな、チビ」
アースラは舌打ちすると剣を下ろした。
「フィール殿……でしたか。確かに我々は我が王の過去について、全くと言っていいほどなにも知りません。もしよろしければ、貴女が我が王について知っていることを、我々にお聞かせ願えないでしょうか?」
シルヴァリエルはフィールの小さな瞳を、真っ直ぐに見据えて言った。
「――アンタたちに話を聞かせて、アタシになんの得があるっていうのよ」
「おかしなことを仰いますね。貴女からすれば少し思い出話をするだけで、私たちが我が王に対して愛想を尽かすかもしれないのですよ? まあ貴女が我々の翻意を諦めるというのであれば、それはそれでよいのですが」
シルヴァリエルは至極真面目な表情で、そう言い放った。
「――ふん、わかったわ。アンタたちに聞かせてあげる。アイツが――コノハが、まだ人間だったころの話を」
フィールは腕を組んだまま胸を張って言った。
「偉そうにしやがって……」
「でもわたしも昔のコノハのことは気になるよぉ?」
「あたしは別に気になんねえな。過去がどうだろうと今が信用できなきゃ意味ねえだろうが」
アースラとコリーダは口々にそう言って、部屋の中へと入っていった。
「さあ、貴女もどうぞお部屋の中へ。今夜は長くなりそうですので」
シルヴァリエルは開いた扉を押さえながら、彼女を部屋の中へと促した。
「……ふん」
フィールは背中の羽から光を放ちながら、宙を滑るように部屋へと入っていった。
シルヴァリエルも部屋に入って後ろ手に扉を閉めると、一度だけ深呼吸してから、リボンの妖精の元へ向かった。
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