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17/枯木の王と恋の歌

「――た、大変失礼いたしました」


 こほんとひとつ咳払いをして、場を仕切り直すように女王は言った。


「皆さま長旅でお疲れでしょう。城に部屋を用意――」


 女王の言葉を遮って、シルヴァリエルたちの背後で謁見の間へ続く扉が大きな音をたてて開いた。

 そこには何十人もの妖精が雪崩のように折り重なって倒れ込み、うめき声を上げていた。

 恐らくだが、扉に張り付いて中の様子を伺っていたのだろう。倒れ込んだ妖精たちの後ろや、宙に浮かんでいる妖精たちがばつの悪そうな表情を浮かべていた。


「本当にもう貴方たちは……」


 妖精の女王は大きなため息をつくと呆れたように言った。

 その片手は頭痛を堪えるようにこめかみに添えられていた。


「――コノハだ!」

「枯木の王が帰ってきた……!」

「噂は本当だったんだ!」

「俺たちの英雄が帰還したぞ!」


 倒れ込んだ妖精たちは女王の御前に跪くコノハを見つけると、口々に声を上げた。

 妖精たちは堰を切ったように謁見の間へとなだれ込むと、その勢いのまま彼を取り囲んだ。


「おかえりコノハ!」

「今までなにしてやがったこの根腐れ野郎!」

「なんでいなくなったんだよ-!」

「俺たちの王! 俺たちの英雄!」

「はいはい貴方たち! 一斉にしゃべったらコノハが困るでしょう!?」


 妖精の女王は手を打ち鳴らして、舞い上がる妖精たちに自制を促す。

 しかし妖精たちは女王を相手にしても一歩も引き下がらなかった。


「陛下だってさみしがってたくせに!」

「コノハがいなくなって泣いてる姿を城仕えの妖精はみんな見てるんだぞ!」

「喪服みたいなドレスを着て未亡人みたいに過ごしてたって聞いたことある!」

「部屋のぬいぐるみに『コノハ』って名前をつけたって噂は本当ですか!?」

「う、うるさーーーーーーーーい!!」


 予想外の反撃にあった女王が、顔を真っ赤に染めて叫んだ。

 妖精族は噂好きだと聞いたことはあったが、まさか一族の女王までその対象になるとはシルヴァリエルは思ってもみなかった。


「私だってコノハが帰ってきてすっごく嬉しかったけど……! 私は女王だから、ずっと我慢してたのに……!」


 女王は瞳を潤ませ、こぼれ落ちそうになる涙を堪えるように小さく震えながら言った。


「な、なんかごめんな……」


 民からの反逆にあって涙目になった女王の姿に、いたたまれなくなったコノハが声をかけた。

 すると彼女は玉座から飛び出すとその優美な羽を輝かせながら宙を駆け、コノハの胸へと一直線に飛び込んだ。


「うわーん! いきなりいなくなんないでよ! ずっとさみしかったんだから! おかえりコノハぁ!」

「――ごめん。ただいま」


 コノハは妖精の女王を抱きとめると、彼女をなぐさめるようにその髪をやさしく撫でた。

 シルヴァリエルは、枯木の王と妖精族との間に築き上げられたものは、もしかしたら自分の想像以上に大きかったのかもしれないと思い始めていた。


 ◆


 ――その夜。

 妖精の城では枯木の王の帰還を祝う宴が催された。

 宴とは言っても豪華な料理やお酒が振る舞われるわけではなく、妖精族の楽団が軽快な音楽を奏で、妖精たちがそれぞれに歌い、踊るという舞踏会のようなものだった。

 シルヴァリエルたちは貴賓として女王や妖精たちと会話を交わしながら、彼らの歌と踊りを楽しんでいた。

 しかし、ある妖精の一言で宴の様子は一変することになる。


「ねぇ、コノハ! 歌ってよ!」


 その一言に女王は勢いよく振り向いてコノハを見つめ、楽団の演奏はなにかを期待するように止まった。

 声をかけられたコノハは大広間に集まった妖精たちをゆっくりと見回すと、言った。


「――歌っていいのか」


 妖精たちの間にざわめきが広がり、少しずつ、彼らがコノハの元へと移動し始める。


「――準備はできてんのか」


 楽団員たちに緊張が走り、開戦の合図を待つ兵士のようにそれぞれの楽器を構える。

 コノハの手にはいつの間にか短い木の棒が握られていた。

 彼が魔術で生みだしたそれが、『マイク』というものを模した木工品であることを、シルヴァリエルたちは知らない。


「――盛り上がっていけんのか!?」


 コノハがそう叫ぶと、妖精たちがその声に応じるように熱狂と共に拳を天に突き上げた。無論、女王も拳を突き上げている。

 シルヴァリエルたちは急変した妖精たちの様子にただ戸惑うばかりである。


「千年ぶりでも容赦はしねえぞついてこい!」


 その言葉を合図に楽団員たちが一斉に旋律を奏でだす。

 どこかロマンチックなその音の流れの中へ飛び込むように、コノハは歌い出した。


「――我が王は、歌も嗜まれるのですね」


 シルヴァリエルは妖精たちが巻き起こす熱狂の渦の中で、高らかに声を張り上げる彼を見つめながら言った。


「あいつ、こんな宴会芸を持ってたんなら教えとけよな」


 アースラは腰に着けた鞄から火酒の入った小さな水筒を取り出すと、その口を開けて中身をあおった。


「ずいぶん楽しそうだねぇ」


 コリーダは音楽に合わせて宙を飛び回る妖精たちの光を眺めながら言った。


「ええ、本当に――」


 シルヴァリエルは、コノハが最初に歌ったのが恋の歌だったということを、後で彼から教えてもらって知った。

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