八方良しの最悪な決断(※ただしワイリーを除く)
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探偵が解決した事件について長々と語るのは蛇足だろう。
仮にも俺は10年近く摩天街の闇に生きたスニッファーだ。
海千山千のおっかないクライアントを相手どってこれまで五体満足で生き残ってきた。
ダブルブッキングの処理だってこれで2回目だ。
まず全く利害の絡まないトードーには最優先で抗議団体のアジトの住所を送信した。間も無く謝礼が払われたのを見るに、満足のいく結果に終わったようで、消えたMC-A146や破壊された構成員の残骸については問い合わせも来なかった。
俺の調査がどのような結果をもたらしたか知ることはきっとこの先ないだろうし、興味もないが、この件はこれでよし。
残る2人のクライアント。
A.A.には蜃気楼で回路が焼き切れたエバンズのメモリを送りつけることにした。
億を超えるスーパーアンドロイドの脳みそも物理的にぶっ壊れてはただのスクラップ。
この惨状については、どこからか砂上楼の情報を聞きつけた犯罪組織に襲われたせいだと泥はあいつに被らせた。
円満とはいえないものの、依頼は失敗という形で満了となった。
黒星の一つくらい、今回ばかりは痛くもない。
依頼人の利益を故意に侵害したのがバレるよりかは。
そして最後の障害、ホステルファミリア。
レシピを渡して事情を話したら料金表通りの金額で手を打ってくれた。
めでたしめでたし。
「おいおい、コーヤ。そりゃないだろ」
Mirageの営業時間前のVIPルーム。
黒いスーツにワインレッドのシャツというシックな装いのレンヤのネオンライトの瞳が俺をまっすぐ非難する。
「肝心なところを端折りすぎだろ」
レンヤが身を乗り出し、ジャラリとメタリックなピアスが揺れる。
「なんでマフィアを裏切ったお前にマフィアの戦闘員アンデッドロイドがひっついている?そこが一番大事じゃないか!」
「…買い取った」
「コーヤ」
にじり寄るレンヤ。
高そうな花のような香りが冷たいネオンライトの光と共にゆっくりと近づいてきて、思わず目を逸らす。
「お前の予想する通りだよ」
「お前の口から聞きたいんだ」
珍しくレンヤはあの小馬鹿にするような笑顔を引っ込めていた。
癪に触ることに、レンヤは俺を理解しているが、俺も同程度にはこいつを理解している。だからこの話がどれほどこいつを喜ばせるかわかっている。わかっていながら、言葉は喉をついていた。
蜃気楼の対価といえばそれまでだ。でも本当は誰かに話したくてたまらなかった。俺の犯した過ちについて。
告解の相手がこの悪党だったのは、皮肉を通り越して自己憐憫が止まらない。
それでも黙って抱えるよりはマシだったのだから。
-2-
アジト襲撃の翌朝。
これは俺が大学で習ったコンピューターの初歩だが、メモリをアプリケーション上から消去してもデータ自体が消えるわけじゃない。
メモリを消すという表現は言ってみれば、分譲マンションを売りに出すようなもので、その部屋に住んでいる住人が即座に消えるわけじゃない。
だから俺はエバンズのメモリから削除されたはずのレシピをサルベージすることができた。
一方で、売りに出されたという情報を見た別の人間がその分譲マンションに越してきたら?その部屋にいる人間は別人となり、元の住人とはもうその住所では会えない。
今のワイリーの状態は、言うなれば街全体がエイリアンに侵略されたようなものだと考えてみればわかるだろう。元の記憶が綺麗さっぱり上書きされてしまったら、技術的に復元しようがないのだ。
スリープ中のワイリーの横顔を見て嘆息する。
ホテルに引き上げてからというもの、夜通しメモリーの状態を確かめた。ワイリーの状態は健康そのもの。ワイリーが自由に使えるメモリの容量のうち99%が砂上楼のレシピになっている以外は故障も何もない。
むしろ戦闘用アンドロイドに鳩尾を蹴られた俺の方が外傷的には重傷かもしれない。シャワーを浴びる際に見たが、土手っ腹に芸術的なまでの正円の青あざができていた。
ワイリーにわずかに残っていた1%は名前をはじめとする基本情報だけ。
マフィアがプロテクトをかけていた8Gのおかげでかろうじて自分がマフィアであることや両手の変形機構の使い方を忘れていなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
しかし、記憶と呼べるものは何もなかった。アリスのことも、俺のことも。現状さえ認識していないものだから、言いくるめてホテルに引き上げるのは簡単だった。
俺のメモリにあるから大丈夫だと説明したら脳内からあっさりレシピを消したし、メンテナンスだといえば無線ブロックも解除してこうしてメモリの閲覧や操作まで許してくれた。
ミナトの例があるから身構えていたが、リセットされても愛すべきお人好しのままだった。
ワイリーの元になったウィリアム・カチマチ氏の性格の根幹がこの善良さだったのかもしれない。
なんにせよ、俺にとっては都合がいい。
この人の良さのせいでの杜撰な騙し討ちに引っかかって、今も大人しく脳内を見せているんだから。
小型アンテナを抜き、ワイリーのスリープが解ける。
「おはよ、で、どうだった?」
「ダメだった」
項垂れる俺の肩を力強い手がバシバシと叩いて励ます。
「記憶が飛ぶのはアンドロイドあるあるだから。どっかにバックアップあると思うし、気にしなくていいよ」
当の本人は全く気にしてないのが皮肉というかなんというか。
いや、もう気にすることもできないというか。
別に許してくれたわけじゃない。
ただ覚えてないってだけなんだから。
「ワイリー、ちょっといいか」
無線通信でワイリーに記憶を送る。
「ん?これは?」
「俺と君が初めて会った日の記憶。俺視点で恐縮だけど」
ワイリーの瞳がシアンに光った。
「ワォ、俺ってばめっちゃスマートじゃん。ねえ、もっとないの?」
キラキラと楽しそうな笑顔。
その邪気のない視線にチクチクと罪悪感を覚えつつ、2日目の追跡劇の記憶を渡した。
「ぷっ、君めっちゃ叫ぶじゃん」
「うるさいな。あれほんと怖かったんだから…」
思ったより好感触だ。このままこの数日間の俺の知るワイリーを返してあげよう。バックアップがあるとは言え、せめてもの償いだ。
閉じ込められてからの雑談部分を見返して、はたと手が止まった。
曇り空の海辺を歩くアリスの姿。
そうだった。ワイリーはもうアリスを覚えていないんだ。
そして俺を相棒だと思い込んでいる。
ああ、ダメだ。
こんなこと考えるべきじゃない。
でも一度芽生えたこの邪念を振り払おうとすればするほどあまりに条件が整いすぎていることに気づいてしまうのだ。
エバンズは壊したけどレシピはまだ手元にある。手中どころか俺の脳内に。
ワイリーは俺の裏切りを覚えていない。
A.A.にはレシピの全体は渡していない。
ならばまだマフィアをブチギレさせることなく穏便にジーノからの依頼を完遂できるじゃないか。
いや、それだけじゃない。
アリスのことを黙っておけば、ワイリーを本当の相棒にできるじゃないか。
「それだけは頼むよ、相棒」
悲しい笑顔を思い出す。
ああ、そうだった。あれはワイリーからの最期の願いだった。
それを踏みつけにするのか?
こんなにいい奴なのに。幸せになる資格がある男なのに。
でも俺だって。
善人じゃないけど。
いっぱい苦しんできた。
そろそろちょっとくらい救われてもいいんじゃないか?
「おーい、コーヤ?どうした?」
目の前で手のひらが高速で左右に振られている。
「ああ、ごめん。ちょっとメモリがごちゃついてて、返す記憶が見当たらなくてさ」
「あはは、君整理整頓苦手なのかい?」
何も迷う必要はない。ただ圧縮した「ワイリーフォルダー」を転送すればいい。容量は0.1GBもない。こんなちまちま返す必要なんてない。
昨晩の記憶は抜いてあるから裏切ったことなんてばれやしない。レシピとワイリーをマフィアに返して金に換えればいい。いつもの依頼と同じく淡々と機械的に。マフィアから追われることがなければレンヤにこれ以上不必要な借りを作ることもない。蜃気楼の代金程度ならまだ自力で埋め合わせできるかもしれない。
それで十分なはずなのに。
どうしても指が動かない。
ドンドンドン。
不意に荒々しくドアが叩かれる。
ワイリーが跳ね起きて俺をドアから庇うように床に降り立った。
「チェックアウトの催促かな?」
「延泊してるからそれはない」
「心当たりは?」
「2、3ある」
再び雑なノックが続く。
「いつまで乳繰り合ってるんだ、ヒサカキ」
怒気を孕んだ女声の罵声。苛立ちを隠すこともなくなおもドアを拳で連打する。
「あー、あんたか」
ワイリーの横をすり抜けてドアに向かう。
「知り合い?」
「どちらかといえばそう」
顔と名前を知っているかと言われたらYES。味方かと言われたらNO。敵寄りの敵。
ドアを開けるとメカメカしい配線剥き出しのメタルの腕が俺の胸ぐらを掴んだ。
首を絞めあげる万力のような手を軽くタップする。
「上司を見習ってもっと気長に待てよ」
いうほどレンヤも気は長くないか。1ヶ月店に行かないと家に押しかけてくるし。
「黙れ。こちとら繁忙期なんだ。仕事は待ってくれないんだよ」
喉の圧迫感が消えたと思ったら、隣に立っていたワイリーがリョーノのメタルアームをねじり上げていた。
「俺の相棒なんだ。そういう扱いはやめてほしい」
「あ、なんだお前…?」
リョーノの目に怒りが灯るのを見てとり、余計なことを言う前に先手を打つ。
「5分で荷物をまとめるから車で待っててくれるか?ここで騒がれると逆に出立が遅れると思うけど」
ワイリーの手を振り解いて苛立たしげに廊下を踏み鳴らして黒いスーツの背中が遠ざかっていく。
「何だって私がこんなことを…レンヤ様もお人が悪い…」
心底嫌そうな独り言。
癪だが、同意見だ。
悪趣味にも程がある。マナトが薬を買っていた店の店長だった女を迎えに寄越すなんて。摩天街までの数時間のドライブの車内の空気を考えると胃が痛いよ。
-3-
2日の摩天街は相変わらずだった。
相変わらず猥雑で渋滞ばかりで欲望を駆り立てる耳障りのいいネオンの言葉で溢れている。
これから世紀の大博打を打つというのに気の抜けるような下劣な空間。
ホステルファミリアの事務所には一人で行った。
リョーノもワイリーもいない方が話が早く済むと思ったから車で待機してもらった。
初めて来たが、マフィアの事務所というのは意外と普通のオフィスビルだった。まあ見たのは廊下とジーノの応接室だけだから奥の部屋には悪の組織らしい御大層な何かがあったりするのかもしれないが、それはどうでもいい。
ジーノはマゼンダのスーツと薄桃色のシャツという目に痛い色を着ていた。少し焦った様子で単刀直入に切り出してきた。
「エバンズはどこだ」
俺は第四工場街からの帰路に考えた泣けるエバンズの末路について情感たっぷりに語ってやった。小説家になれるんじゃないかってくらい一貫した筋書きに自分でも目頭が熱くなる、なんてことはないし、ジーノもエバンズの行方には興味はなさそうだった。
「俺が過程に金を払う男だと思うか?その工場街の抗議団体に破壊されかけたエバンズのメモリから間一髪で取り出したんだろう?いいから、レシピを寄越せ」
「目の前にある」
そう言って俺は懐から銃を取り出して、自分のこめかみに当てた。
「なんの真似だ?」
「俺は口下手だからうまく話すには多少工夫が必要でね。今からでも契約内容の変更をお願いしたい」
「はぁ?」
ジーノの口角が引き攣る。
「金か?相場の三倍払うと言ったのに足りないのか?」
「まさか。うちは基本料金テーブルでしか仕事しない。前金だけで十分な額だよ。成功報酬は辞退したいくらいだ」
「ならなんだ。何が目的だ」
「ワイリーだ。彼の所有権を俺に寄越せ」
「ワイリー?」
初めて聞く人間味のある声。ジーノはVグラスのツルに指を当てた。玉虫色のグラスが揺らぐ。
「ワイリーは次の給料で自己購入が終わるんだが」
「自己購入の返済状況もそのまま俺に引き継いだ状態で構わない」
ジーノが舌打ちする。
電子音が脳の奥で鳴り、添付ファイル付きのメッセージを受信する。
俺はその契約書に署名して返送した。
そして間もなくアンドロイド管理庁から契約変更のメッセージを受理する。
内容は当然アンデッドロイド LR-W003 ウィリアム・カチマチ型が俺の所有物になったという連絡だ。
アンドロイド管理庁のDBまでいってこれが嘘じゃないことが確認できたので、暗号化されたレシピのデータをジーノに送る。
「この事務所を生きて出られたら復号キーを渡すよ」
ジーノは苛立ちを隠すこともなく机を叩いた。
「あんたみたいな小物の命なんてどうだっていい!ヒサカキさん、そこまで危ない橋だとわかっているならなんでこんなふざけた真似をするんだ!非合理過ぎるだろう」
銃を懐にしまいながら俺は立ち上がった。
「欲望が合理的なわけないだろ」
内心スキップしたい気持ちを抑えてできる限りクールで底しれないスニッファーらしくマフィアの事務所を誰に咎められることもなく出た。
イライラとタバコをふかすリョーノにかりた拳銃を返し、約束通り復号キーと金額を書き直した請求書をジーノ宛に送る。
cl2支払いで料金表通りの成功報酬を受け取ったのを確認し、やっとこの依頼は終わった。
「じゃあリョーノ、あんたのボスのところまで頼むよ」
「私はタクシーじゃないんだよ…!」
文句を言いながらタバコを踏み潰して運転席へと戻るリョーノ。
俺は後部座席のワイリーの隣に乗り込んだ。
「依頼は大成功?」
ワイリーがにこやかに問いかける。
「ああ、プライスレスな報酬をもらった」
その無垢なネイビーの瞳に俺は邪な笑みで応えた。




