10/枯木の王と夕焼けの農道
「――ここが畑の一番端?」
「そぉだよぉ、ここから向こうの森の手前までがうちの村の畑だぁ」
コノハたちが出会ったミノタウロスの女性は、自らを『コリーダ』と名乗った。
コノハは彼女の案内で村の畑をぐるりと見て回り、被害状況を確認していく。
「やっぱり森の近くにある畑の方が被害が多いね。ここらへんの畑は荒らされた形跡がない」
「そうねぇ、森の向こうに山がみえるでしょぉ? たぶんあそこらへんをねぐらにしてるんじゃないかねぇ、って村のみんなと話してたんだぁ」
コリーダが指さした方角には緑の山々が連なっていた。
イノシシは雑食性だが、基本的には植物性のものを好んで食べる。畑を荒らすほど人里に近づいているのなら、山にねぐらがあると考えるのが自然だろう。
「森の近くに広い休耕地があったよね? あれはどうして?」
「あぁ、あそこは村長さんのとこの畑だねぇ。今年は村長の婆ちゃんが腰をいわしちゃってなぁ。村のみんなで手伝ったんだけど、村から一番遠い畑までは手が回んなかったんだぁ」
「……なるほど、じゃあちょっとその畑を借りて、そこに魔猪をおびき寄せるかな」
「そんなことができんのかい?」
「もちろん。任せといて」
「コノハさんは頼りになるねぇ」
コノハがぐっと腕を曲げて力こぶを作る仕草をすると、コリーダは笑顔で小さく手を叩いた。
ふたりで並んで農道を歩きながら、もう一度森の近くの休耕地を目指す。
夕暮れが近づき、畑に広がる緑が光を弾くように輝く。
風が吹いて緑が揺れると、星が瞬くように光が踊る。
「――本当にいい畑だ」
まばゆい光に目を細めながら、コノハがしみじみとつぶやく。
「コノハさんも畑が好きなのかい?」
「畑というか植物全般が好きなんだよね。専門は花かな」
「あれまぁ、お花! 素敵だねぇ!」
「俺の家にも畑はあるんだけど、花畑の方が広いね。一番の自慢は花壇と温室かな」
「温室ってなんだい?」
「中が温かくなってる小屋で、冬でも花が育てられるんだ」
「うへぇ~! それはすごいねぇ! 見てみてぇなぁ……」
「農閑期になったら見に来てみる? 歓迎するよ」
「本当かい!? 楽しみだなぁ~!」
夕焼けに染まる農道に、ふたりの長い影が落ちる。
コノハは、自分が饒舌になっていることを認めざるを得なかった。
コリーダの畑でいい土に触れてしまったことで、心の中の農業魂についつい火が付いてしまった。
それに夕暮れの田園風景というものは、どうにも郷愁をあおる。
たとえ記憶が薄れても、魂に残る景色があるとでもいうのだろうか。
そんなことをつらつらと考えるコノハの隣で、コリーダは物憂げな彼の表情をぼんやりと眺めていた。
(――不思議な人だなぁ)
コリーダは自分よりも遥かに小さなその男と話していると、なぜだか幼い頃に母から寝物語を聞かされていた時間を思い出してしまう。
知らないこと、わからないことがきらきらと輝いて見えた温かいひととき。
彼と話すたびに、図鑑を一ページずつめくっていくような気持ちになる。
「ちょっと下がっててね」
休耕地にたどり着いたコノハは、地面に手をついて言った。
コリーダが言われた通りに後ろに下がると、彼はぽつりとつぶやいた。
「――≪誘いの甘花≫」
すると目の前の畑からまるで巨人がゆっくりと立ち上がるように、次々と巨大な植物の芽が顔を出した。
「な、なんだぁ……?」
植物の芽はぐんぐんと生長し、あっという間にきれいな花を咲かせた。
その瞬間に甘くとろけるような香りが、あたり一面に広がっていく。
「ほわぁ……、なんだかお腹の空く香りだなぁ……」
「一晩あれば風に乗って山の奥まで香りが届くはずだ。たぶん明日の朝にはやってくるんじゃないかな」
コノハは手についた土を払いながら言った。
「村の人たちを不安にさせたくないから、魔猪が来ることはまだ黙っててもらってもいいかな?」
「いいけど、一緒に戦わなくてもいいのかい?」
「実は村の人たちには、戦いよりももっと大事なことを頼みたいんだ」
「戦いよりも大事なこと……?」
「ふふ、まあ明日になればわかるよ」
頭に疑問符を浮かべたコリーダにそう言って笑いかけ、コノハは村へと歩き出した。
◆
村の人たちに『魔猪を退治しにやってきた狩猟者だ』と告げると、それはまあ盛大な歓迎にあってしまった。
よっぽど魔猪には辛酸をなめさせられてきたらしい。
村長からは何度も頭を下げて感謝を述べられ、村の女衆からはうちで飯を食べていけ、いやうちに泊まっていけ、とものすごい勧誘にあった。
『明日の朝早くから狩りにでかけるから』とコリーダが丁重に断ってくれたおかげで、コノハたちはコリーダの家で落ち着いて休むことができた。
彼女は父も母も亡くしているらしく、部屋が余っているから、と快く自らの家に招いて食事と寝床を用意してくれた。
コノハたちは翌朝に備えて早めに就寝すると言うので、コリーダはひとり物置で明日の準備を整えると、ふと思いついて彼が眠る部屋へ向かった。
(もしまだ眠ってなかったら、ちょっとだけ、お話を聞かせてくんねぇかなぁ……)
蹄の音をたてないように慎重に階段を上がると、彼の部屋の扉は完全に閉じておらず、中から光がもれていた。
コノハがまだ起きていたことにほっとしたコリーダが部屋に近づくと、中から甘い声が漏れだした。
「はぁっ……! あっ!」
「――――!」
コリーダの身体がびくりと跳ね、大きな胸が揺れる。
彼女は夕方に嗅いだ魔猪を誘う甘い花の香りを思い出しながら、ゆっくりと、一歩ずつ蹄を進めた。
「んぅっ……ふっ、はぁっ! あっ、は――くぅっ!」
コリーダは今まで感じたことのないほどの緊張に手を震わせながら扉に手をかけると、音を立てないようにそっと取っ手を引いて、部屋の中をのぞき込む。
そこには、白銀のダークエルフと身体を重ねるコノハの姿があった。
「――まさかシルヴァリエルから誘ってくるとはね」
「私も――あっ、はぁっ! こんなに、自分が、嫉妬深いなんて……はっ、あぁっ! お、驚いています……んぅっ!」
昼間に見た、凜とした騎士の姿の彼女からは想像もできない痴態に、思わず顔が熱くなる。
早くなっていく心臓の鼓動と共にうずきだした下腹部を抑えるように、コリーダはそっと手を添えた。
「嫉妬深い私は……お嫌いですか?」
「そんなことない、可愛いよ」
可愛い、と言われたシルヴァリエルが嬉しそうに目を細める。
その姿を見て、コリーダの胸の奥が締め付けられるようにうずく。
下腹部に添えられていた手がいつの間にか下へと導かれ、自らの秘所を布地の上からそっと撫でる。
「ふ――――ぅっ」
駆け抜ける快感に、思わず声がもれそうになる。
コリーダは自らの唇を噛みしめながら、声を押し殺す。
頭の中では、いけないとわかっている。
だが下腹部の奥から溢れる熱が、どうしようもなく心を焦がす。
「あ――はっ、んんんんぅっ!」
部屋の中から一際高く上がった嬌声に、思わず我に返る。
コリーダはそっと扉を閉じると、音をたてないようにゆっくりと自らの寝室へ入り、その扉を閉めた。
ベッドに顔を埋め、自らの胸に手を当てる。
心臓は壊れそうなほど脈打ち、まるで叫び声を上げているようだ。
下腹部の奥が熱を帯びてうずき、心の奥をくすぐる。
「まずいなぁ……」
予定ではもう少し先のはずだ。
今日は偶然、そんな気持ちになってしまっただけだ。
自分に言い聞かせるように、心を静めていく。
「コノハさん……」
じんわりと身体中に広がる熱を感じながら、コリーダの夜は更けていった。
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