悪趣味サディストとの楽しい電話
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背もたれに深く腰をかけて目を閉じる。
脳内のメモリのデータのタグを見直して今一度全てを整理する。
全てのピースが揃った。
エバンズを見つけるのも秒読みだ。
つまり、ワイリーとのコンビも今夜で解散ってわけだ。
寂しい?それ以上だよ。
目頭を揉んで、目を開けた。
ぼやけた視界が徐々に像を結んできたところでディスプレイにワイリーにも共有した「マナトとの海の記憶」を投射する。
結局一緒に夏の海に行くことはできなかった。
中心街からドロップアウトした俺はスニッファー一本でやっていくために仕事を選んでいられない時期だった。脳サイバライズ手術のローンも半分近く残っていたし、自分の選択への不安と迷いで一層仕事のことばかり考えていた。
俺はすっかり冷めた屋台飯を一口で頬張り水で流し込んだ。
烏賊のはらわたの代わりに黒く煮た米と各種具材を詰め込んだ名称不明の奴。
出張ついでにこの街に一緒に来た時に、マナトが気に入っていた奴。
イカ墨で黒くなった歯をイーっと見せて笑っていたっけな。
あの頃のマナトは、どうだったんだろう。俺以上に余裕がなかったんだとしたら…?
不意に電話の通知が画面を遮った。
表示された名前に舌打ちしながら応答ボタンを押す。
「まさか電話に出るなんて!どうしたんだ、一体!明日はお前の命日か!?」
ディスプレイに映し出されたのはレンヤだった。
今日は仕事なのか比較的おとなしい色彩の白を基調とした高そうなスーツで、綺麗な白髪を一本にまとめている。ミラーグラスもつけておらず、挑発的な一対の赤い光が直接目に刺さってくる。
カメラONを要求されるが当然無視した。
レンヤも当然気にするそぶりもなく話を切り出した。
「例のブツはどうだ?気に入ったか?」
俺は机に置かれたカバンに目を向ける。
「まだケースから出してない」
「そうか。とにかく間違っても直で吸うなよ。文字通り天国への直行便になっちまう」
レンヤはニヤニヤ笑って足を組み替える。
「で、実際、何に使う気なんだ?」
まあ、当然聞かれるよな。一介のスニッファーが仕事で使うような代物ではない。
それをわかっていて二つ返事で用立てたあいつも大概だが、レンヤが俺の頼みならなんでもすることを見越して「レンヤを頼る」なんて最悪のカードを切った俺も大概だ。
「気になるか?」
「お前のことならなんだって気になる」
馬鹿なことを聞くなという口調。
「よりによってあのコーヤ・ヒサカキがこの俺にアレを発注するだなんて!よっぽどデカいヤマなんだろ、なあ?」
レンヤとグラス越しに目が合う。ヘラヘラした口調とはそぐわない鋭い、探るような視線。
さすがのお前もそこまでは見通せないか、なんて親しげな軽口を叩く気もない。
こんな電話、早く終わらせないと心臓がもたない。…いや、そうじゃない。ワイリーが帰ってくる。ワイリーにはレンヤとの電話は聞かせたくない。
嘘をつくと言う手もあるが…。
「…お前がカマかけた通りだよ。ホステルファミリアがトリスタン・エヴァンズをアンデッドロイドにしたのは知ってるか?」
「へぇ。エヴァンズってあの蜃気楼の?」
「そうだ。脳内に新商品のデータを入れたまま脱走したエバンズの行方を追うのが今回の依頼だ。…今夜には決着がつく」
レンヤが息を呑む。
全部伝わったらしい。
「あー、そうきたかー」
形のいい唇がグニャリと歪む。
「なんだよ」
「予想外でおもろいなって思って。3年間追いかけてきた甲斐があったよ」
これだからこいつが嫌いなんだ。早速正直に言ったことを後悔した。
「…切っていいか?」
「切るなよ!もっと話そう、友達だろ?」
白々しく焦ったふりをするレンヤ。
「お前は友達じゃない。何度いえばわかる」
「こういう時くらい素直になれよ。俺が必要なんだろ?ほら、たった四文字でいい。お兄さんにおねだりしてみ?ん?」
全くシャクに触る薄ら笑いだ。なまじ整っているからムカつく。口を開かなくともその何かを期待するような試すような表情がすでにうるさい。
あいつの欲しい言葉なんて言ってやるもんか。
「…素直にこちらの事情を喋ったんだから店行くの来月でいいか?続報があれば電話する」
「いや、それはダメだろ」
食い気味で却下された。
「コトが終わったらすぐ店に来い。一緒に祝杯をあげよう。ボトルもサービスしてやるよ。18年物のウィスキーなんてどうだ?」
「レンヤ…俺は…」
「シー…」
長い指を唇に当て、ウィンクする。
「わかってるって。考えておいてやるから任せておけ」
何を?なんてこれもまた聞くまでもない。あいつはわかって言ってる。
この電話の意図も。
俺に頷く以外の選択肢がないことも。
「来なければ?」
精一杯の揺さぶりも鼻先で笑われた。
「この期に及んでお前に拒否権があるとでも?んー、でもそうだなぁ、ミナトにお前の後を追わせるってのはどうだ?」
「おい」
「冗談だ。お前にくれてやるにはミナトは惜しい。いつも思うんだけどあの顔とあのケツを前にして何年も手を出さなかったとかインポだろ、お前」
「マナトとはそういうんじゃないって何度言えば…」
「はいはい。負け犬乙」
レンヤは画面越しにヒラヒラと手を振った。すっかり元の軽薄な態度で。
「ミナトのケツと言えばあいつ首し…」
「くたばれ」
その口からのもう一音さえ我慢ならなくて通話を切った。
嫌いだ。死ねばいいのに。レンヤなんかに頼った俺こそが。
ピンポーン。
暗い思考にチャイムの音が割ってはいった。
深呼吸して気持ちを整える。そうだ。とにかくいまはエバンズに集中しなければ。
ドアスコープを覗けばワイリーの満面の笑顔。
もう一度深呼吸して冷たいドアノブを引いた。




