四話
サキとみー君はオーナーの部屋から出た後、付き添いのカメに連れられて龍神達の住まいからレジャー施設の竜宮へ入った。龍神達の住まいはホテルのように廊下を挟んで部屋があった。
物音ひとつなくほとんどの龍神が部屋にいないようだった。その静かな廊下を歩き、ここが何階かわからないが近くにあった階段を降りた。下の階を見ると上の階と同じように沢山の部屋があった。カメはまた階段を降りて行く。
サキ達は無言でついていった。それをいくらか繰り返し、サキは先程いた所が六階であった事を知った。エレベーターはないのかとぼんやり思っていたら一階に到達した。そこにはまだ龍神以外の神はおらず、とても静かだった。
カメに連れられ、大きなホールを抜け、だんだんときれいになってくる廊下を渡った時、サキ達の視界がいきなり開けた。
「!」
今まで静かだった竜宮が真逆の反応を見せていた。様々な神が亀達の舞を見ながら笑いあい、拍手をしている。お酒も飲んでいるようだ。こじんまりとしたステージで人型になった亀が楽しそうに踊っている。どうやらここは宴会席のようだ。
「昼間から宴会とは……な」
みー君はやれやれとため息をついた。案内していたカメは丁寧にお辞儀をすると「お楽しみください」とひとこと言い、龍神達の住まいの方へと帰って行った。
「さて、みー君……どうする?」
サキはこれからどうするべきか一応みー君の意見を求めた。
「俺に聞くな……。俺達は無期限でここにいないといけないのか?」
みー君は頭をポリポリとかきながらお面を頭の上にあげた。みー君の声の調子はもとに戻っている。
「そうなるんじゃないかね」
「お前はどうしたいんだ? これから」
「あたしはここから抜け出して竜宮を使った犯神を見つけたいね。そして天津に貸しを作る。龍神よりも先にあたしがこの件を解決する。そうすれば太陽への援助交渉がうまくいきそうだからね」
サキは決意のこもった目でみー君を見上げた。みー君は呆れた顔をしていた。
「お前な……。一つ言っておくが……もうすでに俺達は天津から借りちまっているぞ」
「ええ? なんでだい?」
サキは驚き、声が大きくなってしまったが幸い誰の目にも留まらなかった。
「いいか。あいつの話だと俺達は何度も同じことをやっていたとの事だ。あのまま、ジャパゴ祭を何度も繰り返していたら俺達はずっと敵の術にハマっていた事になる。天津は俺達を探し出し、よくわからんループから助けた。おそらくあいつも貸しを相手に作るのが嫌なのだろうな。俺達が独自に動き、竜宮関連で問題が起きている事をつきとめ、解決してしまったら天津は俺達に感謝せざる得なくなる。だから、あいつは俺達をここに留めて竜宮関連で問題が起きている事を話し、あたかも俺達を救ったかのようにしたんだ」
「じゃ、じゃあ、もうここから出られないじゃないかい。助けられといて逃げ出す形になっちゃうし、犯神を見つけて捕まえても勝手に抜け出した事を咎められるじゃないかい」
「そういう事だ。あいつは慎重な男でまわりが良く見えている。あいつに貸しを作るのはかなり大変だぜ。それとあいつは竜宮の管理不足を謝罪し、俺達に最高級の対応をしてくれると言った。助けられた上に最高級の対応……こちらとしては文句はない」
「た……たしかに……」
サキはみー君の言葉に肩を落とした。
「だから、ここは貸し借りなんて言ってないでせっかくの竜宮を満喫する事だけ考えようぜ。滅多に来ないしな」
「そ、そうだねぇ……」
みー君は楽しそうに笑っていたがサキの表情は暗かった。
オーナーは広い事務室の椅子に座り、電話をかけていた。
『はい。こちら龍河龍神。ツアーコンダクターだ』
「龍、ここに太陽の姫君とワイズの側近が来ている。外に出ないように見張っていろ。そして上辺は客神として最高に親切な対応で頼む」
電話の向こうにいるのは男の龍神らしい。
『オーナー直々の電話なんて珍しいな。あ、ちなみ、俺様はいつも親切な対応だぜ。……そんで今日は客が多いんで仕事優先になっちまうが、まあ、いたら監視しとく』
「……頼む」
オーナーはそこで電話を切った。広い事務室を見回し、ふうとため息をつくと他の龍神に電話をかけはじめた。
「みー君、ここは海の中なんだよねぇ?」
サキとみー君は宴会場を後にして高級感あふれるデザインの階段を降りていた。
「海の中ではないな。正確に言えば海の下だ」
「海の下?」
サキの不思議そうな顔を見てみー君はそんな事も知らなかったのかと言いたそうな顔で続きを話しだした。
「この竜宮は上の海とは別空間でおまけに高天原でもない。高天原は上の海まで。ここはまったく違う空間だ。言うなれば現世と高天原みたいなもんだ。まあ、よくわからんが俺は参の世界にこの竜宮が入り込んでいるんじゃないかと思っているわけだが……」
「じゃあ、高天原南の方にあるってだけで竜宮は竜宮なのかい?」
「そういう事だな」
二人は階段を降り切り、全面ガラス張りの廊下を歩く。窓の外は遊園地のようだった。観覧車があり、ジェットコースターがあり、中にはよくわからないものもあるが神がうじゃうじゃとひしめきあっていた。上を見ると海の感じはなく、普通の青空だ。
「なんだか現世の遊園地と一緒じゃないかい」
「まあ、神用だからそれなりに激しいがな」
二人はどこへ向かうか決めていないままガラス張りの廊下をただ歩く。すれ違う龍神、亀は皆二人に丁寧にお辞儀をし、パンフレットを渡し、飲み物をくれ、色々してくれた。
「……気持ち悪いくらい良い対応だねぇ……」
「……だな……」
二人はよく冷えたアイスグリーンティが入っているコップに口をつけながら長い廊下を渡った。
中身を飲み終わった直後に素早く通りすがりの亀がコップを受け取り去って行く。
「凄いうまい緑茶だったねぇ……。みー君……」
「……だな」
二人は戸惑いながら廊下を抜けた。
「ん?」
廊下を抜けた先は何かのアトラクションか近未来な感じで作られた広い空間だった。みー君はパンフレットを広げ位置を確認する。
「みー君、ここ、みー君がやりたがってたゲームじゃないかい?」
「そうみたいだ」
サキは説明とアトラクション名に目を向けた。
……ドラゴンクワトロ……
アトラクション名は間違いなくそう書いてあった。
「ドラゴンクワトロ……。RPGか?なんか色々危ない橋渡ってんな……これ。国民的RPGのパクリじゃねぇのかよ……」
みー君はぼそぼそとつぶやきながら説明を読む。
「ふむ……。二人一組でゲームの世界に入れる。絆が深まるアクションゲーム。……って……ん?アクションゲームかよ!てっきりRPGかと思ったぜ。しかもこの説明じゃ全然わからん」
「ねえ、みー君、これ、二人一組って書いてあるんだけどさ……まさかあたし巻き込もうとか考えてないよねぇ……?」
サキは恐る恐るみー君を見上げる。みー君はにんまりと笑って大きく頷いた。
「当たり前だろ。二人一組って書いてあるじゃないか」
「みみみ……みー君、これアクションゲームだよ?しかも実際にあたしらが入るんだろう?あたし、戦闘に自信がないんだけどさ」
「大丈夫だ。お前は俺が守ってやる」
本当だったらキュンときそうな言葉だがサキには絶望的な言葉に聞こえた。
中に入り、あたりをよく見まわすとこのアトラクションに並んでいるのは男女のカップルばかりだった。なんだかよくわからないが腕を組んだり手を握ったり初々しさが目立つ。男二人で来たらしい神は肩身が狭そうに隅っこに立っている。
「なんでこんなにカップルばっかりなんだ?」
「知らないよ。カップルに人気のゲームなんじゃないかい?」
二人は若干戸惑いつつ、最後尾に並ぶ。するとすぐ前にいたカップルの話し声が聞こえた。
「なんか今、カップルフェアやっているのって竜宮に変な記憶がたまっているからなんですって。しかも飛龍がいるこのアトラクションにだけその記憶が見れるとか」
「レアなんだなあ。てか、カップルフェアやっているからこんなにカップルが多いのか」
男女はそっと声をひそめる。
「そう。で、しかもその記憶……人間の恋人同士の記憶らしいんだけど、飛龍に勝ったらエンディングとして特別に見れるんだって。そんでね、けっこう切なくてかわいそうなんだって。泣いたらなぐさめてね」
「何言ってんだよ」
男女のカップルは無駄にいちゃいちゃし始めた。サキは鬱陶しいなと思いながら二人の会話が気になっていた。
「みー君……今の話……聞いたかい? なんか事件のかおりがするね」
「ああ。竜宮のここだけに人間の記憶が入り込んでいるとな……。そしてカップルフェアなんてものをやっている所からするとその記憶で飛龍がカップルを対象にアトラクションをアレンジしたと考えるのが一番だな」
「飛龍って誰だい?」
「ああ、無茶苦茶強い女の龍神だ。雷や風、炎といった攻撃にもってこいの神格を持ったやつだが神格自体が高いわけじゃない。ただ、単純に戦闘の技術にたけたものを持っているだけだ。名前はたしか……飛龍流女神」
「ああ、そう言えば思い出した。実際には見た事ないけど、一度その飛龍とかいう龍神と対峙したあたしの友神が凄まじかったって言っていたから相当やばい奴なんだろうねぇ……」
「かなり神の中では有名神だな。まあ、竜宮にこもりっきりだから実際に会った事ないやつのが多いけどな」
「そんでここに来ればいつでも会えるって事だね」
「そういう事だな」
サキは戸惑いながらあたりを見回す。アクションゲームの前に少しでも飛龍を見ておきたかったが神が多すぎてよくわからない。
「あ……輝照姫様、天御柱様……。アトラクションにお並びで?」
ふと男の声がサキとみー君を呼んだ。
「ん?」
サキは横に立っている愛想笑いを浮かべた男を見た。おそらく彼がサキ達に話しかけてきたのだろう。彼は目つきが鋭くあまりよさそうには見えなかったが根は優しそうだった。服装は黒の生地に金の龍が描かれている着物。その着物を半分だけ脱いでいる。たくましい肉体が半分だけ見えているそんな感じだ。緑の短い髪になぜかシュノーケルグッズをつけている。はっきりと言って奇妙な格好だ。
「えーと……誰だ?」
みー君は男に問いかけた。
「はいはい。俺様……じゃなくてわたくしはツアーコンダクターでございます。今はちょうど暇なんで……じゃなくて……輝照姫様と天御柱様にはアトラクションを待たすなとの天津様からの伝言でして……お先にアトラクションへお連れいたします」
「お前……ボロボロじゃねぇか……」
みー君はツアーコンダクターを名乗る龍神にため息をつきつつちらりとサキに目を向ける。
「先に行かせてくれるんだったらそっちのがいいじゃないかい?」
「だよな」
みー君はサキに確認をとるとツアーコンダクターに目を向けた。
「じゃ、よろしく」
「はいはい。二名様!」
ツアーコンダクターの話を聞いていたまわりの神がざわざわとざわめいていた。
「おいおい……太陽の姫君様と天御柱様だぜ……。なんで堂々とこんなところにいるんだ?」
「私……失礼をしたかしら?」
サキは神々の会話を聞きつつ、自分がけっこうな有名神な事に気がついた。みー君はまあ、知らない神はいないだろう。だが自分はついこないだ太陽神の上に立ったばかりだ。
「サキ、お前は四大勢力プラス月と会議ができるんだぞ。有名になるのは当たり前だろう。おまけにアマテラス大神の力を持っている。アマテラス大神から太陽を任されているんだぞ。自覚しろよ」
「う……うん。そうだね」
サキの顔色を見たみー君はサキの肩をポンと叩くとツアーコンダクターについて歩き出した。
サキも我に返ると慌ててみー君を追い走り出した。
「はいはい。ここからどうぞ」
ツアーコンダクターはそそくさと二人を置いて去って行った。サキ達は怯える神々の間を抜けて近未来風に作られたエレベーターの前に連れて行かれた。どうやらアトラクションは上の階にあるらしい。何気なく横を見ると大きなテレビ画面があった。そのテレビ画面の映像は赤い大きな龍と楽しそうな神々が戦っていた。現在アトラクション内にいる神々が映し出されているらしい。
「ちょ、ちょっとみー君! あの赤いでかいのが飛龍とか言うんじゃないだろうね」
「ああ。あれは飛龍だな」
「やだーっ! もう帰る! 無理無理! 死んじゃうよ! あほか! 火吹いてるじゃないかい!」
サキはジェットコースターに乗りたがらない子供のようにダダをこねはじめた。
「あいつは容赦ないが……ゲームだからな。死にはしない」
みー君は楽しそうに笑った。しばらくしたらエレベーターが開いた。みー君は嫌がるサキを引っ張りながらエレベーターに乗り込んだ。
「無理だって言っているじゃないかい!」
「大丈夫だって。アトラクションだから」
みー君がサキを励ましているとエレベーターに一緒に乗っていた女性がこちらをむいて微笑んだ。
おそらくこのアトラクションの説明係だ。
「ではアトラクションの説明をさせていただきますね」
「ああ。頼む」
みー君はとなりで何かに祈りを捧げているサキを呆れた目で見つめながら話を進める。
「このアトラクションはアクションゲームの中に入り込むアトラクションです。竜宮の過去を見せる能力と架空感能力を使い作られたアトラクションでございます。今、お二方の頭についているのがHPでございます。つまりライフ。このメーターがゼロになったらゲームオーバーでございます」
サキ達は慌てて上を見る。サキ達の頭少し上で緑色の線が浮いていた。
「ほお」
みー君はフフッと楽しそうに笑った。
「戦闘向きではないお客様には色々能力をお貸ししておりますがお二方は必要なさそうなのでそのままでよろしいですか?」
「え? ええ? いいわけあるかい!」
サキは真っ青で叫んだ。
「おいおい。そんなチート技、使ったらいけないだろう。そのままでいい」
「ええ! ちょっとみー君……。頼むよ……お願いだよぉ……」
サキが必死にみー君を止めるがみー君は聞いていない。
「大変失礼いたしました。ではドラゴンクワトロへどうぞ」
「あんたもなんか反論しておくれよ……」
始終笑顔でいる説明係の女性に、サキは涙目で訴えるが軽く笑われて流されてしまった。
女性が笑った刹那、エレベーターのドアが開いた。大きな闘技場の真ん中に赤い髪の女性が立っている。みー君はサキを引っ張りエレベーターを降りた。
「お? なんかずいぶん凄いのが来たな!」
闘技場の真ん中に立っていた女性は男っぽい口調で豪快に笑った。袖のない紫の着物に鋭い瞳、燃えるような赤い髪が無造作にはねている。胸が大きく、スタイルは抜群だ。
「飛龍、相変わらず殺人龍みたいだな」
「あー? ひでぇ男だな。あたしは人間に恵みをもたらす龍。母性の龍神って呼ばれてんだ!」
「そんなやる気満々で言われてもなあ……」
みー君は後ろに引っ付いているサキを鬱陶しそうに見つめながらつぶやいた。
「みー君、今……飛龍は人型なのかい?」
「そうだな」
サキがささやくように言葉を発したのでみー君も小声で返事をした。飛龍の頭には長い緑のラインが浮いていた。おそらく飛龍のHPだろう。かなりある。
「で、あんたらなら難しさは最上級でいいよな。あたし久しぶりに本気だしちゃおー」
飛龍は狂気の瞳でこちらを見て笑っていた。サキは青い顔で怖気づいていた。
「ひいい」
「おいおい。そこの太陽の姫様、そんなに怯えんなよ。そこのモニター見えるか?」
飛龍は怯えているサキを眺めながら自分の後ろを親指でさした。
「へ?」
サキは飛龍のすぐ後ろを見た。大きな画面が闘技場についており、その画面から先程サキ達がいた場所が映し出されていた。神々の注目が画面に集中している。
「あんたらの登場は人気アトラクションに火をつけたらしいな。ギャラリーが多い事」
飛龍はまた豪快に笑った。
「……。これじゃあ、怯えてらんないじゃないかい……」
サキはみー君の影からこそりと出、手から太陽神が持つ霊的武器、剣を出現させ、飛龍を睨みつけた。
「おい。サキ、まじで相手を殺そうと思うんじゃないぞ……。なんかお前、今すごい怖い」
「え?」
みー君に言われサキは自分が言雨を発していた事に気がついた。言雨は息や声が重圧となって雨のように降り注ぐ事からこう呼ばれるようになったと言われている。
「お前、色々制御できてないもんな……」
「うーん……」
サキは自覚がなかった。唸りつつ飛龍を眺める。飛龍の目は爛々と輝いていた。この龍神は強い者と戦う事を趣味としているらしい。
「ルールは簡単だ。あたしのHPをゼロにすれば勝ち。逆にあんたらのHPがゼロになったら負け。ちなみに怪我してもバトルゲームが終われば元に戻るぜ」
「怪我!? これのどこがカップルで楽しむゲームなんだい! 怪我する時点でゲームじゃないじゃないかい!」
サキはまた顔色を悪くする。
「だから難易度があるんだろ? 最上級クラスは戦闘趣味の神しかやらない難易度だから手加減しないぜ。ああ、西の奴らとかはかなり強いな」
「高天原西はタケミカヅチ神率いる武の神が集うとこじゃないかい! そんな奴らと一緒にするんじゃないよ!」
サキは必死で叫んだが、飛龍は楽しそうだ。
「ま、タケミカヅチ神が実際このゲームをしに来た事はないが……戦ったら負けそうだな。あたし。あれとは戦いたいとは思わない。うちのオーナーと戦っている所は見てみたいが」
「そ、そんな事より……あ、あたしらは戦闘狂なんかじゃないから難易度を下げておくれ……」
「はあ? 何言ってんだよ。難易度の選択はさっきエレベーターにいた龍神の女が最上級に設定してたぜ。あんたらが望んだんだろ?」
「何言ってんだい! あたしらは難易度の選択なんてしてないよ!」
飛龍とサキは困惑した顔でお互いを見つめている。
「はあ……あの女にやられたな。あの女も龍神……龍神はだいたい勝負事とか好きで気性が荒い奴が多い。あの女は俺達を知っててわざと難易度を最上級にしやがったな」
みー君のつぶやきにサキは涙目になってみー君に詰め寄った。
「どうすんのさ! 怪我……怪我するって!」
「ま、まあ……死にはしないんだから……その……悪い……。何にも言う事が思い浮かばない。もしかしたら最高級の対応ってここでもそうなのか……?」
「そんなの嬉しくない!」
サキが涙目でみー君の頬をつねる。
「じゃあ、はじめようか」
飛龍がにこりと笑った刹那、もうその場に飛龍はいなかった。サキは慌てて神々の正装である着物に着替える。着物は手を横に広げるだけで着替える事ができる霊的着物だ。動きやすく軽い。故、オシャレをする神以外は皆、だいたいがこの着物を着ている。
着替えた瞬間、すぐ後ろに飛龍が現れた。すぐさまみー君がサキをひっぱり飛龍から離れる。
「さすが」
飛龍は拳を突き立てたままニコニコと笑っていた。
「風を使ってはやく動いてるのか」
「はやいー! 見えないよ! みー君! 死ぬ!」
「しっかりしろよー……。死んでねえから」
みー君は呆れながらサキから手を離す。サキは額に汗をかきながら剣を構える。サキが剣を構えた理由はもちろん、ギャラリーに弱い所を見せないためだ。
横から風がうなる音が聞こえる。サキはかろうじて後ろに下がった。飛龍の足が目の前で止まっている。
「ひい……」
サキは青い顔で顔の真横で止まっている足先を凝視していた。頬から生温かいものがつたっている。恐る恐る手を顔に伸ばすと赤い液体が手についた。
「……っ! 血!」
サキの頬が飛龍の巻き起こした風で切れていた。それを確認している最中、みー君がまたもサキを引っ張り遠くに飛ぶ。
「おい。大丈夫か?」
「血……顔から血! うあーん! 治るかな……傷になったらやだよ……」
みー君は自分が誘っている分気まずかった。そしてサキを傷つけてしまった事に罪悪感を覚えていた。サキになんと声をかけてやればいいかよくわからず、サキの顔と後ろのモニターを交互に見るくらいしかできなかった。ギャラリーが騒ぐ声だけが耳障りだ。気がつくと飛龍はもう目の前にいなかった。
みー君はとりあえずサキを励ます事にした。
「え……えー……あれだ。サキ……頑張ろう!」
「ふっざけんじゃないよ! この……!」
みー君が苦し紛れに放った言葉はサキをさらに激怒させていた。
「……たく、あの女、なんで俺を狙ってこない!」
みー君が目で飛龍を追うが飛龍がどこにいるかよくわからない。またすぐ横で風を斬る音がした。
「ちっ……サキ! 右だ!」
「みー君、ちゃんと聞いているかい? あたしはもうやだって言ってんだよ!」
サキはたまたまか飛龍の右からの攻撃を軽くかわした。みー君は驚いて目を丸くした。
「え……えー……聞いている。聞いてるぞ。もう嫌なんだな? うん。わかってる。サキ! 左から……。」
「聞いてないじゃないかい! あたしは怒っているんだよ! さっきからどこ見てんだい!」
サキはみー君をまっすぐ見据えながら、飛龍の左からの攻撃を軽くかわした。
……ま、待てよ……サキのやつ……怯えていなければかなりの……
「みー君? なんて顔してんだい! あんたが誘ったんだから何とかしてよ!」
サキはまたも飛龍の攻撃を軽くかわした。
「……お前……一人でなんとかできるんじゃないか?」
みー君が放った不意のこの発言でサキの怒りは最大級になった。
「何言ってんだい! あんたがなんとかしてよ! なんであたしが一人で戦わないといけないんだい! あたしはか弱い乙女だよ! もう! いい加減にしてよ! あーイライラする!」
サキは怯えるみー君をよそに飛龍の攻撃をさらりと受け流している。
「最近の男はこんなのばっかりだよ! 何が草食系男子だよ! ふざけんな! そんなんだから女の子が寄ってこないんだ! ヒイヒイヘタレこんじゃってさ!」
「えー……そ、そうだな……。まったくその通りだ。だがお前の好きなジャパゴの天御柱は完全なる草食系じゃねぇのか? 主人公に助けを求めてばかりじゃないか……。『僕には無理だよぉ』が有名なセリフだし……」
サキはみー君の話をまったく聞かずにただ暴走している。飛龍の攻撃はまったく当たらない。
「もっとこう俺が守ってやるビシーッとか! これが終わったらお前の相手をしてやるとかカッコいいセリフを吐けないのかい! ええ?」
「お前……ワイルド系の男が好きなんだな……。じゃあ、なんでジャパゴキャラでそういうワイルド系の男にいかなかったんだ。なんでヘタレキャラがお気に入りなんだか……。……わかった! いいから少し落ち着け」
「そうだよ! あたしはね、肉食系のライオンよりもね、切っても切れないプラナリア系男子の方が好きなんだよ!」
サキはまったくみー君の話を聞いておらず、勝手に舞い上がり、突然身体中から炎をまき散らした。
「う、うおわあ! 火! ぷ、プラナリア系男子ってなんだよ! 肉食系のにの字もないじゃねぇか!」
「プラナリアをなめるんじゃないよ! エビとかにひっついてじわじわと食べていくんだよ! 完全な肉食! そして何度駆除されてもしつこく立ち上がる! 住んでいる石を天日干しされようが薬品づけにされようが切られようが分裂し、誰にも見つからないようにしつこく生きる!」
「完全な陰湿系だな……。なんでそんなにプラナリアに詳しんだよ……」
サキの炎は増し、円を描いて高く燃え上がっている。みー君はなんとかサキを落ち着かせようしていた。その時、みー君はなんだか嫌な予感がし、咄嗟に上を向いた。
「……っいい!」
みー君とサキの前に大きな翼を持った赤い龍がそびえ立っていた。
「ええええ!? な、なんだい! あれ! いきなり……ひいいいい! みーくぅん……」
サキは龍を見たとたん、怒りの感情は消え、小動物のように目を潤ませ、体を震わせていた。
「お、落ち着け! あれは飛龍だ。お前もさっきテレビ画面で見ただろうが。って、飛龍……お前はなんでそんなにやる気なんだよ……」
みー君は飛龍に向かい叫んだ。龍になった飛龍は口から火を漏らしながら笑っていた。
『ああ、最難関の難易度だからな。あと……お前らにあの記憶は見せたくないんだ』
「!?」
サキとみー君の困惑した顔を眺めながら飛龍はまた豪快に笑った。
『あたしも色々背負ってんだ。おとなしく負けろ』
飛龍はそう一言叫ぶとサキとみー君に向かい火を放った。




