赤いネオンライトからの贈り物
-1-
翌日の朝。
トードーが工場の入り口前に立っている。
打ち合わせ通りのはずだが、トードーは大股で近づくワイリーの姿にギョッとした様子だ。
まだ怖いんだろうか。
「じゃあ、ワイリー。手筈通りにな」
ワイリーにメールする。即座にサムズアップした犬の絵文字で返信があった。
ワイリー、ちょっと浮足立ってるな?
潜入なんてするの初めてだって言ってたもんな。こういうのは場数を踏めば段々慣れてくるものだ。俺の初めての潜入捜査はキャバクラの体験入店だったな。変な客のセクハラで男バレしそうになるハプニングは今思い出してもいい思い出…には消化できないが、結果的に依頼は達成できたからトータルでいい経験にはなった。
なんて、どうでもいいか。変装も潜入も海辺の町の漁師で活かせるような経験ではないことは確かだ。
「おはよーございまーす!」
バカでかい声であいさつするワイリー。
この声を聞いてトードーはようやく目の前の大男が誰なのか察したようだ。
「あ、ああ。あんたか待ってたぞ…」
トードーの視線はいぶかしげにワイリーの全身を3往復した。
「あんたなんだよな?」
「ひどいな。コーヒーご馳走しただろ。LW…じゃねえわ」
また忘れてるみたいだな。俺はフォローのメールを送る。
「DW-002」
ワイリーは大きくうなずいた。
「そう、今日は品質管理担当で採用されたDW-002。覚えられねえからドーリーって呼んでくれ」
ビリジアンに塗り替えた瞳でウィンクする。
「ああ…よ、よろしく頼む」
トードーの目が不安げに揺れている。ワイリーの視界越しでもわかる。
「本当にあんたらに任せて大丈夫だったのか?」と言わんばかりの様子。
やっぱ見た目がピーキーすぎたかな?
髪色がハロウィンカラーなのは仮装ではない。化粧で顔の雰囲気をある程度変えることはできるが、基本のつくりは変わらない。体型も然り。だが、ハロウィンカラーの長髪大男なんて目立つ奴を見て、前日コソコソ聞き込みをしていた怪しい男の片割れだなんて誰が思うだろう。
ワイリーは軽く屈んで入館ゲートをくぐっていった。
つむじの上で高く結ったちょんまげのせいでただでさえデカいのにますます高さを稼いでいる。うっかりぶつけてちょんまげで隠してある俺の小型アンテナが外れたら困ったことになることをワイリーは織り込み済みで、挙動が全体的に丁寧だ。やはり気の利く男である。
二人は連れ立って廊下を進んでいく。
蚊の鳴くような声で挨拶をしてすれ違う工員たちは一様に、人事担当の後ろをついていく奇抜な大男に一瞬ギョッとして、そそくさと通り過ぎて行った。中には昨日個別で聞き取り調査をしたアンドロイドもいたが、ワイリーだと気づいた様子もない。
昨日散々調べたロッカールームの中でも念入りに調べた例のロッカーに案内される
ワイリーは手渡された工員用のつなぎに着替えながら、横のロッカーで自分の右腕を外す茶髪のメカ型アンドロイドに話しかけた。
「お、仕事用とプライベート用で腕分けてるんだ?」
「…ッス」
メカ型アンドロイドは顔面のディスプレイをワイリーに向けることもなくロッカーから仕事用の腕を取り出す。
「俺が手伝ってやろうか?」
「…いらねッス」
「ま、必要なら言ってくれよ。お、君は人間か!ここじゃマイノリティーだよな」
ワイリーは気にせず周囲に話しかけるが、皆ちょっとめんどくさそうに片手間にあしらってはそそくさと工場フロアへと逃げていく。
「中々難しいもんだね」
とワイリーからのメール。
「まあ、あちらからのアクションを待つしかないよな」
ワイリーを新しい品質担当者として潜入させる囮作戦の目的はもとよりそれだ。
-2-
工場のフロアに踏み入れた。
ワイリーはその壮大さに少し気圧されたようにわずかに立ち止まる。
ワイリーがリアルタイムで送ってくる視覚情報だけでも工場の雰囲気は十二分に感じられた。
工場特有の無骨な鉄骨がむき出しの無機質なその空間は外から見た何倍も広い。上の方ではつるされた食肉のように腕やら足やらの形状をしたフレームがリフトで謎の四角い機械に吸い込まれていき、手前の区画では鉄板で区切られたブースの中で椅子に座った工員たちが機械を駆使して金属片をごてごてとした機械へと変えては定速で流れるベルトコンベアーにそれを乗せていく。淡々と。
その奥ではまた別の作業をしているようだ。散った火花が見えたり、何かをプレスする等間隔の鈍重な機械音が絶え間なく響いてくる。
クラクションのような音に気づいてワイリーがひょいと飛び退ると、真緑のコンテナを3段積みにしたコンテナが風を切って通り過ぎていく。
「さすが大企業。めっちゃデカいね」
昨日はここまで見られなかったもんな。俺も最初見た時は驚いたよ。こんなに人がいるのにこんなに活気がないんだもの。
ワイリーも同意見のようだ。
「彼らの方が歩く死体だよな。まあ、何人かいるのかもだけど」
お得意のアンデッドロイドジョーク。
生きるために生きてるだけだとああなるもんだ。アンドロイドもそれは同じなんだろう。
すれ違いざまにチラリとワイリーの様子をうかがう工員もちらほらいたが、目が合うとすぐに俯き自分の作業へと戻ってしまった。その一瞬の映像では俺も何もわからない。
ワイリーは一ベルトコンベアーの先の一番奥まった区画へと案内された。
足のパーツを手に取って眺めていた不気味の谷型アンドロイドが顔を上げる。
「お疲れ様です~」
「い」の形で固まった薄い唇から機械音交じりの明るい挨拶。
足にローラーが付いているらしく、すべるように近づいてワイリーの前で止まった。
背丈はワイリーのみぞおちくらいか。首の角度が変わらないせいで全然目が合わない。
「キャサリン、こちらDW-002。通称ドーリー。新しい品質管理担当だ。仕事を教えてやってくれ」
「畏まりました」
トードーが立ち去り、ワイリーはキャサリンに促されるままに先程キャサリンが座っていた椅子に座らされる。
「オリエンテーションののち、簡単な検品業務に従事していただきます」
キャサリンはVVVカードを渡してきた。
「まずはマニュアル。とにかくマニュアルです。すべてはこちらからです」
ワイリーは読み取った内容を丸々俺に転送してきた。
「コーヤ。規格の正誤が120ページで、仕事の心得が200ページある」
さすが大企業だな。
「規格だけ軽く覚えておけばいいよ」
どうせ俺がやるし。
マニュアルから画像を抽出してまとめていると、人間の店員がコーヒーカップを下げようとしてきた。
朝から1時間もコーヒー1杯で粘るのはさすがにダメだったか。
脳みその演算装置で画像解析のプログラムを起動してマニュアルの画像を読み込ませながら、空のカップを持ってカウンターへと向かう。
コーヒーのお代わりと軽食を受け取ったところで、工場の方ではキャサリンによる仕事の心得の部分の説明が始まった。
「200ページの内容をまとめますと、この品質管理担当がGoサインを出したものがお客様の手に渡るから、この役割が製造レーンの最後の砦だということを意識してね、ということです。とはいえ、初日ですから、気楽にやってください。私もバックアップしますので」
キャサリン、良い奴だな。
キャサリンは滑るようにベルトコンベアーをせき止めている機械のスイッチを入れた。
黒いビニールのカーテンを割って足のパーツが流れて来た。
「コーヤ、準備いい?流れてきたぞ」
「ばっちこ~い」
俺はサンドイッチを片手にPC端末の方でもう1つのプログラムを起動した。
ディスプレイに表示されたのっぺらぼうの人型のアバターの両腕の指先から赤くなっていく。そして肩まで達したところで緑色に変わり、「available」の文字が明滅する。
「制御権借りたから、ワイリーは楽にしてて」
「おけー」
サンドイッチを食べきると、あとはぬるくなるに任せて操作に集中する。
ワイリーの両腕を操作して機械の足を舐めるように360度検分してその視覚情報を演算装置に渡して画像解析プログラムを回す。その結果をもとにタグを貼る。
淡々と。
ラジコン操作のようなものだ。
「なんか変な感じ。俺の体が勝手に動いてる」
ワイリーからメールが来た。
見てるだけだと暇だよな。やっている俺でさえお世辞にも楽しい作業とは言えないし。
「体勝手に動かされるの嫌じゃない?」
「コーヤならいいさ。てか、俺じゃできないからね。メモリにそんな無駄なデータ入れる容量ないし」
1Gもないデータなのに。俺の容量を分けてやりたいくらいだよ。
「余裕なさすぎるだろ。実費でいいから増設するべきだよ」
「メモリ増設は脳を切開しないといけないからクソ高いんだよね〜。コーヤもわかるだろ?」
アンデッドロイドの改造もサイバライズと同じなんだな。ちょっと意外だ。
サイバライズは脳とそれ以外で桁が1個2個変わってくる。機械部分単体が高価なのはもちろん、手術中に患者をいかすためのあれこれが大変なのだとか。俺も手術を受けてから2週間も入院したし、その大変さは骨身にしみている。
「無理して自己購入費用に充てずに手術すれば?」と言いたいが、ワイリーはその不便さもわかった上で恋人との結婚を選んでいるのだから、部外者の俺に言えることは何もない。
きっと海辺の町では工場のマニュアルを覚えさせられるようなこともないだろうし。
「てかさ、コーヤ。暇だね、コレ。ヤリテジジージ博士の正体考察でもしない?サイバートキシックのボス説とかどう思う?」
なんて俺の葛藤を知る由もなく、ワイリーは呑気にそんなことを言ってくる。
やれやれ、君は暇かもしれないがね。君の代わりに演算装置フル回転の俺が暇なわけないだろう。
「ミライから来たワカダンナ説が個人的には一番アツいと思う」
「あー、それもわかる〜」
なんて雑談に興じる、もとい至って真面目に検品作業する間に時刻は昼過ぎになっていた。
コーヒーのおかわりはすでに4杯目。
そろそろ店員さんの視線も冷たくなってきた頃に、ようやく待ち人が来たようだ。
カフェのガラス越しに見ていた工場の入り口付近の路上に10人少々の小集団が形成されていた。そのうちの一体がメガホンを持って騒ぎ始める。
「来た」
ワイリーに手早くメールを打つ。
「ゴメンだけどしばらくネジ検品してて」
「そんな殺生な!」
「10分で戻るよ」
ワイリーの抗議交じりのメールの通知はオフ。
席に上着を掛け、ちょっと嫌そうな顔の店員をスルーして抗議団体の方へと歩いていく。
通行人のふりをしてPC端末のカメラを向けてざっと顔写真を押さえる。
ざっと手持ちのデータと照らし合わせるものの、さすがにMC-A146が失踪した日に勤務していた奴はいなかった。
4時間少々カフェでの張り込みは空振りだったか。
さすがにそろそろ移動しないとまずいかも、なんて考えながらカフェへと戻ると、俺の取っていた席の正面に、およそチェーン店には場違いな女が座っていた。
暇そうにワインレッドに塗った長い爪でコツコツと机を叩いている。
正面の席に戻った俺を認めると、濃いグレーの髪のすき間から赤いネオンライトの目が嬉しそうに光った。
「よっす〜、コーヤ様!一昨日ぶり!お届けに来たよ〜」
ウララだ。レンヤの愛人の古株の方。
今日はドレスではなく、黒い帽子に黒シャツを羽織って、真っ赤なタンクトップと白いホットパンツというなんとなく持ち主を彷彿とさせる格好をしてる。
「コーヤ様~。私もなんか飲みたいんだけど!」
無邪気に差し出された手の甲を裏返して無言で紙幣を握らせる。
「え~?今どきキャッシュイズ~?コーヤ様らしいけど」
文句を言いつつ、レジの方へと歩いていく後ろ姿。
昼の光の下、黙っていればただのスレンダー美女なのに。
ウララはメニューを見てう~んと唸っていたが、おもむろに俺を手招いた。
「ね~、どれが何かわかんな~い」
俺は子守じゃないんだぞ。かといってこいつの保護者を連れてこられても困るが。
レジ前でぴょんぴょんとせかしてくるウララに駆け寄って代わりに注文する羽目に。
こいつが何を好きなのか皆目見当がつかないのでレンヤだったらこれを頼みそうだなというのを基準にカラースプレーのかかったコーヒーフロートを買った。
「かわいい~」
と言いながら何枚か写真を撮り、俺に写真を撮らせ、ようやく一口食べた。
早く本題に入りたいのだが、ウララのPC端末操作がなかなか終わらない。
「あ、そういえばレンヤ様に写真頼まれてるの!ちょっといい?」
俺の許可を待つまでもなく冷たい腕に掴まれ、グイっと引き寄せられる。
「はい、笑ってね~」
謎の組み合わせでのセルフィーに付き合わされる。
本当に自由な奴だな。こいつの性格ガチャ外れすぎだろ、と思ったが、俺は知っている。レンヤはこっちの愛人の方は記憶リセットをしていないということを。
護衛みたいなものだと以前本人の口からきいたことがある。
護衛なのにこんな遠方に配達に寄こしていいのか、というツッコミはあるが、こうやって仕事を任されている辺り、一定の信を置いているのは事実だろう。
一方のミナトのことは、完全に愛玩用だと笑っていたけどな。
「コーヤ様ももっと笑いなよ。そんな仏頂面じゃ幸せ逃げるよ」
「余計なお世話だ」
とっくに逃げてるよ。
レンヤ、こんな写真見たいか?
いや、見たいだろうな。
「俺の女と俺の男がいちゃついてるとか最高じゃん」とかあいつなら言いそう。黙れよ、俺はお前の男じゃない。
イマジナリーレンヤにまでムカついてきた。
「あのさ、例のブツは?」
PC端末を見つめてニヤニヤしていたウララはハッとして顔を上げた。
「あ、ごっめ〜ん!忘れてたぁ」
ウララは悪びれた様子もなく財布も入らなそうな小さなカバンから小瓶を2つ取り出した。
「は~い、お届け物」
コトリ。
机の上に並べられる小瓶。
片方は白のラベルに緋文字で「天国」。片方は黒のラベルに金文字で「地獄」。このラベルがなければどちらがどちらか判別がつかない濁った色の液体が入ってやや膨張している。
「両方セットで頼むなんてコーヤ様もモノ好きだよね」
ワインレッドの爪が小瓶の蓋の上を闊歩するようにコツコツと交互に叩く。
「おい、こけたらどうする」
うっかり蓋が取れたら大惨事だってわかってるのか。
「え~?大丈夫だよ!その蓋、頑丈だし!」
ウララはケタケタと笑いながらストローでコーヒーフロートを掻きまわしている。
「てかさ、ありがとね、コーヤ様」
形のいい唇がふと緩む。
「コーヤ様がやっと電話くれたってレンヤ様めっちゃ喜んでた。あ、コレ私がバラしたって言わないでね。私もめっちゃ嬉しかったんだよね~!だってあんなニコニコなレンヤ様、クルーズ船でピーーー」
およそ淑女が昼下がりのカフェで口にするべきではない聞くに堪えないエピソードと語彙の数々。数少ない観光客と思しき客と目が合ってますますいたたまれない。
「おい、そういうのは飼い主のとこでやれよ」
「コーヤ様ったら初心~!」
馴れ馴れしく肩を叩いてくる白い手を無視して小瓶に手を伸ばした。
しかし、ウララはスッとそれを俺から遠ざけた。
「一つ聞きたいんだけどさ…」
真紅の瞳はまだ笑っていた。だが、その笑みの温度は無邪気とは程遠いものに変貌していた。嫌な目をする。あいつと同じ色の赤。
「本当に自分用じゃないんだよね?」
「当たり前だろ…」
ウララは探るようにまっすぐ俺を見つめたままだ。
「用途を聞いても?」
なまじ整った顔だけに作り物めいたその無機質な表情に気圧される。
「仕事用だ」
カラカラの喉を鳴らす。
俺が何をするのか見透かされているような居心地の悪さ。
レンヤは見透かした上で送ってきたんだろうか。その方が面白いからって。
「ま、いいや!」
ウララは瓶を爪で押した。
「コーヤ様がダメになっちゃったらレンヤ様が悲しむから。できる限り健康に生きてできる限り長く苦しんでてね」
全く嫌な連中だよ。
こういうことがある度に、やっぱりあの時ミナトを買い取っておけばよかったんじゃないかと過去の判断を責めたくなるから困る。
買い取ったところで新しい地獄が始まるだけだってあの時結論は出たはずなのに。
ひったくるように小瓶を手中に収め、鋼鉄の容器に入れたうえでカバンの奥底に丁寧にしまった。
「支払いは?」
コーヒーフロートを啜りながらウララは首を振る。
「いらないって。その代わりまた近日会いに来てくれたらそれでいいって言ってたよ」
口角がひきつる。
「冗談だろ、一昨日も行ったのに?」
「来ないなら次家にいくときはミナトちゃん同伴にするってよ」
あの野郎。
それはさすがにレギュレーション違反だろ。俺たちの間にそんなものはないし、そもそもうちに来るなと再三言っているのに辞めないこと自体を差し置いてもだ。
「はあ、じゃあ次のメールは欲しい土産にでもしておいてくれ」
「あは。伝えておく」
ウララはコーヒーフロートを片手に立ち上がった。
「じゃ、お仕事頑張ってね~」
ヒラヒラと手を振って立ち去る。
長居しないことだけが、主人と同じで評価できる点だ。
それでもこの席の周りにかすかに花に似た甘い香りが残っているのが落ち着かない。あいつと同じ香水だから。
なんだか嘲笑われているような気がしてならない。
「それ使ってもっと苦しめよ」と。
俺はイライラした気持ちを抑えつつ、ワイリーからの通知を戻す。
「コーヤ!助けてくれ!全然わからん!」
この10分余りで既に20通きていた。
ちょっと放置しすぎちゃったな。




