囮作戦の成否はいかに
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2つの用事も終わったので、午後の勤務はモーテルから行った。
ヤリテジジージ博士は朝菊と結ばれなかった世界線のワカダンナがDr.ゼゲンと融合した姿じゃないかという結論がまとまる頃には8時間シフトも終わった。
キャサリンが今日の成果表をめくりながらワイリーを褒める。
「初日なのにエラー検出率90%とはすごいですね。実は経験者ですか?お昼ごろに連続で見逃していますが、お腹すいちゃった感じですか?」
「あはは、そんな感じかも~」
キャサリンの喉からクラップ音とイギリス英語発音で「Congratulations」と流れた。
「ご褒美にこちらを差し上げましょう。腕を出してください」
大人しく腕まくりすると、ワイリーの手の甲に花丸のシールが貼られた。
「明日も90%を維持できたら次は猫ちゃんのシールを差し上げます。お疲れ様でした」
キャサリンと連れ立ってロッカールームに戻っていくワイリー。
「なあ、コーヤ。トードーがケーシーに思い入れあるのちょっと共感できるかも」
そういう風にチューニングされてるから、なんて無粋なことは言うまい。
キャサリンが同じロッカールームについてきたことにギョッとしつつもワイリーは朝割り当てられたロッカーで作業着を脱ぐ。
「キャサリンって女の人じゃないんだね?」
「はい。私には明確な性別設定はありません」
こいつの型番は確かKC-201。入社年数をかんがみてもケーシーの後輩なんだろう。
KCシリーズは廃盤になって久しいからトードーはケーシーの後継としてMC-A146を購入したわけだ。
まあこれも時代だよな。
「トードーさんからドーリーさんを宿舎にご案内するよう言われております」
少し意外な気がした。
この工場の品質管理担当はケーシーとキャサリンの二人で隔日交代で回していたはずだ。
その片割れがいなくなって最終検品を一手に担っているのはこのキャサリン。ケーシーが襲撃された状況がわからない以上、大事なもう一体をフラフラ工場外で出歩かせていいのか?
いや、これもトードーの作戦だろうか?
餌は多い方がいいと?
そういうつもりだったなら事前の打ち合わせで伝達してしかるべきだろう。
これだから素人は。
任せるなら最初から全部こちらに任せておいてほしいモンだ。
「じゃ、連れてって~」
ワイリーが着替え終わる頃にはキャサリンはもう私服姿だった。
黒マスクにパーカーのフードを被り、スキニージーンズというさっきまでの作業着からかけ離れたパンクな格好だ。
「キャサリンってそういう感じなんだ。ちょっと意外かも~」
「お褒めいただきありがとうございます。それではまいりましょう」
キャサリンが先導して工場労働者用の住宅へと向かう。
出口ゲートは混み合っていた。まあシフトが終わる時間は皆同じだから構造上仕方のないことだが。誰かが引っかかる度にざわめきや舌打ちが聞こえる。
「今日イチみんなの声聞いた気がするよ」
なんてワイリーは呆れながら長蛇の列に並び、やっとのことで出口ゲートを通過する。
「お疲れ様で~す」
ワイリーは工場の玄関で詰めている警備員にあいさつするが、軽い会釈しか返ってこなかった。キャサリンは慣れたもので無言ですべるように工場の門を通過していく。
「結局何も起こんなかったね」
ワイリーがメールで愚痴る。
「このままじゃ大企業の社員として余生を過ごすことになるかもよ、俺。アリスが待ってるのに…!」
「マフィアや漁師より将来は安泰だよ」
ついでにスニッファーよりもね。
とはいえこのままワイリーに安泰な工場ライフをさせるわけにもいかない。
この囮作戦は「抗議団体が品質管理担当を狙うだろう」ということを前提に組んでいるが、それも概ね状況証拠に基づく推論に過ぎない。
決め打ちが過ぎるのは俺の悪い癖だ。
もう2日粘って動きがなければ地道な聞き込みに切り替えた方がいいかもだな。この先の調査方針についてぼんやり考えを巡らせながら、ワイリーに共有された視覚情報を見るともなしに見る。
「ずいぶん細い道だな?」
マップを確認したところ、並走する大通りから2ブロックほど入った路地を二人は歩いているようだ。
「近道らしいよ」
路地にはみ出す室外機を踏み越えながらワイリーは答える。
ボロボロの外壁に時々身をこする。
街灯もなく、日が短くなった9月の逢魔が時に通るには心もとない明るさ。
地面を滑るように進むキャサリンの後ろを等速で追いかけるワイリー。
「よくその速度で歩けるね」
「俺が暗視スコープ付き高性能アンデッドロイドじゃなきゃ危なかったよ」
ワイリーが道の先の暗がりをズームし、暗視モードに切り替えた。
「見える?」
「ああ」
三つの人影が物陰に隠れるようにこちらの様子を伺っている。全員メカ型アンドロイド。
顔面の画像を拡大して順番に昼にスキャンしておいた抗議団体のデータと対比した。
そのうち1体が抗議団体の奴の型番に一致した。
「どうする、コーヤ?」
「やっと見つけた手がかりだ。是非話が聞きたいね」
「おっけ。キャサリンは?」
「壊すと弁償させられそうだ」
ワイリーはアホみたいに高く結っていた髪をほどいた。
「キャサリン、君は抗議団体とグルなの?」
「私はメタリカ第四工場所属です」
「ま、そういうプログラムなんだよな、君」
ワイリーはそのままキャサリンの額を拳で殴るかのように勢いよく、髪の中から取り出した小型アンテナを突き刺した。
俺はすかさずキャサリンをハックして電源を落とした。
キャサリンのネオンライトの瞳から光が消えた。
ワイリーはその体を受け止めて、そこら辺の室外機の上に座らせる。
「じゃ、あとは任せて」
カッシャン、カッシャン。
右手を四ツ目錨の形状に切り替えながら振り向いたワイリー。
左手で肘を押さえてまっすぐ照準を定めると、アンカーが勢い良く打ち出された。
弧を描いて飛来した鋼鉄の塊は正確に1体のアンドロイドの胸部に刺さった。手ごたえを元にピンと張った極太ワイヤーをワイリーの腕のモーターが一気に引き戻す。
もんどりを打って地面をすべるように超速球でワイリーに手繰り寄せられるアンドロイド。
ワイリーはすでに駆けだしていた。
手を人間の形状に戻し、すれ違いざまにその喉に正確な掌底を叩きこむ。慣性をも利用したその一撃に、メカ型の胴体はくの字に折れ曲がって倒れこむ。喉のプレートは物理的にくの字にひしゃげて、かすかな機械音が漏れるのみ。
ワイリーの勢いは止まらず、未だ自らが狩られる側に回ったことに気づいていない二人組の方へとあっという間に到達する。
「お前、なにも…」
驚愕に凍り付いたメカ型の誰何の声はワイリーの右手で喉のスピーカーごと握りつぶされる。勢いそのままに首を掴んで壁に叩きつけ、右ひざを思い切り踏みつけた。
メキョリ。
およそ金属から出てはいけない炸裂音とともに足が逆方向に折れ曲がり、足の裏を墓標のように空へと向けた不気味な格好でそいつは地面に放られた。
ワイリーはもう一体にも動く暇さえ与えない。振り向きざまに放った回し蹴りが顎に綺麗にヒットし、ダメ押しの右フックで顎関節以下が達磨落としのごとく吹っ飛んでいった。
顔の半分から伸びた電線は辛うじて耐えて、その顎パーツがぶらりと名札のように顔の前で揺れる。
ワイリーはそれをグイっと引っ張った。
電線が強引に引きちぎられ、倒れ込んだそいつの両足首を思いっきり踏み抜いた。
「はい、制圧完了」
パンパンと体についた埃を払うようなしぐさをするが、一切着衣さえ乱れていない。
「で、どいつから行こうか?」
「全員一気にでいいよ」
ワイリーはカバンの中から予備のアンテナを取り出した。
ひとまず喉と足を潰されて抵抗できないメカ型を壁に寄りかからせてその脳天に小型アンテナを突き立てる。
「刺したよ。アンテナ番号は9921番と9923番」
申し訳程度のセキュリティを無効化して勝手にメモリの前フォルダの閲覧権を拝借。
ワイリーがもう1体を回収してくる間にちゃっちゃと脳内を覗かせてもらう。
キャサリンをおんぶし、もう1体のメカ型の片足を掴んで引きずりながらワイリーが戻ってきた。
「終わったから9921番をそいつに刺して」
「あいよ~」
最後の1体の脳も浚って行く。
「で、こいつらどうする?」
「あー、放置でいいよ」
俺がキーを押すとキャサリンが再起動する。俺が与えた簡単な指示の通りに目もくれずフラフラと工場の方へと戻っていった。
「トードーへの報告は彼女に任せたし、ワイリーも戻ってきて」
「おっけ」
ワイリーからの視覚情報共有が途絶える。
俺は背もたれに倒れこみながら目頭をぐっと抑えた。
さて、すべての材料は揃った。
大詰めは今夜だ。




