六、鬼神ジーク・フリーズ(五)
「ハッハッハッハッ!やってくれたな、ジーク・フリーズさんよ。剣だけでなく、機転まできくとは。ワルターの親父は剣よりもその悪知恵をあんたに教えてもらうべきだったな」
「かもな。だが、あいつはあれで頑固な男だ。剣の手ほどきをするより厄介だろうよ」
つぶやきつつ、フリーズは己が剣をピタリと胸元まで引き寄せた。その頃には遅れた捕縛隊の連中があえぎながら迫ってきていた。
「悪いな、どうやらあんたとの決着、一対一でつけられそうもないぜ」
だがその言葉を無視するように、フリーズは剣をゆっくりと斜めに振り下げそれを水平に移動させたかと思うと、今度はまたゆっくり斜めに振り上げていった。
「いたぞ、あそこだっ!」
「ハアッ…ハアッ、おのれ、もう…逃さんぞ」
「ち……血祭りに……してやるっ!」
残った捕縛隊の面々が再び勢揃いし、フリーズと対面する形になっていくなか片目の剣士は相変わらず奇妙な剣さばきを続けていた。それはたしかに奇妙としかいいようのない行為であった。ゆっくりとあるいは素早く振り上げ振り下ろすという動作を繰り返しつつ、一向に斬りかかってくる様子のみられない剣の舞いを前に誰もが戸惑い苦笑するしかなかった。
「なにやってんだ、一体」
「追い詰められてやけくそになったんだろ」
「ハッハッ、いいぞもっとやれ!」
部下たちが嘲笑の的にするなか、ただ一人ハンス・リックだけは緊張の面持ちだった。
「バカヤロウ、油断をするな!相手はあのジーク・フリーズだぞ!少しでも仕掛けてくる素振りを見せたらかまわん、一斉に撃てっ!」
怒鳴りつけてはみたものの、彼にしてもフリーズの意図することはわからないでいた。時には指揮者の振り上げるタクトのように、または風に流されまいともがく蝶々のごとく、あるいは寄せては返す波を思わせる剣の舞いがなにを意味するのか、対峙している誰一人として……。
奇妙なのはそれから一人として口を利く者がなく、フリーズの動きに魅入られていったことだ。ゆっくりとあるいは早くといった具合に剣と腕が一体になった玄妙なる舞いに引き込まれていくのをどうすることもできないでいた。
(どういうことだ。奴め、催眠術でも使っているのか……)
剣を片手に棒立ちとなったハンスは、視線を相手の切っ先に向けつつも惑わされてはならないと、己が剣の先を足に突き刺そうと腕を動かした。その時―。
(……?)
剣を持つ手が震えていた。いや、震えていたのではない。どこからともなく吹きあげてくる風が、彼の手を揺らしていたのだ。
(バカな、風だと。館の中だというのに、一体どこから……まさかっ!)
いぶかしげに己の腕に目を向けていたハンスは、ハッとなって疑惑を解こうと顔を上げた。
「ウッ…プ……」
「な、なんだ、一体……」
「急に…か、風が出て…き…た」
気づいた時にはもう、遅かった。風の勢いは既に身動きもままならぬほどに強まっていた。それはまるで目に見えぬ壁に押されているかのようで、ハンス隊長のみならず捕縛隊の面々はジリジリと後退させられていった。もはや間違いはなかった。フリーズの剣の舞いは、この風を引き起こすための技に他ならなかったのだ。
己の意思で動ける者はもはや一人としていなかった。なにより刻々と激しさを増す風に抗うのが精一杯で、とても相手を攻撃するどころではない。
「ひ、ひるむなっ!吹き飛ばされないように足を踏んば…れぃっ!」
交差させた両腕で顔を守りながら、ハンスは部下を励ましジッと機会を狙っていた。
(いつまでも続くはずがない。風が止む時は必ず来る!その時こそ、こいつを一発お見舞いしてやるぜっ!)
右手に剣を、左手に拳銃を握り締め、ギリギリと歯を食いしばってハンスは耐えていった。目指す敵の位置はわかっている。一瞬の隙を突いて倒してみせようと、交差した腕にも力が入った。
悲鳴にも怒号ともつかぬ叫びを上げて、一人、また一人と姿勢を崩されて這いつくばっていく。誰もが身体を支えるのが精一杯で、耳鳴りや嘔吐感で気が遠くなりかけたその刹那―。
「ウオッ!」
「ワッ……」
ピタッと予告もなしに風が止んだ。反動で何人かが前のめりに倒れるなか、ハンス一人は左足を一歩踏み出してこらえた。そして―。
「ジーク・フリーズッ!」
食らえとばかりに拳銃を向けていったが、そこにはフリーズはいなかった。逃げられたかと思ったハンスは、すぐに自分の認識の甘さをまざまざと思い知らされた。
剣を握った右手はダラリと下げていた状態であったため、懐に飛び込む隙をつくっていたことが命取りとなった。そこにジーク・フリーズはいた。
「!?」
驚きのあまり息もできなかった。剣の舞いは当然激しい体力の消耗を強いる技であったに違いない。それでも一瞬にして、十数メートル先の距離を無にするほどのダッシュ力を残していたのだ。
(こいつの狙いはこれだったのか!逃げるための風ではなく、相手を倒しやすくするための……)
スローモーションのように横に薙いだ剣が迫ってきたかと思うと、ハンス・リックはそのまま顎をはね上げられもんどりうって倒れた。
「おおっ!」
「あ…ああっ!」
驚きの声を上げた彼らに反撃する余裕などなかった。最初の一撃を食らったハンス隊長がそのままもんどりうって倒れるのを見ていることさえできずに、すぐにフリーズが刃を振り上げていた。ある者は肩を、そしてまたある者はみぞおちを、あるいは腰をしたたかに打たれ足を払われ、次々と男たちは悶絶していった。
「ウッウッアイヤァーッ!」
敵わぬと知りつつも最後の一人はレーザーサーベルを振り上げた。宙で二人の剣が交錯する。
チャリーンッ……
その瞬間、男は両腕に激しい痺れを覚えた。サーベルはどこかと顔を上げたそこへ、ガッと眉間に一撃が加えられそのまま音もなく崩れ落ちた。フリーズ一人が残った。
「ハア~ッ、ハア~ッ、ハア~ッ……」
息切れがひどかった。さすがの彼にもここまでの闘いはきつかったとみえる。呼吸を整えながらフリーズは目を閉じた。
(最初に三人、途中で三人、そしてここで残りの七人全員を倒した計算になる。これでどうにか……)
そこまで考えていた時、突然息を呑んだフリーズは無念そうに唇を噛み締めた。
(しまった!オレとしたことが……)
彼が臍を噛んだのは無理もなかった。その背後で気絶させたと思っていた連中からたった一人、よろよろと頼りなげな足取りでありながらも、立ち上がってきた者がいたからだ。
「あ…“阿修羅”だな。いまの…技は…」
最も厄介な男、ハンス・リックであった。顎骨にヒビが入ったか砕けたのか、左手で顔の下を押えつつフリーズの背中を見据えていた。剣で斬りかかられた時に、素早い反射神経で逆に己が身体をのけぞらせたことで命拾いをしたとみえる。時々喉をグビグビさせているところを見ると、口の中で出血しているのかもしれない。
「ング……。八年前にワルターと師弟の縁を切…グッ……縁を切る元となった技だな……。ウグッ……ワルターを倒してからは封印し続けていた最終奥義を見せて……見せてもらえたとは光栄だ……」
思うように話せないことに苛立ったのだろう。制服の胸ボタンを引きはがすように懐から親指の頭ほどのカプセル状のものを取り出し口に含んだ。すると……。
(だが、剣のほうはお粗末だったな。鉄パイプかなにか知らんが、人など斬れやしないつくりもので立ち向かうとは。もっともそいつで捕縛隊は全滅したがな)
フリーズの頭の中に、ハンスの思考が飛び込んできたのだ。恐らくテレパシーを送る超小型機“ヤヌス”を使っているのだろう。折れ曲がった剣もどきを持ったまま、フリーズは佇んでいた。更にハンスの思考は迫ってくる。
(負けたよ、ここまではな)
撃鉄を起こすとハンスはフリーズの背中へ狙いを定めた。
「よせ、お前の負けだ。オレを殺したところで、どっちみち逃げることなどできん。もうすぐ、仲間がやって来る。警察も一緒だ。これ以上、無駄な抵抗はやめるんだ!」
(ハン、いまさら逃げようがないのは承知の上さ。ならばあんただけでも道連れにしなきゃ気がすまねえ。銀河系最強と謳われた男と心中するのも悪かねえだろう。なによりもあんた、もう腕一本動かせねえだろう。あんたの不安が、オレの心にまでひしひしと伝わってくるぜ、ヘッヘッヘッ!)
ハンスの言う通りだった。もはやフリーズは、背後からの銃弾を避けることはおろか、腕一本、腰をひねることもしゃがむこともできなかった。既にすべての体力を使い切ってしまっていたのだ。
(身動きできない奴をなぶり殺す趣味はないが、このまま引っ込んだら倒された連中に悪いんでな。アバヨッ!)
いよいよ引き金を引くのだろう。ハンスの燃えるような憎悪の念がフリーズの頭に送り込まれ、これまでと彼は息を詰めた。
「フリーズ!ジーク・フリーズ!大丈夫なの、目は、目は平気なのっ!」
「姫様、待ってくだせえ!先生っ!」
幸運と呼ぶにはあまりに残酷な瞬間ではなかったろうか。クンドリー姫と、ザトペック親方の声を背後から聞いたフリーズは思わず、
「来るなっ!逃げろ、逃げるんだっ!」
どこにまだそれだけの力を残していたのだろう。振り向きざまにフリーズは、L字形に折れ曲がったフェイクの剣を届けとばかりにハンスに投げつけた。突然現れた二人に気を取られていたハンスの右腕にそれは物の見事に当たった。
「あっ……」
顔をしかめて彼が銃を取り落すと、フリーズはそのまま這いつくばるように倒れた。
「フリーズッ!」
「てめえ、この野郎、よくも先生をっ!」
姫は片目のナイトへ駆け寄ろうと、友は敵を仕留めようと飛びかかっていく。あえぎながら顔を上げたフリーズが、
「いけないっ!」
叫んだ時は遅かった。武器をなくしたとはいえ、軍隊あがりのハンスにとって正面から馬鹿正直に突進してくるザトペックは物の数ではなかった。左手一本だけを胸元にひっかけたと思うと、そのまま相手の勢いを利用しての一本背負い。目の前でガタイのいい男が投げ飛ばされるのを目撃したクンドリーは、驚きと恐怖のため身動きできなくなった。
「逃げろ、姫、逃げるんだっ!」
「おっと、そうはいかねえっ!」
はじかれたように横へと身をかわそうとした姫の首へ、ガッと鍛え抜かれた右腕がまきついた。
「動くなよ、姫様。こっちは頭にきてんだからな。グホッ…グエッホッホッ……。首の骨ェ折ることくれえは雑作…ねえからな」
王女の顔は蒼白となっていた。口をきくことさえできず、ただ万力のようにハンスの右腕に喉元を押えつけられるままであった。
「て、てめえっ!」
腰をさすりながら立ち上がったザトペックを睨みつつ、彼は床に落としたヤヌスを再び口に含むと、
(動くな、姫さんはこちらの人質として改めて貰い受けるぜ。フリーズ、決着は次までお預けだ。第二ラウンドはこうはいかねえぜ。フッフッフッ…ウッ)
ゲホハホと血を飛び散らして咳をしつつ、ハンス・リックは後ろ向きに遠ざかっていった。哀れな子羊を盾にして……。
「チ、チクショウッ!」
「やめろ、親方っ、奴は本気だ!あいつにとっては、姫はしょせん己の野望のための道具にすぎん。自分が助からないとわかれば、躊躇なく殺す」
「で、ですが、先生……」
「フ、フリ~ズ~ッ!」
身動きがままならない二人に向かって、クンドリー姫の悲痛な叫びが空しく響く。ザトペックは悔しそうに床を叩きながら、
「チキショーッ、あそこまで追い詰めておきながら、逆に姫様をさらわれるなんて!先生、今からでも間に合いやす!奴を追いかけ……」
言いかけてハッとした。横たわっていたフリーズが苦しそうに眼帯を掻きむしろうとしていたのだ。
「先生、どうしたんですか!まさか、昔の傷が疼くんですかっ!」
「な、なんでもない、なんでも……」
だが、失われた右目の古傷は彼の頭を容赦なく痛めつけていた。割れるような激痛は、まるで銀下系最強の剣士とまでいわれた男の今の無力さを嘲笑うかのように、その肉体も精神さえも蝕もうとしていた。
二人の男があまりに大きい敗北感に打ちひしがれるなか、どこからともなく風が吹きすさびその身体さえも冷え冷えとさせた。深けゆく夜を知らせる使者であった。
次回、「七、進みゆく企み」に続く。




