六、鬼神ジーク・フリーズ(四)
※
ハンス・リックはただただ感嘆していた。見惚れていたといってもいい。これほどまでに強い男がいたのかと、嬉しさでアドレナリンが急上昇しそうなくらいだ。
無駄に命を奪うつもりはないらしい。斬りかかってきた三人目も峰打ちで仕留めたフリーズは、一ヶ所に留まることなく移動していた。なにしろ相手方は拳銃も持っているのだから、撃たれたらさすがの彼でもアウトだ。追っ手も必死だ。あちらこちらと駆けて行く相手では飛び道具も使えず、仕方なく腰のレーザーサーベルを抜き放っていくが、かすりもせずに一人、また一人と空しく犠牲者を増やすだけだ。
「クソッ、大勢で取り囲んでしまえっ!」
「逃がすな、絶対に殺すんだっ!」
「待て、待たんかっ!」
仲間が次々と倒されるなか、隊長であるハンス一人はむしろこの状況を楽しんでいるふうでさえあった。風のように駆け去って行く男と、それを追う血走った目つきの部下たちを交互に眺めながら、彼は決着が近いことを既に見抜いていた。
僅かながらフリーズは焦りを感じていた。館内の狭い場所を逃げ回りながら一人ずつ仕留めていく作戦だったが、さすがにその強さを肌で感じたのだろう。敵方は怒声を上げて追いかけるのみで果敢に立ち向かっていく者が出なくなった。
(とにかく、姫が逃げ切るまで時間を稼いでおかなくては……)
時々、走りながら壁を叩くという奇妙な癖を見せつけながら、彼はやがて廊下を右へと曲がった。それが運命を分けた。勢い込んだ左足が前方でなにかに当たったかと思った瞬間、フリーズはハッとなって飛びすさった。が、すぐに近づき剣の先で突けばそこは紛れもない壁。完全な行き止まりだった。
「いたぞ~っ!」
すぐに背後から怒りに満ちた声が飛び込んできた。フリーズは素早く壁を背にして身構える。絶体絶命だ。
「もう、逃がさんぞっ!」
「殺せ~、殺してしまえっ!」
「おうとも、言うまでもないっ!」
口では勇ましいことを言っても誰一人として手を出さない。追い詰めたとて、たやすく仕留められる相手でないことは先刻承知の上だからだ。そんななか、一人が撃鉄をガチャリと起こせば思い出したかのように、皆が皆拳銃を取り出してきた。袋小路に追い込んだ相手に、これだけの人数で撃ち込めばよもやはずれもしまい。
「待てっ!撃つのはまだ早いっ!」
後から来たハンス隊長が止めなかったら、この暴発しかけていた六名は早々と決着をつけていただろう。
「貴様ら、これほどの男を銃で仕留めようとするその精神を恥じろっ!それでも元軍人かっ!」
その瞬間、荒れ狂った者たちは固まってしまった。彼らにとって、この隊長の存在はどこまでも恐ろしいものであったから。部下たちの間を掻き分けるようにして、前に出てきたハンスはいつもの皮肉な微笑を浮かべている。だが、内面の嬉しさは押し隠せないようで、頬は紅潮し目は待ち続けた探し物を見つけたように輝いていた。
「お初にお目にかかる。あんたがかの有名な、剣豪ジーク・フリーズだな。先程大広間で、“飛燕”を見せてもらった時にそれとわかったよ。高い場所あるいは驚異的なジャンプ力で一定の高さから真っ逆さまに落ちる。そして地面に激突するすれすれの地点までの間に、身体を反転させて再び今度は低いジャンプで移動して敵をかく乱して倒す。直線から急降下したかと思えば急上昇して、戦う相手に的を絞らせないフリーズ流剣技の一つとされる技“飛燕”……話には聞いていたがたしかに見事なものだ」
どうだとばかりの話しぶりを、フリーズはどのような気持ちで聞いていたのだろう。天井に吊るされた瞬きの多い電球に照らされているその顔は、青ざめているようでもありその腕に握った剣の鋭さのように闘志をその瞳に燃えたぎらせているかのようでもある。
「貴様がハンス・リックだな。オレの名はおろか、“飛燕”の正体を知っているとなればまず間違いはあるまい。なるほど、あのワルターが弟子として目をかけただけのことはあるな」
「ワルター?ああ、あのエセ道徳家の偽善者か。オレ様に剣は人を殺すためだけのものではない、精神を鍛練するためのものなどとよく寝言を抜かしていたっけ。結果は無駄死にというわけだ。ま、口先だけのあの男の言う事など、オレはさらさら信じる気にも守る気もなかったがね。
あんたのことにしてもそうさ。奴さんはよくあんたを引き合いに出しては、生半可な腕では剣で独り立ちなどできるものじゃねえとしつこく言ってたもんだ。剣術家として、オレが次第に腕を上げていくことにあいつが嫉妬して、そいつをねじ伏せるためのホラだと思っていた」
隙あらばと相変わらず身構えているフリーズとは対照的に、ハンスはどこまでも己のしゃべくりを楽しんでいるようだった。背後にいる部下たちは今にも手を出したがっていたがどうすることもできない。
「だが、今夜こうしてあんたとその戦いぶりを見せられて考えを改めるべきだと思ったよ。少なくともワルターは一つだけ真実を伝えてくれたってことだ。それ以外には、な~んの存在価値もない男だったがな。さてと、無駄話はこれくらいにしとこうか。ところでデューク・フリーズ殿、おたくにはこの状況ではまず勝ち目はないな。せっかく勇者よろしく姫様を助けに来たのに気の毒なことだ。そこでだ、一つこちらから提案を出そうじゃないか」
言うな否や、隊長は腰からスラッと剣を抜いた。それは他の連中が使っているチンケなレーザーサーベルなどではなく、数百年前に名工によって鍛え上がられたという古刀であった。思えば数年前に軍隊へ入隊してからも、ハンスは軍指定のレーザーサーベルを馬鹿にして持とうとはしなかった。剣に対するこだわりは、いうなればこの男のポリシーなのかもしれない。
「このオレと差しで勝負をつけようじゃないか。あんたが勝てば生きてここから出してやってもいい。まあ、運悪く負けてしまったならその時はあきらめてもらうことだ。どうだい、いつまでもこんなとこで睨み合いをしてるよりはましだと思うがな」
「フッフッフッフッ……」
「やい、なにがおかしい!」
「隊長殿がおっしゃることに不満でもあるのかっ!」
それまで不動の姿勢で構えていたフリーズが、なにを思ったかダラリと腕を下げて睨み返してきたのである。そして馬鹿にしたような含み笑い。不気味に見えるはずである。
「大いに不満だな。おい、ハンス・リックよ、貴様は若いのになかなかしたたかな男だな。したたか過ぎるくらいだ。ハッ、わかってるさ、たとえオレが勝ったところで生かして帰すつもりはないことくらい。なにしろ貴様はあのワルターを爆弾で殺そうとしたくらい卑怯な奴だからな。幸い命だけは助かったようだが。今更、いい子ぶるのはやめたらどうだ。しょせん貴様は、てめえの影におびえる臆病者にすぎん。後ろの連中と同類ってことさ」
「なんだと」
「自分でもよくわかっているはずだ。必要以上に威張り返っているのはなんのためだ、いかにも自分が寛大な人間のように思わせるのはどういうつもりか。お前は自分の生き方に自信がないんだよ。だから、平気で人を傷つけ、汚い手で人を陥れても恥じることはありはしない。てめえだけじゃねえ、どいつもこいつもここにいる奴原は人間のクズばっかりだ」
「こ、この……」
サーッとハンスの顔から血の気がひいた。考えられる限りでは耐えようのない侮辱と思えたからだ。彼が剣を持つ手をブルブル震わせていることからもそのことがよくわかる。
「おや、随分と震えているようだな。やっぱり怖くなっておじけついたか。身体のほうは正直だな、ハンス・リックよ」
「貴様、言わせておけばっ!」
「隊長殿に対して、なんたる悪口雑言無礼の振る舞いをっ!」
「生きて帰れると思うなっ!」
もはや勘弁ならんと剣を持ち直して飛びかかろうとしたハンス・リックより先に、背後の部下たちが怒号を浴びせつつ拳銃を再び取り出してきた。このように場が荒れてしまっては彼は冷静にならざるを得ない。
「待て、待たんか!こいつとの決着はオレがつける。何人たりともいえども、手出しはするな!こらえろ、こらえんかっ!」
威嚇するように剣を振り上げながら、ハンスは吠えたてる部下共をなだめるしかなかった。空しい押し問答である。そしてこの瞬間、隙ができた!
「ウオオオオ~ッ!」
両者との距離は実に僅か数メートルしかなかった。雄叫びを耳にして、皆がハッと視線を向けたその時目の前まで隻眼の男は迫っていた。
(殺られるっ!)
少なくとも自分一人は犠牲になるだろう。観念しながらも、相手の剣さばきのほどを冥土の土産にせんとハンスは大きく目を見開いた。が、その姿が突然消えどこへと詮索する間もなく明かりが消えた。電灯が砕け散った後、静かに着地し遠ざかっていく足音を聞いた時、ようやくフリーズの意図に気づいた。
「しまった、追え、逃がすなっ!誰も撃つな、今だと同士撃ちになる!」
叫ぶが早いか、ハンスは誰よりも早く逃げ人を追った。走りながら何度も舌打ちし、己の未熟さを呪わずにいられなかった。
「クソッタレ、奴め最初から剣を交える気などなかったんだ。姫を逃がすための時間稼ぎだったのか。なめやがって!このハンス・リック様を怒らせてただですむと思うな!」
まだ間に合う。そう自分に言い聞かせながら、正面玄関のある広間へ通じる廊下を左へ曲がった時、彼は半ばよろけるようにして立ち止まり、ジロッと視線を一点へ集中させた。こちらも照明が薄暗かったが、相手の姿形を見間違えるということはない。剣を片手にダラリとさせた隻眼の男、ジーク・フリーズその人だ。なぜだろう。相手を認めた瞬間、妙におかしくなった。




