嵐の前の静けさの前の喧騒
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藍色の夕暮れに元気に稼働する工場を背に、俺たちはモーテルへ向かって路地を歩く。
「実際さ、トードーの言ってることはどこまで信用できると思う?」
ワイリーがぽつりと尋ねる。
「エバンズは抗議団体に捕まったのかな?それともまた自力で逃げたのかな?」
「正直、手元の材料だけじゃ判断できない」
「じゃあなんでトードーの依頼を受けちゃったの?」
なんで。明確な理由があったわけじゃない。
他に有力な情報も容疑者もいないから仮説の一つとして採用したというのはある。
トードーに協力することでエバンズが失踪したロッカールームの現場検証がしたかったのも大きい。
でも一番は。
「勘…かな」
「勘か~。じゃあしょうがないか」
ワイリーがカラカラと楽し気に笑った。
「俺、コーヤのそういう有機的なとこ好きよ」
「俺は君の物分かりの良さが心配だよ。物分かりの良さというか、疑わなさというか…3歳児くらいあっさり人を信じちゃうんだから」
「コーヤを疑う理由がないからね~」
俺だって清廉潔白ってわけでもないけどね。
大体の摩天街の人間がそうであるように。
白とも黒とも言い切らない中途半端な灰色の蝙蝠ってだけ。
無機質なコンクリートの住宅街を進んでいくと、急に明るい一画に出た。
「あれさっき通り過ぎた屋台通りだよね!」
時刻は午後6時。
「少し早いけどあそこで晩飯にする?」
ワイリーは待ってましたとばかりに目を輝かせる。
-2-
屋台通りはこの第4工場街だけでなく、「工場街」と名の付く場所には大体ある。
良くも悪くも大企業による工場のための街においては人材も設備もすべて工場労働者のためにアジャストされる。
いかに多くの工員を効率よく詰め込むかだけが考えられた労働者住宅のかまど事情なんて知れたもので、3回に1回ブレーカーが落ちずにコンロを着火できるかも怪しい貧弱な電気回路とまな板を置けないほど狭い調理台とは名ばかりのステンレスの台を前にしては、8時間労働の後に自炊しようなんて気はまず起きない。
俺が工場街まで出張で探しに行ったターゲットの多くが同じような生活をしていた。例外はマキナインダストリー第一工場のエリート社員のパートナーとして同行した人間1人だけ。
そして街に新しく流入してくるのもまともな衣食住を求める労働力。
昔からそういうダイナミズムが働いているから、必然的に新しい労働力たちもこの街のルールに染まっていく。
労働に最適化された生活というのはつまるところいかに労働以外の時間にかける気力と労力を削るかという一点に集約されていくわけで。
簡素な部屋では寝るだけ、他の大部分を外注する生活スタイルに段々適応していく。
屋台通りはその一番わかりやすい例、食の外注化。
安さと提供速度の速さを求める方向性は同じなのに、工場街ごとに独自の屋台文化が形成されているのが面白い。
俺が見た中で一番終わってる屋台通りはネクサス工業第3工場街の流動食チューブ。アンドロイドの燃料効率だけを考えた燃料チューブという食料があるのだが、それを屋台で売っているようなイメージだ。終わってるのは人間向けの食事も9割が似たような容器で提供される流動食だったこと。作り立ての熱々状態ならまだ我慢できるが、生ぬるくなった後のあの絶妙な粘度と粒感は食べものと形容できないものだった。
そして個人的に一番好きな屋台通りはこのメタリカ・サイバネティクス第四工場街の屋台通りだ。ここの異国情緒あふれる独特の雰囲気は、摩天街のカオスに似ているようで、圧倒的な生の熱量がある。
まず光源からして熱い。アホみたいな光量のこぶし大の白熱電球がイルミネーション代わりにコンクリートの間に張り巡らされた電線に巻き付いて天の川の代わりとばかりに開けた遊歩道にあふれかえる人々の頭上を照らしている。
名前こそ「屋台」通りだが、実際に設置型の屋台でやっているのはもう一つ奥の通りの方。いわゆる屋台通りの店は労働者住宅ビルの1階にテナントを借りた小規模な店舗群だ。店内の座席は多くても5席。潔くドアをしめ切って窓の代わりに注文口を用意したような店が大半だ。原色を多用した目に優しくない看板が立ち並ぶ。
店先の鉄板でせわしなくパンケーキっぽいものをめくっていくマッチョな不気味の谷型アンドロイド。隣の店では中華鍋を鉄のおたまで叩きながら客を几帳面に整列させるおばちゃんの怒声にも似た大声。
あの店、ワイリーにも食わせたかったのに。今から並んだら1時間は待たされそうだ。
肉の焼ける香ばしい匂いに交じった嗅ぎなれない濃いめのスパイスとスモーキーな炭火の香りが道の両脇から通行人を誘う。
海鮮風味の磯の香に誘われるがままに俺は屋台通り中ほどの海鮮串焼きの行列に並んだ。
ワイリーの目は注文口脇の巨大なクーラーボックスの上に注がれていた。足が青いエビとか全体的に緑がかったカニが串刺しにされて氷の上でまだ微妙に体をうごめかせている。
「あれ、ディスプレイ用?」
次の瞬間、店内の小窓から伸びて来たろくろ首みたいな手がエビ串を5本掴み、巨大な炭火の上に渡した鉄の上で焼き始めた。
「ワイリー、緑の食べ物はダメな感じ?」
「植物ならいけるよ」
焼き上がった串をそのまま瓶に突っ込み茶色くとろみのあるタレをよく絡める。
プラスチック製の船にのせたそれに緑がかった茶色の粉末をかければ完成。食材の色なんてもうわからない。
「第四工場街名物の海鮮串焼きだよ。海鮮串焼きの店では一番ここがウマいんだ」
「海ないのに?海鮮が名物?」
「それは…確かに」
まあ名物だの銘菓だのは名乗ったもん勝ちだから。
ピッチャーに入った酒と山盛りの海鮮串焼きのパックを抱えて適当な席に着く。早めの時間に来ておいてよかった。工場の交代時間と被っていないおかげで席は比較的すいている。
工場作業服のままのアンドロイドの1人ご飯が大半だが、家族連れの人間、明らかに観光客らしきカップルもちらほらといる。
いろんな年代、いろんな出自の者が白熱電灯の星空の下、食事という同じ行動をとる。これぞ有機的な光景。死んだ目で麺をかきこむ労働者と笑ってパンケーキを食べさせ合うアベックのテンション勾配もはたから見れば乙なモノ。
席に運ぶまでのわずかな間でぬるくなってしまったビールで乾杯する。
ワイリーは手前の串を恐る恐る手に取り、口に運ぼうとして止まる。
「これ、殻ごと食っていい奴?」
「それちょっと食べ方にコツがいるんだ」
俺はエビの頭をねじり、背ワタと他の薄い殻と共に剥がす方法を実演してみせた。
ワイリーは礼を言ってその身を一口かじる。
「結構うまいね」
そして次は「アタリ」を引いた。一体どんな反応をするのか。これが楽しみでこの店にしたと言っても過言じゃない。
「それは頭からがぶりで大丈夫だよ」
「形は変だけど、味は…エビ?カニ?ちょっとカリカリしてて口に繊維が残るけどわるくない。沢蟹の仲間とか?」
ワイリーが2口目かぶりついたところでネタ明かし。
「それサソリ」
「ギョエッ」
絞め殺された鳥みたいな声。
親指で首を一突きし、ワイリーの喉から勢いよくサソリの尻尾が飛び出す。レンガタイルに叩きつけられたそれをワンタンメンを食べながら中年のおじさんが踏みつけ、他の通行人も続いた。
「なに食わすんだよ!アンデッドロイド虐待だろ、これー!」
期待以上のオーバーリアクションに腹を抱えて笑う。
「毒性のない奴だから大丈夫だよ。俺も食ったことあるし」
「なーんだ」
「去年死亡事故あったけど」
「ちょっと!!」
プンプンと抗議するワイリーの手から食べかけのサソリ串を受け取り、残りは俺が処理した。ソースの味が濃いからか、結構イケる。
「サソリだって知らなきゃうまいよ」
「知っててよく食えるよね。え、他は?変な生物いないよね?」
ワイリーは警戒してエビ串ばっか食べた。昆虫系のゲテモノが1本混じってたけど言わなかったのは俺の優しさ。




