四、王女拉致(二)
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「お客さん、着きましたぜっ!」
運転手がそうどやしてきたのはもう何度目であったろう。やや放心の態でいたワルターは、顔を真っ赤にして爆発寸前でいる相手の存在に気づき、よろよろと転がるようにタクシーを降りた。その直後、「お勘定っ!」とついに男の堪忍袋の緒を切らせてしまった。
ホテル“エリザベート”の前にはドアマンが一人もいなかった。なにも彼を浮浪者の類と勘違いしてのことではない。それどころかホテルの前には、ついぞ見たことのない観光バスが二台エンジンをふかせたまま止まっていた。団体客が来たらしい。
ロビーを見渡すと、ホテルマンが所狭しとばかりにあっちにこっちへと動き回っていた。フロントでは二、三十人はいると思われる観光客が口々になにかわめきながら従業員たちを困らせている様子だ。まだ二十歳そこそこのフロントレディなどは初めて経験する忙しさのため今にも泣きそうな表情になっている。全員がかなりの年配で、目印代わりであろう同じパナマ帽やチョッキ、それと半ズボンを着込んでいるところを見ると、老人専用の観光ツアーといったところか。それにしても何故これほどの団体が……。
「ハーイ、皆さんまずは並んでお待ちくださいっ!お部屋のほうは後でキチンと振り分けますから、静かにしていてください!ホラ、そこのオバアサン、従業員にモーションかけないように。忙しいんですから皆さん。
あっ、もうそこ、そこのジイチャン二人、そんなとこで将棋なんてささない!エッ、違うチェスだって?そんなこたあどうでもいいのっ!とにかく皆さん落ち着いてっ!」
ツアーコンダクターと思われる若い男が金切り声で事態を収めようと必死だが、本人がこのザマでは問題外である。“第七太陽系地球農業協同組合様御一行”と書かれた旗を振り回しているところを見ると、これらの人たちは地球からの観光客ということらしい。なんとはなしに眺めていたワルターであったが、とその傍らからぶつかってきた者があった。
「わっ!」
普通ならワルターのほうがひっくり返るのかもしれないが、中肉中背の体つきの割には足のふんばりが盤石なのでよろめきさえもしなかった。もっとも相手が年配ということもあったが。
「イタタタ……」
勢い余って尻もちをついてしまったのは、このホテルのドアマンであった。真っ白な頭髪のところどころに申し訳程度のように黒いものが混じっているという、およそ世間の人とは反対の風貌の老人に手を貸すと、
「申し訳ありません。よく前を見てなかったためにこのような醜態を……。お客様のほうは大丈夫ですか」
助け起こしている相手に気遣われるのもおかしなものだ。
「いえ、私は平気です。こちらこそよそ見をしていたばかりにお仕事の邪魔をしてしまったようで……」
「いえいえ、お客様は神様ですから落ち度などあろうはずがありません。では、失礼します。仕事の途中なものですから」
「あ、ちょっと待ってください。この団体は地球から来たようですが、やはり観光ですか」
その瞬間、愛想笑いを浮かべながら立ち去ろうとしていた老ドアマンの表情が厳しいものになった。
「とんでもありませんや。奴ら、元を正せばここで生まれた連中ばかりですよ。食い詰めて地球に渡ってどうにか成功したってんで毎年里帰りしてくるんです。ですが、帰ってくる度にてめえの生まれ故郷の悪口を言い触らしたり、若い衆をたぶらかしたりとやりたい放題やってるクズ共でさあ。地球でどれだけいい暮らししてるか知りませんが、ここにはここのしきたりってもんがあらあな。まったくあっちに行った奴らは、どいつもこいつもろくでなしになって戻ってきやがる」
最後は独り言のようになってしまい、老ドアマンは振り返りもせず荷物を運ぶためか、バスのほうへと小走りにいった。残されたワルター、豹変した相手のありさまにポカンとしていたが、
(どうもこの星と地球の関係というのはあまりよろしくないらしい)
意外な事実を知らされて暗い気分となる。もっとも植民地と、それを統治する星との住民の折り合いの悪さというのは決して珍しいことではない。現に惑星パルジにおいても、ここ数年の農民蜂起が飛び火となって植民地となっている近隣の星々が独立を訴えている。
ここタンホイザーは、かれこれ百二十年も前に銀河連合政府から正式に地球へ払い下げられてから、特に暴動や独立運動といったものがついぞ起こらなかった近年においても稀な星だ。そういった歴史を知識として頭に入れていただけに、少し住民の感情を単純に考え過ぎていたのかもしれない。ワルターとしては、己の至らなさにただ苦い思いを噛み締めるだけだった。
(どこの星も問題を抱えているというわけか……)
あわよくばあのシルバー団体と接触し、地球への同行を頼もうと目論んでいただけに彼にしてみれば出鼻を挫かれたかのようだ。とはいえ、よしんば彼らと話し合う機会ができたところで、姫やあのうるさい守役のマリア・ウィドウが承知するかどうか。特にマリアは自分と年齢に差のない年寄りが大嫌いときているから、この計画はどっちみちうまくはいくまい。
(師匠の言う通りだ。本人はまだ若いつもりでいるが、あれはどこかの繁華街で立ちんぼしているやり手ババアと変わらないというのは。オババ殿には悪いが、たしかにそんな雰囲気はあるなあ……)
フリーズが口元を歪めてかの守役の真似をしてみせたことを思い出し笑ったが、すぐにその表情はこの世の不幸を一身に背負ったかのようなものに戻った。原因はむろんフリーズにある。
「姫に…どう言い訳をしよう……」
思わずつぶやいた一言に、彼の苦悩がすべて詰まっていた。結局、師を無理にでも引っ張ってくるという約束を守れず、今となってはどの面を下げて女主人に会えようと悲観的になりつつある。だが、しかし、当のフリーズがあの状態では……。
騎士の憂鬱とはよそに、ロビーの忙しさは極まりつつあった。
「ホラ、どいたどいた!」
「フロント!ボケッと突っ立ってないで、少しは手伝ってくれっ!それでなくても人手が足りねえんだっ!」
「待ってくれ、こっちだって遊んでいるわけじゃないっ!」
「ウチの若い衆知らねえ!?二、三時間前にトイレに行くっていったきり戻ってきやしねえ!野郎、サボリやがったなっ!」
「トイレで思い出した!ちょっとすませてくるから、これ頼まあっ!」
「オイ、従業員専用はまだ掃除中だ!行くんなら、ロビーの奥にしろ!」
「冗談じゃねえぞっ!それじゃ行き着く前に漏れちまわあ!」
「だったら好きにしろ!タコッ!」
「いいから、これ運ぶの手伝ってくれ!」
「押すなバカヤロウッ!こんなんでケガしたら、シャレんならんだろがっ!」
活気というより殺気と言い換えてもいいくらいの、ただならぬ雰囲気となっている。事実、六、七人ほどのホテルマンたちは休む間もなくロビーを行ったり来たりしていた。怒声に耐えかねて、三十前後のフロントマンがしぶしぶ荷物運びを手伝いに持ち場を離れようとすると、
「チーフ待ってください!私たちだけじゃとても賄いきれませんっ!」
三人のフロントレディが泣かんばかりに悲鳴を上げ、どこを向いても地獄模様。そうであっても、考える暇もなく動き回っている彼らがその点において羨ましく思えるワルターであった。
「VIPルームにお泊りのワルター様ですねっ!」
騒乱の場と化したロビーを通り抜け、エレベーターに乗ろうとした彼に声をかける者があった。服装からしてドアマンのようだ。今まで荷物運びに奔走していたのか、額といわず全身汗だくで制服が張り付いてしまっている。
「ああ、そうだが……」
「よかった、そばを通り抜けようとしていたところを危うく見逃すところでした。実は姫様が大事な話があるとのことで、お部屋のほうでお待ちしております」
「王女が?」
「そうです、よくはわかりませんが姫様は非常にあわてておりました。どうぞお急ぎください!」
いうまでもない。そのままエレベーターに、なぜかドアマンまで一緒になった。
「間違いなくワルター様を部屋まで連れて来いとの姫様のお達しですので!」
あくまでそう言い張られたのでは断わりようがない。VIPルームのある最上階に着くと、先にドアマンが降りて部屋のほうへと走り寄っていった。
「姫様、只今ワルター様をお連れしました。ハイ?わかりました!ワルター様、すぐにでもお話したいそうです。お急ぎをっ!」
まるで忠実な下僕気取りだ。そういえばこの男、昨日姫の美貌に見惚れてつい荷物を取り落してしまったのだ。あの時の光景が思い出されて、ワルターの顔に苦笑が浮かぶがそれも一瞬だけである。
「姫、ワルターです。失礼いたします」
軽くノックをすると、ドアに手をかけた。人影はなかった。開けて目の前に広がるかのような応接間はまったくの無人であった。奥のほうかもしれない。
「どこにいらっしゃるんです、姫?」
不審を感じながらも声をかけてみる。その目に白いカーテンがゆらめくさまが飛び込んできた。ベランダへの窓が開け放してある。物思いに耽る時、王女クンドリーはいつもベランダから外を眺めるくせがあるのだ。
「そこでしたか」
フッと頬をゆるませながら、ワルターはベランダへ足をのばしていこうとした。だが、彼は気づいていなかった。静かにドアが何者かによって閉められたことを。そして、彼の背後でキラリと光る物が……。




