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君に贈る最後の物語、最後の一輪に愛を込めて  作者: (R× Y)ヤジド パシャ
第二章 涙の向こうにある物語.
14/18

第十三話 週末の約束は突然に

前書き


誰かと過ごす時間が、少しずつ楽しみになっていく。


けれど、友人と呼べる相手が増えても、毎日が特別な出来事で満たされるわけではない。


授業を受けて、昼食を食べて、くだらない話で笑う。


そんな日常の中で、駿がふと思いついたのは、いつもとは少し違う週末の過ごし方だった。


それは、航平にとっても、結衣にとっても、まだ知らない時間の始まりだった。

 金曜日の朝。


 水野航平が教室に入ると、窓際の席で佐久間駿がスマートフォンを睨んでいた。


「……ない」


 低い声だった。


 朝から何を探しているのだろう。


 航平が鞄を机に置いていると、駿はもう一度画面を確認し、深いため息をついた。


「何がないんだ?」


「週末の予定」


「予定なら、自分で作ればいいだろ」


「そういう話じゃないんだよ。土曜日も日曜日も、今のところ予定がない。つまり、俺の休日は自由という名の虚無に支配されている」


「ずいぶん大げさだな」


「航平、お前は分かってない。高校三年生の休日は貴重なんだぞ。勉強もしなきゃいけない。進路も考えなきゃいけない。なのに、気づけば一日が終わっている。そんな悲劇を繰り返していいと思うか?」


「……課題を後回しにしてゲームをするからじゃないのか?」


「それはそれ、これはこれ!」


 駿が勢いよく顔を上げた。


 その声を聞きつけた成瀬明里が、前の席から振り返る。


「朝から何を騒いでるの?」


「休日の有効活用について考えている」


「課題の有効活用について考えたほうがいいと思うけど」


「俺の課題は今、人生の優先順位について考えているところだ」


「課題に意思があるみたいに言わないで」


 明里は呆れたように前を向いた。


 航平は笑いながら椅子を引いた。


 窓から差し込む朝の光が、机の表面に細長い影を作っている。教室の後ろでは、数人の男子が昨日のテレビ番組について話していた。廊下からは、登校してきた生徒たちの足音と、遠くの教室から聞こえる笑い声が響いてくる。


 いつもと変わらない朝だった。


 ただ、最近はこうした何気ないやり取りの中に、以前よりも自然に加わっている自分がいる。


 航平はそのことを、少し不思議に感じていた。


「そういえば、航平」


 駿が椅子を引きずって近づいてきた。


「お前、今週末は何か予定あるのか?」


「特には。家で本を読んだり、続きを書いたりするつもりだけど」


「ほら、やっぱり!」


「何が?」


「お前も暇なんじゃないか!」


「暇とは言ってないだろ」


「予定がないという点では同じだ!」


「ずいぶん乱暴な理屈だな」


 駿は腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。


「……よし。決めた」


「嫌な予感しかしないんだけど」


「明日、俺の家に来い」


「急だな」


「友達と遊ぶのに、そんなに複雑な理由が必要か?」


 その言葉に、航平は一瞬だけ黙った。


 必要なのかと聞かれれば、必要ないのだろう。


 ただ、これまでの航平は、誰かと遊ぶ予定を自分から作ることがあまりなかった。学校で友達と話すことはあっても、休日まで一緒に過ごすことは、それほど多くなかったのだ。


「……何をするんだ?」


「ゲーム!」


「予想どおりだ」


「それから、何か食べる!」


「急に計画が雑になったな」


「細かいことは後で決める!」


「決めてから誘えよ」


 航平が笑うと、駿もつられて笑った。


 そのとき、蒼太が二人の会話に加わった。


「明日、駿の家で遊ぶのか?」


「そう! 蒼太も来いよ」


「別にいいけど。何時から?」


「……何時がいい?」


「誘った側が聞くことか?」


「時間はみんなで決めるものだろ!」


 蒼太は少し考えてから、時計を見た。


「昼過ぎなら行ける。午前中は家の用事があるから」


「よし、じゃあ昼からだ!」


 駿は満足そうに頷いた。


 航平は、こんなふうに予定が決まっていくことが、少し新鮮だった。


 最初から完璧な計画があるわけではない。


 ただ、誰かが言い出して、別の誰かが乗って、足りないところを少しずつ埋めていく。


 それだけで、何もなかった週末に予定ができる。


「……あ、そうだ」


 駿が何かを思い出したように顔を上げた。


「結衣さんも誘ってみるか」


 航平の手が、机の上で一瞬止まった。


「……早坂さん?」


「そう。せっかくなら人数が多いほうが楽しいだろ。明里も来るよな?」


「私は、明日なら午後は空いてるけど」


 明里は少し考えてから答えた。


「ただし、あなたの家をゲームセンターみたいにするのはやめてね」


「家でゲームをするのに、ゲームセンターみたいになるわけないだろ」


「あなたの場合、声の大きさが問題なの」


「俺の声は場を盛り上げるための才能だ!」


「近所迷惑と才能は別物よ」


 蒼太が小さく笑った。


 駿は明里に言い返そうとしたが、すぐに航平の肩へ腕を回した。


「というわけで、結衣さんも誘おう。お前、最近よく話してるんだろ?」


「……まあ、話すことはあるけど」


「じゃあ、ちょうどいいじゃん」


「何が?」


「普通に友達として誘えばいいんだよ。別に難しいことじゃないだろ?」


 駿はあっさりと言った。


 その言葉に、航平は少しだけ考え込んだ。


 確かに、難しいことではないはずだった。


 同じ学校の友達を、自分たちの集まりに誘う。


 それだけのことだ。


 それなのに、なぜか結衣を誘う場面を想像すると、少しだけ言葉に迷ってしまう。


「……そうだな」


 航平は、ようやく頷いた。


「聞いてみよう」


「よし、決まり!」


 駿は嬉しそうに両手を叩いた。


「明日は佐久間家で休日交流会だ!」


「その名前、今つけただろ」


「名前があると立派なイベントに見えるだろ?」


「名前だけ立派でもな」


「細かいことは気にするな!」


 始業のチャイムが鳴った。


 駿は慌てて自分の席へ戻り、航平も教科書を机の上に出した。


 休日の予定が決まった。


 ただそれだけのことなのに、午前中の授業がいつもより少しだけ短く感じられそうな気がした。


     *


 二時間目が終わった休み時間。


 航平は廊下へ出て、窓際で友人と話していた結衣に声をかけた。


「早坂さん、今、少しいい?」


「うん。どうしたの?」


 結衣は友人に「また後でね」と告げて、航平のほうへ歩いてきた。


「実は、明日なんだけど……」


 そこで、航平は一度言葉を切った。


 自分から誰かを誘うという行為が、思っていたよりも難しいことに気づいた。


 何をするのか。


 誰が来るのか。


 どう説明すればいいのか。


 頭の中で考えているうちに、かえって言葉が出てこなくなる。


「……駿の家で、みんなで遊ぶことになったんだ。蒼太と明里も来る予定で」


「そうなんだ」


「もし予定がなければ、早坂さんも来ないかなと思って」


 結衣は、少しだけ目を丸くした。


 それから、嬉しそうに笑った。


「私も行っていいの?」


「もちろん。駿が誘ってみようって言ってたし、俺も……来てくれたら嬉しいと思う」


 最後の言葉は、思っていたよりも自然に口から出た。


 言ってから、航平は少しだけ気恥ずかしくなった。


 結衣は彼の顔を見つめていたが、やがて柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。明日は午後なら大丈夫だよ」


「本当?」


「うん。何時に行けばいい?」


「昼過ぎに集まる予定。詳しい時間は、今日のうちに駿が連絡すると思う」


「分かった。楽しみにしてるね」


 その言葉を聞いたとき、航平は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 自分が誘った相手が、楽しみにしていると言ってくれた。


 それだけのことが、思っていた以上に嬉しかった。


「……俺も、楽しみだよ」


 結衣は一瞬だけ目を瞬かせた。


 そして、ほんの少し頬を緩めた。


「じゃあ、また後でね」


「うん」


 結衣が教室へ戻っていく。


 航平は、その後ろ姿を見送ってから、自分の教室へ戻った。


 扉を開けると、駿が待ち構えていた。


「どうだった?」


「来てくれるって」


「よっしゃ!」


 駿は拳を握りしめた。


「これで人数も揃ったな!」


「別に、人数を揃える大会じゃないだろ」


「大事だろ! ゲームは人数が多いほうが楽しい!」


「そういうことか」


 蒼太が納得したように頷いた。


 明里は机に頬杖をついて、駿を見た。


「それで、肝心の準備は?」


「……準備?」


「ゲームをするなら、何をするのか決めておくんじゃないの?」


「行き当たりばったりも、また一興だろ!」


「あなたの人生、行き当たりばったりばかりね」


「それは言いすぎだ!」


 駿が抗議すると、明里は笑った。


 航平も笑いながら席に座った。


 明日、何をするのかは、まだはっきりとは決まっていない。


 それでも、集まる相手が決まっただけで、少しずつ楽しみになっていた。


     *


 昼休み。


 五人は、いつものように机を寄せて昼食を取っていた。


 結衣は自分の弁当箱を開け、箸を手に取った。


「駿くんの家って、ゲームがたくさんあるの?」


「任せろ! 俺の家には、友達と遊ぶための設備が整っている!」


「設備って言い方が大げさね」


 明里が弁当の蓋を閉じながら言った。


「普通のゲーム機とテレビがあるだけでしょう?」


「それが大事なんだよ!」


「ほかには?」


 結衣が興味深そうに尋ねる。


「ボードゲームもあるぞ。昔、家族で遊ぶために買ったやつがいくつか残ってる」


「へえ、ボードゲームもあるんだ」


「そうそう。あと、カードゲームもある。たぶん、どこかにしまってあるはず」


「たぶん?」


「細かいことは気にするな!」


 駿が胸を張った。


 蒼太が箸を動かしながら、淡々と言う。


「明日までに見つけておけよ」


「分かってるって!」


「それと、充電器も確認したほうがいい。途中で電池が切れたら面倒だろ」


「おお、さすが蒼太。準備の鬼!」


「普通のことを言っただけだ」


 明里は、呆れたように笑った。


「あなたたち、遠足にでも行くつもり?」


「休日交流会だ!」


「まだその名前を使うのね……」


 結衣は、みんなの会話を聞きながら楽しそうに笑っていた。


 やがて、彼女は自分の弁当から卵焼きを一切れ口に運んだ。


「そういえば、みんなは普段、休日に何をしてるの?」


「俺はゲームだな」


 駿が即答した。


「知ってた」


 明里が言う。


「私は買い物をしたり、家でゆっくりしたり。課題が多いときは、そっちを優先するけど」


「蒼太は?」


「家の用事を手伝ったり、本を読んだり。あとは、気が向いたら散歩する」


「散歩?」


 結衣が少し意外そうに聞き返した。


「うん。特に目的を決めずに歩くことがある。知らない道を通ると、思いがけない店を見つけたりするから」


「それ、ちょっと楽しそう」


「実際、楽しいよ。何も見つからない日もあるけど」


「航平くんは?」


 結衣がこちらを向いた。


 航平は箸を置き、少し考えてから答えた。


「本を読んだり、小説を書いたり。あとは、家で動画を見たりかな」


「やっぱり書いてるんだね」


「うん。時間があると、つい」


「どんな話を書いてるの?」


「今は、前に話した短編の続き。……というか、少し前の部分を書き直してる」


「前の部分?」


「主人公の女の子が、病気になる前の話」


 結衣の表情が、わずかに明るくなった。


「本当に書き始めたんだ!」


「まだ少しだけだけど」


「それでもすごいよ。どんな子なのか、もっと知りたいと思ってたから」


 彼女は、嬉しそうに言った。


 航平は少しだけ視線を逸らした。


「……まだ、朝寝坊するところしか書いてないけど」


「えっ?」


「朝が苦手で、目覚まし時計が鳴っても起きられないんだ」


 結衣は、目を丸くしてから笑い出した。


「何それ。かわいい!」


「そうかな」


「うん。だって、そういうところがあると、ちゃんと生活してる人なんだなって思えるもの」


 航平は、静かに頷いた。


 結衣は、いつも自分が気づかなかった部分に目を向ける。


 悲しい結末だけを考えていたときには、必要ないと思っていた部分。


 けれど、彼女はそこを大切にしてくれる。


「……続きを書いたら、また読んでもらってもいい?」


 航平が尋ねると、結衣は迷わず頷いた。


「もちろん。楽しみにしてる」


 その言葉を聞いて、航平は自然に笑った。


 今度は、以前ほど戸惑わなかった。


 自分の書いたものを読んでもらうこと。


 感想を聞くこと。


 次に書くものを、楽しみにしてもらうこと。


 少しずつ、それが当たり前になってきている。


 もちろん、まだ慣れたわけではない。


 それでも、以前のように、誰にも見せずに引き出しへしまってしまうことだけが、自分の物語との向き合い方ではなくなっていた。


     *


 午後の授業は、いつもどおりに過ぎていった。


 黒板に書かれた数式をノートに写し、教科書の指定されたページを開き、先生の説明を聞く。


 窓際の席では、風が吹くたびにカーテンが揺れていた。


 航平は授業に集中しようとしていたが、ふとした瞬間に、明日のことを考えてしまう。


 駿の家でゲームをする。


 明里が駿に文句を言う。


 蒼太が淡々と勝負を進める。


 結衣がどんなゲームを選ぶのかは、まだ分からない。


 そんなことを想像していると、いつもより少しだけ時間が早く過ぎていく気がした。


「水野、次の問題を解いてみろ」


「……はい」


 藤本先生に名前を呼ばれ、航平は慌てて顔を上げた。


 教室の何人かが、くすくすと笑った。


「大丈夫か? 今日は少し上の空だな」


「すみません」


「まあいい。次は集中するように」


「はい」


 席に座り直すと、斜め前から駿がちらりと振り返った。


 その顔には、明らかに何かを察したような笑みが浮かんでいた。


 航平は小さく眉を寄せた。


 駿は何も言わずに前を向いた。


 その態度が、かえって怪しかった。


     *


 放課後。


 終礼が終わると、駿は勢いよく立ち上がった。


「よし、明日の予定を確定させるぞ!」


「まだ決まってなかったの?」


 明里が鞄を肩にかけながら言った。


「大まかには決まってる。細かいことを決めるんだ!」


「具体的には?」


「明日の午後、俺の家に集合。ゲームをして、何か食べる!」


「……朝と何も変わってないじゃない」


「いや、時間が決まった!」


「それは進歩なのかしら」


 蒼太はスマートフォンを取り出した。


「じゃあ、十三時に集合でいいか?」


「いいぞ!」


「私は大丈夫」


 明里も頷いた。


 結衣は少し考えてから答えた。


「私も大丈夫。十三時なら間に合うと思う」


「よし、決定!」


 駿は満足そうに笑った。


「場所は駅から歩いて十分くらいのところだ。詳しい住所は後で送る。迷ったら連絡してくれ!」


「駿の家に行くのは初めてだから、ちょっと楽しみ」


 結衣が言うと、駿はさらに嬉しそうになった。


「任せろ! 最高の休日にしてやる!」


「そこまで期待を上げて大丈夫?」


 航平が言うと、駿は胸を張った。


「問題ない! 俺には秘策がある!」


「……何?」


「まだ考えてない!」


「問題しかないだろ」


 蒼太が静かに突っ込んだ。


 明里は額に手を当て、結衣は声を立てて笑った。


 航平も、とうとう堪えきれずに笑ってしまった。


 こうしていると、明日のことが少しずつ現実味を帯びてくる。


 いつもの教室で、いつものように話していただけなのに。


 気がつけば、五人で過ごす予定ができていた。


「じゃあ、また明日ね」


 結衣が鞄を持ち直して言った。


「うん。また明日」


 航平が答えると、駿がすかさず二人の間に顔を出した。


「おいおい、二人とも明日会うんだから、そんなに名残惜しそうにしなくてもいいだろ?」


「誰も名残惜しそうになんかしてないだろ!」


「そうかなあ?」


「駿、あなたは本当に余計なことしか言わないわね」


 明里が駿の肩を引っ張った。


「痛い! 俺は事実を指摘しただけだ!」


「その事実がどこにあるのよ」


「俺の鋭い観察眼の中に!」


「はいはい。帰るわよ」


 明里は駿を引っ張るようにして歩き出した。


 蒼太も二人の後を追い、結衣は笑いながら軽く手を振った。


 航平は、その背中を見送りながら思った。


 明日も、きっと騒がしい一日になる。


 けれど、それを嫌だとは思わなかった。


     *


 家に帰ると、航平は制服を着替え、机の前に座った。


 夕食までの時間を使って、短編小説の続きを書こうと思ったのだ。


 ノートを開く。


 そこには、病気の少女が朝寝坊をする場面が書かれていた。


 航平は、続きを考えた。


 少女は慌てて家を出て、いつも通る道を走る。


 途中で友達に呼び止められ、遅刻しそうなのに立ち話をしてしまう。


 学校に着けば、先生に注意されるかもしれない。


 そんなことを考えながら、彼は一行ずつ書いていった。


 気づけば、窓の外は夕暮れになっていた。


 航平はペンを置き、書いた文章を読み返した。


 まだ、病気のことは出てこない。


 ただ、少女が日常を過ごしているだけだ。


 それなのに、書いていて不思議と楽しかった。


 これまでの自分なら、物語をどこへ向かわせるか、最後に何を起こすかばかり考えていた。


 けれど今は、彼女がどんな一日を過ごすのか、その続きを考えている。


 それは、ほんの小さな変化だった。


 スマートフォンが震えた。


 駿から、グループメッセージが届いていた。


『明日は十三時に集合! 遅刻厳禁!』


 続けて、明里から返信が入る。


『あなたが一番遅刻しそうだけど』


『俺は主催者だぞ!』


『主催者なら、なおさら時間を守りなさい』


 蒼太が短く送った。


『住所、送ってくれ』


 駿はすぐに住所を送信した。


 そのあと、結衣からもメッセージが届いた。


『明日、楽しみにしてるね。みんなで遊ぶの、久しぶりだから』


 航平は、その文章をしばらく見つめていた。


 みんなで遊ぶのが楽しみ。


 その言葉の中には、自分も含まれている。


 当たり前のことなのに、少しだけ嬉しかった。


 彼は返信を打った。


『俺も楽しみにしてる。明日はよろしく』


 送信してから、スマートフォンを机に置く。


 そして、再びノートを開いた。


 今日のことを、何か一行だけ書き残しておきたいと思った。


 しばらく考えてから、彼はペンを動かした。


 ――何も予定のなかった週末に、誰かと過ごす約束ができた。


 ――それだけで、明日が少し楽しみになった。


 航平は書き終えた文章を見つめ、静かに笑った。


 物語の中の少女にも、こんな日があるのだろうか。


 誰かと遊ぶ約束をして、翌日を楽しみにしながら眠る夜。


 特別な出来事がなくても、明日が来ることを嬉しく思える夜。


 もし彼女にもそんな日があったのなら、きっと書いてみたい。


 悲しい結末へ向かうためではなく。


 彼女が確かに生きていた時間を、残すために。


 航平はノートを閉じた。


 明日は、どんな一日になるのだろう。


 駿は本当に秘策を用意しているのだろうか。


 明里は、また駿に呆れるのだろう。


 蒼太は、相変わらず落ち着いているのだろう。


 そして、結衣は。


 彼女は明日、どんなふうに笑うのだろう。


 そんなことを考えながら、航平は机の上を片づけた。


 まだ、恋と呼べるほどはっきりした気持ちではない。


 ただ、明日が来ることを楽しみにしている。


 その小さな気持ちを、今は大切にしてみようと思った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


第十三話では、駿の思いつきから、五人で休日を過ごす約束が生まれました。


いつもは教室で顔を合わせるだけだった友人たちが、学校の外でも一緒に時間を過ごすことになります。


駿の勢いに振り回される明里、落ち着いて予定を整える蒼太、そして少しずつ輪の中に入っていく航平と結衣。


それぞれの性格が、何気ない会話の中に表れるように描いてみました。


また、航平は物語を書くときにも、以前とは違う視点を持ち始めています。


悲しい結末へ向かう出来事だけではなく、登場人物が何でもない一日を過ごすことにも意味がある。


そのことに気づき始めた彼が、これからどんな物語を書いていくのか。


次回は、いよいよ五人が駿の家に集まります。


何が起こるのか、そして一緒に過ごす時間が彼らの関係をどう変えていくのか。


次のお話も、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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