プロの勘もたまには外れるということ
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俺は勘が鋭い方だと自負している。
勘、というのは脳サイボーグの俺にとってはただの当てずっぽうではない。
メモリに蓄積された経験則や過去の仕事のデータから無意識のうちに導き出した推論のようなものだ。さすがにスフィンクスほどの高性能メカには劣るし、根拠がふわっとしているから勘という言葉で誤魔化しているが、精度はかなり高い。
俺の直感は9割方当たる。
だからこそ、外れた時のショックは大きい。
屋台通りのテーブルで見つめ合うサイボーグとアンデッドロイド。
ついに言ってしまった。
ワイリーはかすかに目を見開き固まっている。
改めて自分の提案の大胆さに恥ずかしさがこみ上げる。
出会って間もない相手だ。しかも仕事関係でたまたま一緒に行動しているだけの。それでも俺は彼との間に友情を確かに感じていた。
逆に3日でここまでお互い意気投合するのは運命とさえ思う。
照れてしまって彼の顔を直視できない。
机の上で手を揉みながら、俺はまくしたてる
「俺たちきっといいコンビになれると思うんだ。勿論、マフィアからの自己購入費用も援助する。足抜けできるように金銭面以外の手助けもできると思う。どうかな?」
頷いてくれ、ワイリー。
天国みたいな時間をもっと続けよう。
ワイリーはふっと微笑んだ。
「ありがとう、コーヤ。すごい嬉しいプロポーザルだ」
「じゃあ…」
「でもそれはできないんだ。ごめんね」
言葉の意味は瞬時に理解できた。でも断られた事実を飲み込むのに時間がかかった。
ワイリーは再度申し訳なさそうに言い添えて来た。
「本当に魅力的な提案だよ。半年前だったら絶対乗ってた」
「な…なんでダメなの?」
思ったより間抜けな声が漏れた。
「実を言うと自己購入まであともう少しなんだ。この仕事を成功させたらその成功報酬でペイできる」
少し驚いた。
ワイリーは1億イェンするとかジーノは言っていたはずだ。いくらマフィアの給料が高く、自己購入という制度で大幅ディスカウントされるとは言っても3年弱で返せる額とは思えない。
そういうと、ワイリーはちょっと照れたように説明した。
「俺1人だったら、もう5年はかかってただろうね。全部アリスのおかげだよ」
ワイリー曰く、ワイリーの給料はすべて自己購入費に充てて生活の面倒をその恋人に見てもらっているのだという。
「まあ、結構危ない任務を積極的に回してもらってるってのもあるけど、それは俺が好きでやってることだから…アリスとの未来のためだと思えば、なんだってできたってわけさ」
優しい表情がまぶしい。
「愛だねぇ」
それでも納得はいかない。別にアリスからワイリーを奪う、みたいな話でもないんだけど。
「マフィアを辞める算段が付いているなら、なおさら断る理由はないんじゃないか?別に次の仕事が見つかるまでの間でもいいし…」
みっともなく食い下がる俺に、ワイリーは小さく「ごめんね」とつぶやいた。
「俺、マフィア辞めたらアリスと結婚するんだ」
ワイリーから受け取ったアリスと海辺を歩く動画を思い出す。
「もしかしてあれ、親御さんに結婚の許可もらいに行った時なの?」
「まぁ~。俺としてはただアリスから海を見に行こうって誘われてホイホイついていったら彼女の家族に引き合わされたって感じだったんだけど、そういう強引な所も好きだし、親御さんもいい人たちだったし」
シームレスな惚気。
「結婚したら、アリスの故郷の海辺の町に引っ越すんだ。そこでアリスの実家の漁業を手伝わせてもらう予定。俺が漁師なんて柄じゃないかもだけどさ」
ワイリーは照れたように頬を掻いた。まあ何とも幸せそうなことで。
「『アリスがいるところがワイリーの天国』ってわけだ」
「…そういうこと」
ワイリーの目がチカチカと瞬く。照れたように頬を掻いて笑うその顔は幸せそうで、俺みたいなのが付け入る隙は見当たらない。
「ロマンチックだなぁ」
プラスチックカップを口に運んだ。底に溜まった一滴がひりつく喉の奥をわずかに濡らす。
「でもさ、このタイミングでそういうこと言うのやめた方がいいんじゃない?」
「え、なんで?」
断じて負け惜しみじゃないぞ。
「明日の作戦を前に、「この戦いが終わったら俺、恋人と結婚するんだ…」なんてあまりにも古典的な死亡フラグじゃないか」
ネイビーブルーの瞳がキョトンと俺を見据え、一拍置いて、爆笑しながらワイリーが机を叩いた。
「ほんとだめっちゃ死亡フラグだ」
「特にワイリーみたいな気のいい男前がそれを言ったら映画だったらもう助からないよ」
「それは困る!胸ポケットに思い出の品でも入れて防弾チョッキにした方がいいかな?」
ワイリーは肩をすくめた。
「な~んて、危ないことなんか何もないよ」
「わかんないよ?謎の第三勢力が妨害してくるかも!」
「A.A.とか?あいつらこの件に全然関係ないって結論出たじゃん。全部エバンズが仕組んだことなんだろう」
なおも笑い転げるワイリー。
笑ってくれるなら何よりだ。
この空気なら俺も形ばかりの笑顔を維持できる。
正直、ワイリーなら首を縦に振ると思っていた。
提案した時もちょっとした手応えさえ感じていた。
まあ、全部勘違いだったわけだが。
仕事ならともかくプライベートな人間関係が極端に少ないせいで変なところで勘の精度が悪かった。いや、違うか。
ワイリーに首を縦に振ってほしかっただけ、か。
俺といたいと思ってほしかっただけ。
虫のいい話だった。
そりゃ、出会って3日の怪しい男の仕事の誘いより、3年付き合った彼女を取るよな。結婚の約束もしてて親にも会ってて。もう引き返せない既定路線ができているなら。
俺たちの出会いが運命的なら、こうして状況がかみ合わないのもまた運命。予定調和ということだ。縁がなかった。それだけのこと。
わかってはいるが。
「はー、残念だ」
「ん?なに?」
俺のつぶやきは屋台通りの喧騒に紛れてワイリーの耳には届かなかった。
不意に電話が鳴った。
端末を取り出して名前を確認する。
律儀なもんだ。毎日毎日。
「ごめん、ワイリー。ちょっと出てくる」
「ん?明日の打ち合わせとか?」
「そんなとこ」
歩きながら電話に出る。
「あんたらもしつこいな」
ダブルブッキング中のクライアントからの電話に生返事を返しながらちらっとワイリーの様子をうかがう。
すっかり冷めて固くなった四角い揚げパンのようなものにかじりついて顔をしかめている。
「ああ、この件は明日には終わるから。最短でも明後日だ。悪いね。終わったら連絡する」
終わったら、ね。
そう、早ければ明日でワイリーとのバディは解散だ。
抗議団体が空振りでも、それは単なる延命にしかならなくて、調査を進めていけばいずれエバンズにたどり着く。この時間はいずれ終わる。
嫌だな、やっぱり。
でも、仕方ないんだよな。




