六、鬼神ジーク・フリーズ(三)
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「おお痛っ。まったく一星の王女とは思えぬ取り乱しようだったな」
わざとらしくジーク・フリーズが叩かれた頬をさすっていると、なによとふくれっ面をした王女クンドリーが睨みつけてきた。傍らではマリア・ウィドウが苦笑いを浮かべている。
「助けに来たナイト様を強姦魔と間違えるなんて、勘違いにもほどがあるぜ」
「だから謝ったじゃない。もう、男のくせにグチグチとしつこいんだから!」
「そんなに怒るこたあないだろう」
「怒ってなんかないわよ!」
「まあいい、無駄口はこれまでだ。逃げるぞ」
閉じ込められていた一室から階段へと向かっていく三人だが、ふとフリーズがなにを思ったのか、
「こんな時に聞くのもなんだが、パルジ星人てのは鳥のさえずりみたいな話し方をするんだな。なかなか面白い」
「そうよ、それがどうかして」
フリーズが言っているのは、クンドリーたちを救出しようとした際のハプニングからによるものだった。
「無礼者、このスケベ、バカ、近づかないでっ!」
縄を解いた途端、平手打ちをかませたうえに押しのけようと拳まで振るうものだから、
「おい、落ち着けっ!」
パニックになっている相手を正気に返らそうと腕を摑んだが、揉み合っているうちに手が彼女の耳につけてあったフォルス(超小型自動翻訳機)に当たったからたまらない。このイヤリング状のものがはずれるやいなや、クンドリーの罵りは小鳥のさえずりと変わってしまったのだ。
「なんというかあの時は驚いたね。実にかわいらしいというか……」
「えっ」
「あん時のさえずりがだよ」
「わかってるわよっ!」
「また、すぐ怒る。オレもいろんな星の人間と交流したことがあるが、鳥みたいな話し方をする人種というのは初めてだよ」
「別にパルジ星人すべてがああいう話し方をするわけではないわ。ニベリングリットといって、高い階級に位置するかそれに準じた位の者のみが使っている言語なのよ。一般庶民の話し方となると、同じ星の生まれとは思えないくらい理解しにくいらしいけど」
話しているうちに王女の笑みが懐かしさを思い返すようなものに見えてきた。何年も帰っていない故郷を思っているのか。
「すると、あれか。やはりオババ殿もそのニベルンうんたらかんたらを普段は話しているわけか」
「ええ、そうよ。なんなら、試しに聞いてみる?ねえ、マリア!」
「ハッ、なんでしょうか」
鼻水をズルズルすすり、咳込んでいる守役に声をかけたものだからフリーズあわてて、
「いやいや、待て待て!風邪をひいている人間を無理に話させるべきじゃない。また別の機会に」
ブルブルと首を振って止めた。聞かずともほぼ想像できたし、しわがれた鳥の鳴き声というのはお世辞にも美声とはいえまい。そんなこんなで、マリア・ウィドウが再び激しく咳込んだ。
「大丈夫、しっかりして!」
クンドリーがピタリと寄り添い、老婆の背中をさすっているさまを眺めながら、
「悪いがここから先は物音一つ立てないように控えてくれ。外で仲間が牽制してくれているとはいえ、いつ奴らが戻ってくるかわからないからな」
言い終わらぬうちに、外が騒がしくなってきた。銃声がしたかと思うと、僅かな沈黙の後に悲鳴とも怒号ともつかぬ叫びが遠のいていくような響きがしてきた。ざわついた調子で館の扉が開けられ、捕獲部隊が戻ってきたのはそれから間もなくだった。
「まずい、隠れろっ!」
階段の欄干に手を伸ばしかけていたフリーズは、後ろの二人を制し欄干の陰へと促した。戻って来た連中は愉快げな様子で会話を弾ませていた。
「まったく、だらしのない奴らでしたな」
「いっそのこと、一人か二人撃ち殺してしまえばよかったですね」
「奴らのあの泡を食った後ろ姿、見ていて腹を抱えたくなりましたよ」
部下が口々に威勢のいいことを言ってくるのに対し、ハンス・リックはあくまでも冷ややかであった。
「願わくは、いざという時の戦闘の時にも、それくらいの度胸を見せてもらいたいものだな。ア~ン?」
さすがにこの一言は効いたらしく、ハハハと力のない笑いを残して皆黙り込んでしまった。
「クソ、早過ぎる。もう少し時間を稼いでくれていたら……」
フリーズ、右目の眼帯を指でコツコツ叩きながらつぶやく。苛立った時の癖らしく、黒光りする金属製のそれは微かな音をたてる。見ているクンドリーは、彼のつぶやきや眼帯を叩く音が階下まで聞こえるのではと気が気でない。
「ちょっと、静かにしないと」
「わかっている。しかしこのままでは逃げようがない」
顔を寄せ合って囁いているさまは、まるで恋人同士の睦言にさえ見える。その間にも、階下の捕獲部隊は今夜の見張りの順番を決めるとばかりにジャンケンが始められようとした。
「どうするの。このままだと見つかってしまうわ」
「仕方ない。一旦奥へ引っ込んでみるか」
「でも、それじゃここまで逃げた意味がないじゃない」
「シッ、もう少し小さい声で。心配するな、こんなこともあろうかともう一つ手は打っておいた。ただ御婦人方二人ということで、できれば使いたくはない方法だったが……」
「方法?一体どんな……」
階下ではジャンケンに夢中になっているのに対し、階上では逃げ出す算段に花を咲かせている。双方自らの進退をかけているわけだが、肝心なことが一つ忘れかけられていた。
マリアである。この気の毒な老婆は、足を引っ張るまいとこみ上げてくる咳を息を詰めるようにして押し殺していた。それだけでも重労働といえた。だが、それ以上の試練が訪れようとしていた。さっきから妙に鼻がムズムズするのだ。蒸すような一室から抜け出している間に汗が乾いて冷えてきたのだ。我慢せねばならないことはわかっていた。しかし、咳をこらえることで体力を使い切ったに等しかった彼女には、もはやそれを止める術はなかった。
「そいつはだ……」
逃走の方法を話そうとしていたフリーズの声にかぶさるように、ブワックショーンという大音響がしたのはそれから間もなくのことだった。シーンと一瞬にしてあたりが静まり返り、あいこでしょと身構えていた数人が彫像のように固まってしまった。一旦出てしまえば止めようがなく、ゴホゴホゴホゴホと積年の恨み晴らさんとばかりに止めどもなく咳がこぼれ出ていく。
「誰だっ!」
怒鳴りながらハンス・リックが顎をしゃくると、今にも階段を駆け上がらんばかりに十数名が散らばった。
「も、申し訳ありませぬ……」
息をゼイゼイいわせながらマリアが詫びてくる。そうしたところでなにも変わるはずもなく、クンドリーは強張った表情でフリーズを見つめていた。
「まあ、仕方があるまい」
薄暗いなかで、そうつぶやいた男の横顔が笑っているように見えたのは気のせいであったか。
「姫さん、オババさまと一緒にうまく逃げ切ってくれよ」
「に、逃げるってどうやって……」
訳がわからない。告げられたところで、その意味を素直に解釈すべきかどうか、彼女はそれを判断することさえできかねた。だが、すぐに答えは出た。
「出て来い!顔を出したくないというのなら、おいっ!」
どちらが最初だっただろう。後にクンドリーは当時を振り返って思い浮かべたのだが、ついにわからずじまいだった。ただ、階下から突き上げてくる脅迫者の声に気を取られているうちに彼が行動を起こしたこと、それは事実だった。立ち上がり欄干に手を伸ばすまでの動作の素早さもさることながら、次の瞬間フリーズは視界から姿を消していた。
(え、なに?)
唖然としている彼女の耳にどよめきが飛び込んだのは間もなくだった。いないのも道理、フリーズは欄干から真っ逆さまに飛び降りていたのだ。下の連中は度胆を抜かれた。自殺かと、謎の侵入者の意外な行動にただただ釘付けになるだけだった。だが、フリーズ本人はいたって冷静だった。飛び降りるまでの僅かな間に、彼は敵の数とその位置、そして弱点さえも把握していた。後は行動に移すだけ。
(約十三名。階段の近くに三人、そこからやや離れて七人ばかり。そして欄干の真下に三名ほど…いる!)
真下にいた三名は相手の存在どころか、自分たちにぶつかってこようとするこの男の真意さえわかりかねた。離れて見ていた者たちは、飛び降りた者とすぐ下の仲間が衝突すると思った瞬間、思わず目をつぶった。ただ一人を除いては。そしてこの一瞬こそが彼らをパニックに陥らせた。
「おお!」
「ああ……」
「そ、そんな……」
それは驚くべき光景だった。薄暗い明かりで見えにくかったが、三人ともいつの間にか倒れておりただ一人ジーク・フリーズのみが剣を握って立っていた。
「すまん。手を抜く余裕がなかったのでな」
既に事切れているのだろう。物言わぬ足元の三名に詫びると、彼はそのままダッと捕縛隊とは逆の方向へと駆けて行く。
「追え、逃がすなっ!」
ハンス・リックの怒号を待つまでもなく、仲間を殺された者たちは怒りで獣のような雄叫びを挙げて後を追う。階上に残されたクンドリーとマリアが、助かったと深くため息をつくと、
グワタンッ!
激しい勢いで、目の前のドアが開け放たれた。すわ、他にも敵がいたかと思いきや、
「先生っ、無事ですかっ!」
姫様逃げなされと、体当たりしたマリアのほうが相手の頑健な身体にひっくり返されてあられもない姿をさらしていると、
「姫様ですか、あっしです。昨夜先生と居酒屋にいた…といっても覚えてらっしゃらないか。あ、オババさん、いきなりぶつかってきちゃあ危ねえじゃねえですか」
誰あろう、ザトペック親方その人だった。
「えい、触るなたわけ!ぬしぁのごときの助けなど借りぬわ!」
老いたりとはいえ女としての羞恥がはたらいたのか、差し伸べられた手をはねのけるマリアであった。さすがのザトペックも、この老婆には弱いのか決まり悪そうに頭を掻く。
「そなたは、たしかジーク・フリーズ殿が世話になっているという土方の親分では……」
二人のやりとりを見ているうちに、おぼろげながら記憶を手繰り寄せたクンドリーであった。
「土方の親分ですか……。まあ、ウチの連中にはレッキとした株式会社だから、社長と呼べと言ってはあるんですがね。おっと、こんなことしてる場合じゃねえな。先生に、十分たって戻ってこなかったら応援を頼むって言われてたんでさあ。この部屋の奥にある窓んとこにロープを張ってあります。御婦人方には大変でしょうが、背に腹は変えられやせん。行きましょう!」
その言葉を聞いたことでクンドリーはあっと思った。フリーズの奥の手とはこのことだったのだ。納得がいったということで、次のような一言が出た。
「そうでしたか。でも、その必要はありません。階下へ降りて正面から堂々と逃げましょう」
「えっ、ですが、下にはまだ奴らがいるんじゃ……」
「それなら心配ないぞえ。フリーズ殿がオトリになってわしらから彼奴めらを引き離してくださった。逃げるなら今のうちということよ」
「なんだって!先生がたった一人でっ!」
ザトペックの驚いた様子は意外でさえあった。なにより声がでかかったので思わず守役がたしなめたほどだ。
「これ、静かにせぬか。いくら追っ手がこの場におらぬとはいえ油断できぬのじゃぞ。それにぬしとて、フリーズ殿の強さは百も…ゴホゴホッ!承知であろうに…ウェックションッ!」
「まあ、そいつはそうですが……」
戸惑ったような親方の一言になにを感じ取ったのだろう。ただ、王女はなにかただならぬものをそこに見た気がした。
「親分さん、それとも社長さん?まあ、どちらでもよろしいわ。一体、フリーズ殿が一人ではどういうまずいことがあるというの!」
「まずいとかそういうのではなくて……。いや、まあ、話はまた後で、とにかくここを逃げ出しましょうや」
「待って!そなた一体なにを隠している!」
あわてて階段を降りようとしたザトペック親方の背中に、突き刺さるように言葉が響いた。恐る恐る振り返れば、そこには十七という年齢からは想像できないほどの威厳に満ちた一人の女性の姿があった。むろん若さからくる未熟さ、思慮の浅さも内に秘めてはいるだろう。ただ、少なくとも彼には目の前の少女が自分よりも遥かに巨大な存在に思えた。
話すべきかもしれぬ。ためらいがちであった男は意を決して口を開いた。
「実は……」
この続きは、年明けに掲載します。




