七、進みゆく企み:中編
「以来です、先生の左目が見えなくなり始めたのは。その件では先生は一言も泣き言もグチも言いやしませんが、あっしにはわかるんでさあ。少しずつ少しずつ目が見えている時間が見えてない時よりも短くなってきているってことを。あるいはいつか本当に見えなくなっちまうのかもしれません。そう考えただけで、あっしはあっしは……」
後はもう言葉にならない。フリーズは土下座したまま泣きじゃくる親方を寂しげに見つめながら、
「そういうわけだ。修行で目をつぶっても相手の気配を読み取る工夫もしてきたから、普通に生活する分にはなにも差し障りはない。だが、剣を取って闘うとなると話は別だ。気配がわかればたしかに難しいことではない。しかし、そうなればオレ自身も命の保証が……」
「もういいですっ!」
皆まで言わせなかった。ワルターの顔は蒼白になっていた。それだけ受けたショックは大きかったのだ。
「いくら先生の力を借りたいといっても、そこまで苦しまれたのに是非ともと頼めるわけはありません」
「いや、オレは苦しんでたりは……」
「わかっています。失明する可能性を抱えたまま闘うことがどれだけ無謀かということが。いくらあなたが銀河系最強の剣士であったにしても……。私は間違ってました。人の都合も考えたりしないで」
力なく立ち上がると、ワルターは深々と二人に一礼をして、
「ご迷惑をおかけしました」
そのまま一度も振り返らず現場を後にしようとした。フリーズはジッとその背中へ視線を凝らした。白い靄のようなものがかかっていてわかりにくかったが、かつての弟子が遠ざかっていく姿がどうにか認められた。
「ワルターよ、必ず地球へ行くんだ。そして、エクトル・フリーズという剣士に会うんだ。そいつはなあ、オレの実の兄貴だ。いいか、必ず地球へ行けっ!」
力づけようとしたフリーズの言葉も、ワルターには届いていないようだった。石にけっつまずき転びそうになりながら去っていくその姿は、哀れさを漂わせてさえいた。あの時彼は、どんな思いで帰途に着いていったのだろう。
「ところでワルターの手術はまだ終わってないのか」
「いえ、先程終わりやした。命に別状はないそうです。爆発の際に、なにかを盾にしたおかげで本来ならショック死するべきところを助かったとか。その代り、ケガはひどいです。両手、両足が骨が肉を突き破って飛び出ちまっていて、おまけに肋骨全部にヒビが入っていて、しばらくは息をするのもつらいんじゃないかって話です。他には顔になにか破片がそこらじゅうに刺さったとかで、これは下手をすると傷跡が残るらしいですな。それにしても、よく生き延びられたものだと手術してた医者の先生が驚いていましたよ」
「そうなると動くこともかなうまい」
「そりゃそうでさあ。お医者も治しきるのに六ヶ月、更にリハビリまでしてまともな身体に戻るのにあと半年下手すりゃもっとかかるんじゃないかってことです。まあ、命あっての物種でしょうけど、気の毒といやあ気の毒でさあ」
本人がこの場にいたら、いえ、忠義のために死ねるならなどと長々とまくし立てるであろう。大真面目に義理人情について一家言をしそうなワルターのことを思い浮かべていると、フリーズはなぜかしら頬がゆるんだ。
「ところで話は変わりますが、先生、一応警察のほうには今回の件一切話しておりやすから、今夜にでも空港にある奴らの宇宙船は取り押さえられるでしょう。逃げ道さえふさいでおけば、なに相手はたったの一人、いつかは捕まりまさあ」
「そううまくいけばいいが」
「なにか心配事でも?」
「相手は一人とは限らんということだ。奴らがクンドリー姫を誘拐しようとした理由、そいつは未だにわからないが、ワルター一人を仕留めるのに爆弾まで使って無関係の人間を巻き込んだ乱暴な手口。一星家の任務を帯びているとはいえ、いや、だからこそ仕掛け人の正体が明るみになってしまったら星際問題にさえなりかねない。そこまでするからには、あの姫を手に入れるのにとても重大な意味があるはずだ。ひどい言い方をすれば、たとえこの星の人間すべてを殺してでもあの姫を拉致しなければいけない訳が」
「一体どんな……」
「そこまではわからん。だが、もしもオレの予想が正しければ二段、三段構えの策を敵は講じているはずだ。一人っきりだなどととても言い切れない。それに……」
「それに?」
フリーズはそれ以上しゃべらなかった。親方に背を向け、窓へと視線を転じていた彼の中では、あの男のことがひっかかっていた。
(ハンス・リック、たとえ味方が一人もいなくなったとしても、奴はどうにかタンホイザーから抜け出せそうな気がする。そう思わせるだけの行動力、バイタリティーがあの男にはある。あの時姫が出て来なければ、オレは間違いなくあいつに殺されてた……)
ブルリと身体が震えた。久しく味わったことのない感覚だった。いずれは決着をつけることになろう。そう考えただけで、フリーズは胸の奥底からフツフツと湧き上がってくるものを抑えるのがもどかしくさえあった。
もっとも後ろ姿を見ていたザトペックにはその心理のほどは知りようがなく、近づいて顔を覗き込んだことでますます奇異な思いに捉われた。三つの青白い月に照らされたフリーズの顔は、まるで遠足を待ちかねた子どものようにこれ以上ないくらいの微笑を浮かべていたのだから。
※
男の瞳は恐怖のため見開かれた。まずいところを見られたと、受話器を放って逃げようとしたところへキラッと光る物が……。
「ウワッ!」
もんどりうって倒れた彼の太腿には、メスが深々と突き刺さっていた。なおも逃れようと小便を漏らしたまま這っていると、相手はドカッと馬乗りになった。
「先生よお、人が治療費をはずもうっていってるのにどこへ行くんだい」
「たたた助けてくださいっ!いいいいいい命だけはっ!」
「おめえ医者だろう。だったら自分でなんとかしな」
左手で顎を持ち上げられたと認識する間もなく、すぐに右手に握られたメスで喉を真一文字に抉られ、医者はそのまま血を滴らせて絶命した。
「バカが。サツにたれこもうとするからだ」
メスを放り捨て、男は憎々しげに骸の頭を蹴飛ばした。骨が折れる嫌な音がして、首は今にもはずれそうに揺れていた。
医者を殺した男はハンス・リックだった。フリーズとの闘いで顎を砕かれた彼は、外科の個人病院の門を叩き応急の処置をしてもらったのだ。ところが関わり合いになるのを恐れた医者が警察へ通報しようと隙を狙って動いたため、かくの如き次第となったのである。
「チキショー、殺すのは早過ぎたな。まだ顎がうずきやがる……」
しかめっ面で顎を撫で回しながら、ハンスは奥の診察室へと入っていった。
「よお、姫さんひとまず片づいたぜ」
縛られ床に転がされていたクンドリーは、戻ってきた男の血まみれの右手を認めると、危うく気を失いかけるところだった。ハンス・リックの態度はどこまでも非情である。
「フッ、血は見慣れてないのか。なんだかんだいってもしょせんは女だな」
王女を精神的にいたぶることに喜びを見出し始めているらしい。ケケケと下卑た笑い声をたてながら、寝台のシーツで血を拭っていく。気丈というか、誇り高いクンドリーとしては嘲られてそのままではいられない。
「そなたという男は、一体どれだけの人間の命を奪えば気がすむのじゃ。こ、このケダモノッ!」
唇をわななかせて精一杯毒づく王女に、ハンスはいたって余裕の笑顔で応える。
「そうさ、オレはケダモノさ。血に飢えた浅ましい生き物だよ。だが、そういうお前ら王家の人間はどうなんだっ!オレたちをウジ虫のように扱い、あまつさえ抵抗する気のなかった百姓共を殺せと地方へ送っていった。地獄だったよ、あれは。
泣き叫んで命乞いをする母子を射殺し、もう逃れようがないと素手だけで立ち向かってきた連中を斬り刻んで斬り刻んでいった。しまいにゃサーベルが使いものにならなくなって、すがりついてくる年寄りをゲンコで息をしなくなるまで殴りつけ、首を締め上げ、胸を踏みつけ、喉を食い破り、オレも奴らの投げつける石や振り上げてくる薪ざっぽうで殺されかけながら、生き延びてきた。人間でいられるわけがねえだろう!」
「やめて!」




