勝率高めのプロポーザル
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さすがに謎海鮮だけで腹は膨れないのでビール片手にぶらぶらと屋台を冷やかした。
同じ国のはずなのに摩天街では見かけない食べ物ばかりだ。
食べ物、おそらく、食べ物だとは思う。たまにちょっと自信が持てない代物もあるけど。
ワイリーはサソリは嫌がったくせに、原材料が一切想像できない白いふわふわが浮いた汁物とかごわついた表面に黄緑色のソースがかかった形容し難い固形物を平気で注文していた。
メニュー名を聞いたが、屋台の喧騒がうるさすぎたのと表記の字も汚すぎたせいで結局ナニでできた何だったのかよくわからなかった。
戦利品をテーブルに広げ直して、赤や黄色のゼリーが沈殿したブルーハワイの炭酸で再び乾杯する。
「コーヤも他人のこと言えなくない?その黒いコメとか!」
ちょうど俺がかぶりついたものをワイリーが指さす。烏賊のはらわたを抜いて黒く煮たコメときゅうりと成形魚肉を詰めて蒸した奴。第四工場街に来たらいつもこれを食べるんだが、メニュー名をいつも忘れてしまう。
「これはゲテモノじゃないって」
「嘘だ~」
なおも疑うワイリーにひとかけらだけ食べさせたら、ことのほか気に入ったらしく半分以上食べられてしまった。
「じゃ、代わりにこの白いふわふわあげる。超旨いよ」
「え、おお…」
そのにゅるにゅるした触感に面食らう俺を見てワイリーが爆笑する。
「アハハ、騙されてやんの!今の顔、録画しておいたから!」
ワイリーは電子刺激ビールを手酌してグイっと飲み干した。
「コーヤはさ、さっき俺のこと3歳児より騙しやすいみたいなこと言ってたけど、同じ言葉をお返しするよ!」
「心外だなぁ、ワイリー!俺は一匹狼のスニッファーだぞ。自分の理性と嗅覚以外の何も信じちゃいないさ。勿論君のことだってね!」
「いーや、コーヤは担がれやすいタイプだ。断言するよ」
トンっと空のプラスチックコップでテーブルを叩く。
ワイリーに言われても説得力が全然ない。
「そんなことないって」
「あるんだなこれが」
ワイリーの指先が俺に伸びる。何かと思ったら髪を払ってこめかみの端子カバーをコツンとつついた。
「なんだよ?」
頬杖を付いてなおも端子カバーの上を指で撫でてくる。
ネイビーブルーの瞳はいつになく真剣に俺を見つめていた。
なにこれ?告白でもされる感じ?
ワイリーはため息をついてその手を離した。
「あのさ、コーヤ。…改めて、君には謝らなきゃいけないことがあるんだ。俺、君のことずっと騙してたんだ!」
「騙していた」というワードに心臓を掴まれる。
落ち着け。落ち着け。
張り付いた喉を潤すためにブルーハワイの炭酸水を一気に煽る。
「い、一体何の話をしてるんだ?」
絞り出した声は思いのほかしゃげれていた。
ワイリーが軽く頭を下げる。
「本当にすまない。君の信頼を裏切るような卑劣な真似をして…」
周囲を見回す。ホステルファミリアの奴は見あたらなかったが。それとも別の…?
動揺のあまりプラスチックコップを持つ手が震える。
「ワイリー、俺を…消すのか?」
ようやくひねり出した言葉。
ネイビーブルーの瞳が揺れる。
「え、なんで?」
青天の霹靂とばかりに見開かれた。
見つめ合う2対の瞳。
和やかな周囲の会話が流れていく。
「え、俺を監視役として消す気なんじゃないの?」
「なんで?エバンズもまだ見つかってないのに?」
アルコールで乾いた喉がひりつく。
「そっ…それ、は…俺が聞きたい」
なんだか軽く頭痛がしてきた。
飲みすぎか。そんなわけあるか。
「俺がコーヤを消すとか、そんなわけないじゃん!むしろバレたら消されるのは俺の方だよ…社会的に」
社会的に?裏社会のアンドロイドが何を言ってるんだ。
「話が見えないんだけど、俺そんな謝られるようなことされたっけ?」
ワイリーとの3日間を思い返す。ワイリーに対して本気で不快だったのはトードー宅で飲まされたコーヒー色の液体がまずかったことくらいだ。
ワイリーはもじもじと空のコップをもてあそんでいたが、不意に右手をUSB-Yのオス端子に変えて自分のこめかみを叩いた。
「コレ」
「え、ああ。それが?」
何度か勝手に俺のメモリに画像とか直で送ってきてたね。
「アンドロイド的にメモリを直で繋いでデータやり取りするのは『友情の証』だって言ったじゃん」
ああ、『セックスしないと出られない部屋』の。
「そんなことも言ってたっけか。俺は別にオート検疫してるし、気にしないけど」
「人間的にはそうだろうけど…。ま、それがわかってたらやったんだけど…」
奥歯にものが挟まったような物言いに不安が募る。
「え、まさかウィルス仕込んだ?」
慌ててフルスキャンを走らせるが、何も見つからない。
ワイリーはかぶりを振る。
「そうじゃない…そういう感じの危害じゃない。もっとこう、文化的な問題」
そういえばハラスメントが云々っていってたな。
「え?アレってそんなヤバいことなの?」
ワイリーが重々しくうなずく。
「ち、ちなみにどれくらい…?」
「…くらい」
「なんて?」
「お風呂で性癖暴露大会するくらい」
こいつ、涼しい顔してセクハラしてやがったのか。
「本当にすまない。出来心でつい…」
ワイリーが深々と頭を下げている。
「アリスとはできないけどコーヤは脳サイバライズやってるからできちゃうし、なんかめっちゃ話し合うし、全然疑ってこないからついつい…」
その釈明を手で遮る。
「俺が男でよかったねワイリー」
冷静に考えて風呂の中で猥談するのってそこまでではなかったな。友達となら、だけど。
アンデッドロイドがそれほどまでに親しみを感じているならむしろいいことだ。
「てか、なんでこのタイミングでカミングアウトしてきたの?」
ずっと黙っていられても俺は気づかなかったと思うけど。
「なんか、コーヤに隠し事するのヤダなって思って。コーヤはめっちゃ俺のこと信じてくれてるのにその信頼を俺の密かな願望のために利用してるのって、なんかやじゃん?」
ため息が出る。
「ワイリー。君ってさ、マフィア向いてないんじゃない?」
「俺だって別に誰にでも誠実ってわけじゃない」
俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
俺もワイリーに隠し事をするのは、気が進まない。
気が進まないことでもやらなきゃいけないのが大人ってもんだが。
ワイリーの言葉のお陰で、この4日間ずっと考えていたことをついに伝える決心がついた。
「ワイリー。俺も君に大事な話があるんだ」
柔らかく細められたネイビーブルーの瞳。
先を促すようにチカチカとシアンに瞬く。
「最初君が同行するって聞いた時、最悪な気分だった。アンデッドロイドに監視されながら仕事するなんて冗談じゃないって。この依頼、本当は受けたくなかった」
「その節はごめんね~」
申し訳なさそうにシュンとしたワイリーの肩を叩く。
「でも今は、監視役を君にしたジーノに感謝さえしている。君との仕事は最高だ。というか、君という相棒が最高だ」
「セクハラアンデッドロイドなのに?」
「猥談も紳士のたしなみだよ」
温かい笑いがテーブルに広がる。隣のテーブルのおじさんがトレイをもって立ち上がり、別の席に移った。なんか空気を読ませてしまったみたいで申し訳ないな。
「ワイリー、君は最高に有機的なアンデッドロイドだよ。君ほど一緒にいて楽しい奴はいない。プロとしての君も最高だ。機体スペックだけじゃない。君の技巧とか判断力とか心技体が全部噛み合っての仕事ぶりには圧巻の一言だよ。君がいなけりゃここまで順調に来られなかった」
捜査の進行が順調かどうかはまだ不明だけどね。でも、俺1人だったらトードーと接触するのに丸2日はかかっていただろう。
「謙遜しすぎだよ、コーヤ。君の勘と知性だってめっちゃすごいじゃん。ジーノも賢いけど、コーヤはまた違うベクトルで頭がいい奴だって思ってる」
「いやいやワイリーだって…」
これ以上言うとお世辞っぽくなるからやめた。
本心からの言葉を疑ってほしくないから。
「俺さ、ずっと1人でやるのが性に合ってるって思ってたけど、君と出会って考えが変わった。相棒がいたほうがずっといい。実務だけじゃなくて、気分的にも」
キャーキャーはしゃぐ観光客カップルのうるささが通り過ぎるのを待つ間、のどを潤す。プラスチックカップの氷はすっかり溶けて、薄まったブルーハワイはほんのり甘い味がした。
「俺も、スニッファー手伝うの楽しかったよ」
噛みしめるような一言。
束の間の静寂。
唸るようなモーター音がかすかに耳に届く。ワイリーの心音。
もう隣で聞こえるのが当たり前すぎて気にもならなかったが、改めて耳をすませば心安らぐ優しい低いしらべだ。
最初はあんなに不気味で威圧的だって思ったのに。
「ねえ、ワイリー」
ワイリーの微笑みも少し引き締まる。俺の真剣さにつられて。
心拍数が上がっていく。
こんなに緊張したのはいつぶりだろう。
深呼吸。
そして一世一代の告白。
「正式に俺と組まないか?」




