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七、進みゆく企み:後編

 ハンスの瞳は、憎悪でギラギラと光っていた。姫をいたぶるというよりもむしろ、抑えようのないわだかまりを吐き出していきつつある様子であった。

「そこまでさせておいて王は、それにワルハラ首相はなんだ!オレたちの功績を誉めるどころか、汚いものでも見つけたといわんばかりにほんの僅かばかりの給金で黙らせようとした。政府が率先して農民を鎮圧したとなれば、他の先進諸星への聞こえが悪い。すべては軍の暴走だなどと訳のわからない理屈をデッチ上げて、農民兵団の縮小を強行しやがった。なにもかも責任を押しつけて。

おかげでオレたちゃ大変だったよ。民衆を裏切った浅ましき奴らと、世論から罵られ何人も軍隊を辞めあるいは自殺していった。鎮圧の関係者とわかっただけで消された連中もたくさんいたよ。切ねえよなあ、散々王家のために尽くしておいて、挙句の果てに邪魔者扱いされるとはよおっ!」

「ウソよっ!お父様がそんなことをなさるはずはないわっ!」

「だったら、自分の目でたしかめるこったな」

 もはや本物の獣と化したのかもしれない。吐き捨てる一言と共に近づいてきたハンスの目は尋常なものではなかった。思わず息を呑んでいたクンドリーの胸元を両手で摑むやいなや、

 バッビリビリビリッ

「イヤッ!」

 悲鳴混じりの叫びも男の残虐さを煽り立てる役にしか立たなかった。そのまま一気に押し倒された王女は、血の混じった男の生臭い口が寄ってくるのを防ごうともがいた。

「なにをする!このようなことをして、ただで…ただですむと思うておるのかっ!」

「ただですまねえだろうな。世が世なら斬り捨てられるところだろうよ。だが、オレをこうしちまったのはてめえらのせいだ。てめえら王族がこういう人間に変えてくれたんだよ。恨むんなら、父親を、てめえが王家に生まれたことを恨みやがれ!オラ、顔向けろ、もっと股ぁ開けやっ!」

 男女の営みというより、憎み合った敵同士のもつれ合いという形で二人の攻防は続けられた。しかし力の差は歴然だった。クンドリーが必死に顔をそむけているため、上の攻撃をあきらめたハンスは両手で一気に下へと目標を定めた。抗う間もなく両足を開かされた姫は、その奥へ男の手が伸びていく感触を嫌でも味わねばならなかった。

「あっ……」

 屈辱の涙が滴り落ちた。このような男に弄ばれねばならぬ我が身の不幸を呪った。

「安心しな、すぐにいい思いをさせてやるからよ!」

 なおも怒りに燃えていたハンスは、右手で女の部分をまさぐりながら己が部分をさらけ出すため、左手でズボンをずり下げようとした。

 ピリリリリリリリッ……

「チッ、邪魔が入ったか」

懐から飛び出した発信音に舌打ちしながら、ハンスは携帯電話を取り出した。乱暴されかかったクンドリーは、この間に己が身を反転させて部屋の隅へとうずくまった。

「もしもしオレだ、00三号か。ワルターは生きていて病院に運ばれた?そんなことはとっくに承知している。奴の仲間がジーク・フリーズという凄腕の剣の使い手が、アジトに乗り込んできやがったんだ。オレ以外は全員奴に倒されたよ。……知らないってことは、まだ貴様アジトには戻ってなかったか。命拾いしたな、お互い。そういう訳だ、恐らく今夜中にでも空港は封鎖されてこちらの船も取り押さえられているだろう。袋のネズミというわけだ。だが、こちらには姫がいる。下手な手出しはできはしねえよ。とはいえ、このままでは逃げようがねえのは事実……。なに、方法があるだと!」

「そうなんですよ、隊長殿……」

 受話器越しの声は、興奮のために上ずっているようにも震えているようにも取れる微妙なものだった。映像機能付きの携帯でなかったのが惜しまれた。

「驚かないでください、実はここであのヴォルッフ少佐とコンタクトが取れたんですよ!」

「バカな、ヴォルッフ少佐といえば革命軍のリーダー格ということで、政府から最重要指定犯罪人としてお尋ね者になっている人だぞ!四月の革命派粛清以来再起を図って亡命したとは聞いていたが、まさかこんな所に潜伏してるなんて……」

「そのまさかです!どうやら彼らも、クンドリー姫を拉致する目的でここまで流れ着いていたようなんです。やはり姫を交渉の道具とするために……」

「信じられんな、まさかあの高名な少佐殿と接触できたなんて。だが事実ならば、こちらにも勝算が見えてきたわけだ!」

「どうします、ご都合がよろしければ今すぐにでも隊長殿が隠れていらっしゃる所まで、少佐に同行願いますが」

「「ちょっと待て」

 柄にもなく興奮してきた。無理もない。彼にとってヴォルッフ少佐といえば憧れの存在なのだ。革命派の中心人物として、マイスター公爵とワルハラ首相という本来ならば対立するべき立場の二人を結びつけ、ついにはクーデターを成功させたということで、少佐の名はパルジにおいて半ば伝説化している。

彼のなかに若き英雄を見たのだろう。革命後、公爵側はヴォルッフ少佐の高まりつつある威望に恐れを感じ、数ヶ月後その追い落としにかかった。革命軍を指揮していた主だった将校が暗殺、階級剥奪の上逮捕、そして処刑されるなか、彼とその忠実な部下たちは捕縛の網をかいくぐった。政府の必死の探索にも関わらず、ヴォルッフ派の消息は未だに杳として知れない。そのため生き残った革命派にとっては、少佐は最後の希望の星となった。

ハンスにとっては願ってもない味方といえた。いま革命派は、武力によってなにがなんでも政府を倒そうとする過激派と、民衆の蜂起を待ち今は守りに回ろうとする抵抗派レジスタンスの二つに大きく分かれてしまっている。少佐ならば、分散して弱体化しつつある革命派を盛り返し、今度こそ革命をやり直すことができるだろう。しかし……。

「お前が会ったというのは、本当のヴォルッフ少佐なのか」

 こんな言葉が洩れたのも無理はない。四月に行方をくらまして以来、ヴォルッフ派に関する噂は、大なり小なり流れ続けていたからだ。いわく暗殺者に殺されたため、部下が暗殺者共々死体を闇に葬り生存説をばらまいているという絶望的なものや、実はパルジの属星の一つであるヴィーランドに潜伏して再起を図っているというやはりもっともらしいものなど、幾多の話が浮かんでは消えている。それだけに、にわかに信じ難いのだ。

「お疑いになるのもごもっともです。ですが、これは事実なのです。電話ではどうしようもないので、明日にでもお会いするということにいたしませんか」

「よかろう。論より証拠だ。少なくとも議論をしていても埒があくまい。明日の夕方、そう四時ごろ、場所は森の公園の真ん中にある噴水広場で。そうだな、用心のためオレは姫を伴ってやって来る。一応変装していくためカップルでその時間に来たら例の合言葉で呼びかけてくれ」

「パルジ、ファルですね?」

「そうだ」

「わかりました。明日夕方四時に、空港から北西十二キロの地点にある森の公園の噴水広場でお会いしましょう。少佐の他に部下の方も数名同行するとのことです。隊長殿、いろいろご不自由もありましょうが、あと少しの辛抱です。あっ、それでは……」

 ハンスがおうと応える間もなく電話は切られた。隊員00三号も急いでいたのか、妙に緊迫した口調となっていた。それが逆に、今の話をリアルに伝えているといえなくもなかった。

(なんにせよ、こいつは思わぬ展開になったな)

ほくそ笑まずにはいられない。どん底へと落とされたと思っていたところ、最高のプレゼントを与えられたようなものだから。少なくともいまの彼には、何者をも許せるそんな気持ちにさえなっていた。それだけに、再び襲われた時の覚悟として舌を噛みかけていたクンドリーへの応対は、それなりに寛大なものとなった。

「ハッハッ、姫様よそんな怖い顔しなさんな。大丈夫だ、もう手出しはしねえよ。あんたは大事な大事な人質だからな。聞いた通りだ、明日ヴォルッフ少佐とお目見えだ。といってもあんたは知らんだろうが、なにを隠そう革命を煽動した真の英雄ともいうべき人物だ。こう言っちまえば、あんたにとっちゃあ父親を王位からひきずり降ろさせた憎むべき相手だろうが、オレたち革命派の生き残りにとっては救世主ともいうべき存在さ!」

 王女は無言だった。未だにハンスを恥ずかしげもなく自分を手籠めにしようとした相手として警戒しているものの、彼の表情が紅潮し声が上ずってきているのには気づいていた。

「なんにせよ安心するこった。オレと違って、少佐殿はきわめて紳士的な方だからな。もう少しお前さんを優しく扱ってくれるだろうよ。まあ、それと革命成就とは話は別だがな。いずれにせよ、今のオレは気分がいいんだよ!」

 歓喜を抑えきれないというように鼻歌まじりにベッドのシーツを引きはがすと、姫に向かって放った。

「逃げられると困るんでな、そのままの格好で今夜は休んでもらうぞ。ま、そいつにくるまってよく寝るんだな。精々風邪はひかねえようによ。フッフッフッハッハッハッ!」

 高笑いと共に暗くなったかと思うと、ドアを閉める乱暴な音がしてハンス・リックは出て行った。他の場所で寝るつもりらしい。

頭からシーツをかぶった形となったクンドリーは、己の貞操が守られてホッとしたものの、微かな血の臭いに目まいといい知れぬ恐ろしさを感じていた。一難は去ったものの、囚われの身であることは変わりない。一人暗い部屋でうずくまっている王女は、不安と恐ろしさのあまりただ泣くしかなかった。後ろ手に縛られた両手の中で、左の中指にはめられた指輪にソッと触れながら彼女はつぶやくのだった。

「誰か、助けて……」

 一人の男の顔が、うっすらとその脳裏に浮かんで消えた。



 次回、「八、解けゆく謎」に続く。

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