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15/枯木の王と妖精の一撃

 ミノタウロス族の村を出発してから二日後。

 もはや道など存在しない草原を歩き、小さな丘を登った先に広がっていたのは、色とりどりの花を咲かせた小さな円形の花畑が点々と存在する、不思議で、美しい光景だった。


「――ここが花冠の丘。ここまでくれば妖精の森まであと少しだ」

「花畑が――こんなにたくさん……」


 シルヴァリエルは目の前に広がる幻想的な光景に息をもらした。

 しかし花畑をよく見てみると、そこに咲いている花々にはどれも統一感がなく、どことなくちぐはぐな印象を受けた。

 そんな彼女の様子に気づいたのか、コノハはシルヴァリエルに言った。


「変な花畑だろう? あいつらは花好きのくせに細かいところが適当なんだよ」

「あいつらというのは――」

「――もちろん、これから会いに行く妖精たちのことさ」


 コノハは懐かしそうに目を細め、丘の上の花畑を眺める。


「ここら辺も一時はひどかったんだが――、うん。よくここまで花と緑が戻ってくれた」


 そう言い残すと、丘の向こうに見える森へ向かってコノハは歩き出した。


「――我が王と妖精族はどのようなご関係で?」


 小走りでコノハに追いつき、彼より一歩下がった左斜め後ろに控えてシルヴァリエルは問いかけた。


「妖精族との関係? うーん、なんて言ったらいいのか……」


 彼は顎に手を当て少し上を向いて考え込んだ。


「まあ、普通に友達関係じゃないかな? 相手が困ってたら助けるし、こっちが困ってたら助けてもらうし」

「同盟、ということでしょうか?」

「そこまで堅苦しい感じじゃないかな。妖精たちはそういうの苦手だから」


 森の入口までたどり着くと、コノハはその足を止めた。


「たしかここらへんに……あった」


 彼が一本の樹木に手を触れると、その手の甲に光る模様が浮かび上がった。


「なんだそりゃ? 刻印魔術か?」

「似たようなものかな。この紋章が妖精の森に入るための鍵になってるんだ」


 そう言ってコノハは森の奥へと歩みを進めると、彼の身体が空気に溶けるように消え失せた。


「あれぇ!? コノハが消えちまったぁ!?」


 コリーダが驚きの声を上げると、目の前の空間からコノハの顔が浮かび上がる。

 まるで水中に潜って顔だけ水面から出しているかのようだ。


「ここから結界が張られていて、普通の魔族とか魔獣は入れないようになってるんだ。結界の扉が閉まっちゃうから早く中に入ってくれ」


 彼に促されてシルヴァリエルたちが結界の中へ足を踏み入れると、そこには森の外とは完全に別の世界が広がっていた。

 吹く風は暖かく、どこからか甘い香りが漂ってくる。

 森の木々はコノハたちを導くように両脇に整然と立ち並び、その先には湖畔にそびえ立つ巨大樹が見えた。


「あの木はもしや――」

「――そう、覇王樹だ。あの木の中に妖精族の女王が住む城がある」

「コリーダといい、魔猪といい、コノハと旅するようになってからでけえもんばっか見るな……」

「わたしはあんなにでっかくねぇよぉ?」

「少なくとも乳はあたしらの中で一番でけえだろ」

「そっ、そうだけどもぉ……」

「コリーダさん、真面目に相手をしなくていいのですよ」


 四人で旅をするようになってまだ数日だが、コリーダはあっという間にコノハたちに馴染み、旅路はすっかり賑やかになった。

 コノハにはその賑やかさがむずがゆく、今までよりも少しだけ、頬を緩ませる時間が増えた。


「さあ、妖精の城まであと少しだ。先にすす――モ゙ッ゙!?」


 ――瞬間。流星がコノハの頬を横から射抜いた。

 彼を射抜いた流星は燃え尽きることなく、そのままコノハを小石のように吹き飛ばした。


「我が王!」

「コリーダ!」


 瞬時に声を上げて大剣を構えたアースラに応えるように、コリーダが戦斧を構える。

 ふたりに追撃への警戒を任せ、シルヴァリエルは吹き飛ばされたコノハの元へ急いで駆け出した。

 だが次に彼女たちを襲ったのは流星ではなく、強烈な怒号だった。


「こぉんのクソボケぇ!!」


 駆け寄ろうとしたシルヴァリエルが思わず立ちすくむほどの気合いをもって放たれたそれは、コノハを射抜いた流星から発せられているようだった。

 吹き飛ばされて地に伏せる彼の近くで、流星が宙に浮かんでいる。

 そのあまりにも強烈な怒声に、警戒態勢を取っていたアースラとコリーダも振り返っていた。


「アンタさぁ!! 今更どの面下げて帰ってきたわけ!?」


 再びの怒号。

 その大声で流星を包んでいた光は割れるように崩れ、中から声の主が姿を現す。


「よ、妖精……?」


 小人(ハーフリング)族よりも小さな身体に、淡い光を放つ蝶のような羽。

 頭に大きなリボンをつけた彼女は、振り返ると鋭い目つきでシルヴァリエルをにらみつけて言った。


「妖精だったらなに!?」

「いえ、なんでもありません……」


 その小さな身体から発せられる狂戦士のような気迫に、シルヴァリエルですら後ずさってしまう。

 宙に浮かぶその姿は彼女が想像していた通りの妖精そのものだったが、どうやら中身は違ったらしい。


「……ひ、久しぶりの再会がドロップキックから始まること、ある?」


 吹き飛ばされたコノハは、射抜かれた頬を片手で押さえながら身体を起こした。


「残念ね、ここにあるわ」


 妖精の少女は腕を組んで冷たく言い放った。


「アンタ、アタシに言うことがあるわよね」

「…………はい」


 コノハは膝を揃えて姿勢を正し、大地の上に座っていた。

 ――正座である。


「今まで本当にも――」

「そぉいっ!!」


 言葉と共に頭を下げたコノハの後頭部に、空中でくるりと一回転した妖精のかかとが落ちる。


「――ふぐぅ」


 妖精による会心の一撃を食らったコノハはそのまま力なく顔面から大地に突っ伏し、意識を失った。


「わ、我が王!? ご無事ですか!?」


 慌てて駆け寄るシルヴァリエルに向かって妖精は言った。


「ダークエルフのアンタ、このバカを背負ってアタシについてきなさい」

「あ、あの……」


 シルヴァリエルの返答を聞くことなく彼女は言葉を続けた。


「そこのふたりもこのバカの仲間ね? アンタたちもアタシについてきなさい」


 妖精はそれだけ言うと空中を滑るように飛んでいってしまった。


「…………」


 過ぎ去った嵐による被害を確認するかのように顔を見合わせた三人に、再度妖精の怒号が落ちた。


「言われたらさっさと動く!! 駆け足!!」

「はっ、はい!」


 シルヴァリエルは急いでコノハを背中に背負うと、なるべく彼を揺らさないように気をつけながら、淡い光を放って先導する妖精の姿を追いかけていった。

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