最高のバディの解散
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文字通り地に足をついたところでようやく人心地がついた。
そこは労働者宿舎から少し離れた屋台通りの一角にあるコンクリートの長屋の屋上だった。
屋根の端から覗く地上は夜なのに煌々と白熱電灯の光と熱気に満ちている。
へたり込みそうになるのを抑えながら下をチラリと覗く。
屋台通りとは反対側の通りを慌てた様子のメカ型アンドロイド数体が通り過ぎていった。
ふっと息をついて、コンクリートの上にエバンズを降ろした。
MC-A146ことエバンズのディスプレイには相変わらずムカつく目だけが光っている。
再び俺とワイリーの顔を視線が往復する。
「そもそも、何故俺がエバンズだと知っているんだ?」
なんだ最初に聞くのはそれか。
「聞きたいか?あんたがどうやってここまで来たのかも、なんで逃げたのかも俺はぜーんぶ知ってるぞ?」
エバンズの目が心なしか不安げに揺れる。
ワイリーが俺の横に座って、エバンズのディスプレイの中央を指先でつついた。
「コーヤ。こいつ、なんて言ってる?」
無邪気なネイビーのネオンライトが俺に向けられる。
この数日で何度も見てきた好奇心と期待に満ちたその視線に頬が緩みかけるが、グッと我慢。
「そこのお優しい天才様はもうお薬作るのが嫌になって逃げたんだってよ。世界にとっては懸命な判断だよな」
人差し指でエバンズのディスプレイをつついた。
「地獄版蜃気楼だって結局新しい犯罪を生み出しただけだし」
エバンズは目をしばたかせた。
どうしてそれを?と言わんばかりに。
知ってるさ。調べたもん。
「マフィアから逃げたのだってその悪い癖が出ちゃったんだろ?」
「その通りだ。私は…死の安寧さえ奪われた哀れなトリスタン・エヴァンズにこれ以上人を殺させたくなかった」
「反省するくらいなら最初から作らなきゃよかったのに。モノも感情も。一度生まれたものはなかったことにはできないんだ。『砂上楼』も」
その額を手の甲でコンコンとノックして嘆息する。
このままディスプレイをかち割ってやろうか。
お前の気持ちなんて知ったことじゃない
結果が全てだろ。
「そう思うなら生前、ちゃんと頭を潰して自殺すればよかったんだ。金あるんだからショットガンくらい買えただろ?」
「ちょ、コーヤ。言いすぎ…」
言いすぎなもんか。トリスタン・エヴァンズは死に逃げした卑怯者だ。
こいつが死んだことで事態は好転したのか?マナトは帰ってきたのか?
エヴァンズがエバンズとしてマフィアに買われて、もっとヤバい薬を世に出そうとしている。考えうる最悪の事態じゃないのか。
なんて、マフィアのワイリーに言ったって仕方ないか。
「悪い、ちょっとカッとなった」
「何はともあれこれで一件落着だぞ、コーヤ。あとはこいつを摩天街に連れて行けばミッションコンプリート!君は大金を得て、俺は自由を得る。な?それでいいじゃないか」
そして俺は相棒を失い、君は愛を得る。ハッピーエンドって訳だ。
ふっと息をつく。
これも、ワイリーに言ったって仕方がないことだ。
3年越しの愛が実る。それはとても美しく喜ばしいことじゃないか。短い期間だったが、友達だと思うのなら彼の幸せを祝福してしかるべきだ。
明るい屋台通りの光を背にきらりと光るネオンライトを見つめ返す。
「そうだな、ワイリー。一足早いけど、君と組めて本当によかった」
右手を差し出す。
ワイリーはニッと笑ってその手を握る。人肌よりも冷たいその手のひらから伝うモーターの微かな振動がくすぐったい。
「コーヤと組んだこの数日は一生の宝物だよ。忘れないようにプロテクトをかけておいたから!本当にありがとう。結婚式には絶対呼ぶからぜひ来てくれよ!招待状は事務所宛に送ればいいか?」
「あはは、光栄だね」
苦笑が漏れる。
きっとこのナイスガイは白タキシードも似合うだろう。
海辺のチャペルでの小規模な結婚式。
健全で平和で、およそ俺みたいな人間には縁のない明るい光景。
「…なあ、ワイリー。昨日の話、どうしてもだめかな?彼女と結婚してからも摩天街にいたらいいじゃないか。摩天街しか知らない俺らみたいなアウトサイダーが海辺の町で穏やかな生活なんて絶対すぐ飽きちゃうって」
つい口をついて出たのは未練がましい言葉だった。
「スニッファーは自営業だけどもマフィアよりかは奥さん受けがいい仕事だよ?」
「あはは。マジ有機的な提案。ほんと、ぐらついちゃうからやめてよ」
ワイリーが苦笑する。
「でも、ごめんな、コーヤ。どんな場所でも彼女がいればそこが俺にとっての天国だから。アリスさえいれば俺は退屈なんてしないよ」
真っ直ぐな目で断られてはもう諦めるしかない。最初から脈なしだったんだ。なんせ相手はもう死んでるし。
ああ、いやだ。ワイリーのアンデッドロイドジョークが移ってしまったようだ。
「うーん、フラれちゃったかぁ」
手を離し、こめかみのカバーを外す。
「ところでワイリー、今後の逃走経路について共有したいんだけどいいかな?」
「え、ああ。ここで?」
チラッとワイリーがエバンズに目をやるが、その右手人差し指は既にUSB-Yに変形していた。全く、欲望に正直な男だね、君も。
俺はその手をとり、端子の方へと導く。
カチリ。
小気味よい音と共に噛み合う。
「ワイリー、すまないな」
「なに…」
端子を通じて電子信号を送る。
ワイリーの瞳の光が一瞬で消えた。
前のめりに崩れた巨体を正面でキャッチする。
想像以上に重たく9月の生ぬるい夜風でもなおひんやりとしたその体を冷たいコンクリートの上に横たえる。
ワイリー、やっぱり君はマフィアより漁師のほうが安全かもね。
俺に与えた実行権限をそのままにしておくなんて。
体を勝手に動かせるんだ。電源を消すことだってできる。
これほどの境界線の薄さは信頼の証しかい?こんなに俺を信用してくれてありがとう。
遠慮なく付け込ませてもらう。
どうせこの仕事が終われば終わる仲だもんな。
ワイリーの手首を掴んでこめかみの端子からUSBを引き抜く。
「さて、エバンズ。やっと2人きりだな」
俺は胸ポケットに手を入れた。




