16/枯木の王とリボンの妖精
リボンの妖精に連れられて行った先は、覇王樹の中にある妖精族の城だった。
シルヴァリエルたちはそのまま謁見の間へと通され、その場でしばらく待つように言うと、彼女はそのままどこかへ飛び去ってしまった。
シルヴァリエルは背中に背負っていたコノハを下ろすと、自らの膝の上に彼の頭を乗せて休ませることにした。
「マジでなんだったんだあいつ……」
アースラが妖精の飛び去っていった方向を見てつぶやいた。
「ちっちゃいけど、すんごい大きな声だったねぇ」
コリーダは感心したように言った。
ふたりとも彼女の見た目と中身のギャップに驚いているようだった。
「そろそろ女王陛下がお見えになるわ。失礼のないようにね」
淡い光を放ちながら空中を滑り、戻ってきたリボンの妖精は言った。
彼女はシルヴァリエルの膝の上で寝かされているコノハを見ると、顔をしかめて彼の顎の上にまたがり、その頬を思い切りはたいた。
謁見の間の高い天井まで響き渡るような破裂音に、シルヴァリエルたちの身体が驚きに震える。
「早く起きなさい、女王陛下の御前よ」
「……っス」
気付けというにはあまりにも破壊力がありすぎるような一撃によってコノハは気絶から目を覚ますと、謁見に備えて跪き頭を垂れた。
リボンの妖精はそんな彼の頭の上にどっかりと座り込み、まるでこれから戦に臨む一国の将軍のように威風堂々たる態度で腕を組んだ。
コノハの頬にはくっきりと小さな赤い手形が残っている。
シルヴァリエルたちの常識を飛び越えた彼女の行動に思考が追いつかないままでいると、奥の通路から女王の姿が現れると、シルヴァリエルたちは慌てて跪いて頭を垂れた。
「――面を上げてください」
妖精の女王は春風のように穏やかな声音で言った。
「お久しぶりですね、コノハ・ガーデナー。我らが妖精の森に無事帰還してくれたこと、とても嬉しく思います」
「もったいないお言葉をありがとうございます、陛下。長きにわたりご挨拶に伺うこともできず、大変申し訳ございませんでした」
そうして女王とコノハが言葉を交わしている間、リボンの妖精は寸分も態度を変えることなく彼の頭の上に堂々と座ったままだった。
……妖精の女王には彼女の姿が見えていないのだろうか?
「貴方がこの森を訪れたということは、なにかが起きたのでしょう?」
「ご推察の通りでございます、陛下。実は――“死界樹の種子”が、何者かに奪われました」
「それは――」
女王の表情が一瞬で曇る。
彼女がまとっていた穏やかな春の日差しのような雰囲気が、これから起きる嵐を予感したかのように静かに凪いでいく。
「種子を鎮守していた精霊樹の森は焼き払われ、守護の任に就いていたダークエルフ族もその大半が死に絶えました」
そう言ってコノハは隣に跪いていたシルヴァリエルに視線を送った。
シルヴァリエルはその視線を受けると彼に頷き返し、胸に手を当てて女王に言上した。
「――ご挨拶が遅れて申し訳ございません、陛下。私はダークエルフ族の女王、シルヴァリエル・スヴァルトアールヴにございます。この度は我が一族に起きた悲劇をご報告申し上げたく参上いたしました」
「まあ……貴女のご心痛も癒えていないでしょうに、遠路はるばるありがとうございます。妖精族を代表して、哀悼の意を捧げさせていただきますわ」
「陛下の温かいお心遣いに心より感謝いたします」
「つきましては陛下にはより一層のご警戒をお願いしたく思います。少しでも森に異変を感じましたら、どうか私までお知らせください。必ず参上いたします」
妖精の女王はコノハのその言葉を聞くと、眉根をひそめて言った。
「――千二百年前と同じことをなさるおつもりですか?」
「それは――」
女王の言葉にコノハが口ごもると、彼の頭の上に座り込んでいたリボンの妖精は、コノハの頭上に思い切りげんこつを落とした。
「あ痛っ!」
「お姉ちゃんもっとハッキリ言ってやんないとダメよ! こいつバカなんだから!」
「フィ、フィールちゃん、お姉ちゃんたち真面目な話をしてるから……」
フィールと呼ばれたリボンの妖精は、憤懣やるかたない様子でコノハの頭上で仁王立ちした。
「コイツはねぇ! 誰かが引っぱたいて止めないと、全部自分で抱え込んでなんとかしようと突っ走るバカなんだから! こういうバカにはちゃんと首輪をつけとかなきゃダメよ!」
「ご、ごめんなさいね……? フィールちゃんはその、ちょっとお口が悪くて……」
先ほどまで妖精族の女王として威厳をまとっていた女性が、まるでやんちゃな幼子に手を焼く母親のような口調で言った。
妖精族の森に来てからというもの、このリボンの妖精に振り回されっぱなしだ。
シルヴァリエルはずっと疑問に感じていたことを思い切って尋ねてみた。
「あ、あの……フィール殿は我が王とはどういうご関係で……?」
「はぁ!? 『我が王』!? アンタこんな若い子に自分のこと『我が王』なんて呼ばせてはべらせてんの!?」
「いえ、これは私が望んで――」
「なにアンタ、弱みでも握られてんの!? ダメよ! ちゃんと自己主張していかないと! コイツを相手にするなら図々しいくらいがちょうどいいんだから!」
「は、はあ……」
異論を挟む隙すらない言葉の嵐に、シルヴァリエルが思わず一歩後ずさる。
するとコノハは彼の頭上で騒ぐリボンの妖精を両手で捕まえると、自らの眼前に引きずり出した。
「ちょっと放しなさいよ! アンタ一体なにす――」
彼は片手で妖精の身体を掴み、もう片方の手で彼女の頭を固定すると、その小さな唇に自らの唇を重ねた。
「――――!」
重ねられた唇の下から、なんらかの抗議の声が響く。
シルヴァリエルは、こんなにやかましい口づけを見たのは初めてだった。
リボンの妖精は唇を封じられても抗議の声を上げ続けたが、やがて息が続かなくなったのか、その声は次第に小さくなっていった。
彼女の荒い鼻息だけが聞こえるようになったところで、コノハはやっとリボンの妖精を掴んでいた手を放した。
「……相変わらずうるせえ妖精だな。シルヴァリエルたちの妖精への印象が悪くなってたらおまえの責任だからな」
「はぁ? 元はと言えばアンタがケツまくって逃げたのが悪いんでしょうが。自分のことを棚に上げて言わないでくれる?」
打てば響くように言葉が返る。
睨み合うふたりを仲裁するように妖精の女王が声をかけた。
「フィールちゃん、お客さんの前だから……ね?」
「……ふん!」
リボンの妖精は不満そうに鼻息をもらすと、大きく息を吸い込んでから叫んだ。
「アタシは絶対アンタのこと許さないから!!」
天井から吊り下げられたきらびやかなシャンデリアが震えるほどの大声でそう言い残し、リボンの妖精は謁見の間を飛び出していった。
「わ、我が王、あの方は……?」
まだ彼女の声の残響が残る耳を押さえながら、シルヴァリエルは聞いた。
「あいつは、フィールは――」
コノハは彼女が飛び出していった通路の先を眺めながら言った。
「――俺の、命の恩人なんだ」
その言葉に、リボンの妖精が残した残響が共鳴したような気がした。
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