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四、王女拉致(一)

 濛々と土煙を立ちこめさせながら疾走していたエア・タクシーが止まったのは、なんでもないもはや廃墟と化した空き屋敷の前だった。王女クンドリー、守役マリア・ウィドウ、最後にゴブリン伯爵が支払いをすませると、無人となったタクシーはそのまま未練もなく走り去っていった。

「ゴブリン伯、なにもオートシステムのタクシーを利用する必要はなかったのではないですかな。あの運転手がいない車というのはどうにも不気味でならぬわ。のう、姫様」

 同意を促す守役に、王女うなずきつつ、

「私もあまり好きではないわね。こんな辺鄙へんぴな土地に無人タクシーがあったこと自体、奇跡に近いでしょうけど。留学先では、タクシーといえばすべてオートシステムの無人車ばかりだったから、せめてここでは人が車を動かすさまが見られて楽しんでいたのに」

 女性陣のヒンシュクに、ちょび髭の伯爵殿タジタジとなりながらも、

「いえ、今日お会いする人物というのは大変用心深い男でして、秘密の話をするのには部外者は一切近づけるなと言っていたものですから」

 それでも気弱げに話せば、

「でしたらなぜワルター先生も同行させなかったの。あの方が例の片目の男の所へ行く前に、そのことを話していれば二度手間を取らせる必要はなかったのに」

 王女がやや不興げにつぶやく。女主人の機嫌を損ねまいと、伯爵も必死になって弁明する。

「ま、まあワルター殿にはお気の毒だが、あの男どうも信用がならん。たしかに腕が立つのだろうが、大金をふっかけたり姫様に無礼を働くなどとても紳士的とはいえん輩です。そうはいってもワルター殿の師匠である手前、後日また会った際に断わればすむであろうと思い、あえて騎士殿には今回は同行を見合わせてもらった次第です。姫とて、あのような下衆なる者に陛下救出を依頼するなど、本気で思っていなかったはずです」

「そうね、たしかに好意的とはいえなかったけど……」

「わたくしはなかなか気骨のある男と見ていましたがのう」

 伯爵に誘われるまま否定の意思を表した王女に対し、守役のほうは独り言のようにつぶやく。お互い捉え方に違いはあるだろうが、その件は今ここで論じ切れるものでもない。

 “この先工事中により、関係者以外の立ち入りを固く禁ず

               ザックス土木建設会社

               TEL

               ×××―××××  “

 土埃にまみれた立入禁止の立札を横目で睨みながら、三人は建設現場をふさいでいる古ぼけた木製のドアを軋ませ中へと入る。むわっと、カビくさい臭いが充満しており、眉をしかめたクンドリーはハンカチを口元へ寄せた。

「ひどい所ね。外から見てもそうだったけど、中はそれ以上に……」

「ハハ、人気のない所でのほうが話がしやすかろうとの先方の条件なものですから」

 薄暗い室内を伯爵、姫、守役という順に入っていったが、やがて、

「お二人はここでお待ちください。私は今から先方を呼んでまいりますので」

 どうにも落ち着きのないゴブリン伯爵は、ロビーと思われる一角のソファーに座を勧めると、そのまま奥へスウッと入っていってしまった。バタンッと軋みながらドアの閉まる音がした後、ため息をつく王女を前に、

「姫様、おかしいとは思いませぬか」

 マリアが声をひそめてきた。

「なにがです」

「ゴブリン伯の態度がです。まるで何かに怯えているかのようなあの仕草、どうにも腑に落ちませぬ。なにより、なぜこのような寂しき場所で会見を望んだのか」

「それは先方の条件というから……」

「そこがまずもっておかしい。わたくしらは、あるいは伯爵を信用し過ぎて軽はずみなことをしてしまったのではありますまいか」

「まさか、彼は始祖以来の王室に忠誠を誓った誉れある伯爵家のあるじよ。私を欺くようなことを……」

「なさらぬとでもお思いか。あの陛下の弟君である公爵家までもが、この度のような裏切りをなさった。今なら間に合うかもしれませぬ。さ、一刻も早くここを出ましょう!」

一秒でも無駄にできぬとばかりに、マリア・ウィドウが座りかけていた王女の腕をむんずと掴んだ。

「ハハハハハッ!」

 どこからともなく笑い声が響いてきた。他には誰もいないと思われた薄暗いこの場所にだ。

「誰じゃっ!」

 守役が今にも入れ歯を吹き飛ばさんばかりに怒鳴ると、手を叩いているのだろう。パチパチと拍手の音がゆっくりと乾いた響きをさせて近づいてくる。

「さすがは守役マリア・ウィドウ。だてに百年も生きてはいないということか。が、惜しむらくは気がつくのが遅過ぎたということか。人間、耄碌もうろくだけはするものではないな」

 靴底に鉄板でも仕込んであるのか、声の主が一歩一歩と進める度にカツーンカツーンという音がこだまのように返ってくる。

(軍人のようじゃな。靴音のリズムが一定している。規則正しい歩き方を習慣づけられた者の特徴じゃ。すると相手は……)

 姫を己のちっぽけな背に隠しながら、老婆はジッと目を凝らす。どこかの破れ目から差し込んでいるらしい陽の光に、彼の顔が飛び込んできた時ようやくその正体はたしかなものとなった。

「噂には聞いていたが、やはりぬしが追っ手であったか。ハンス・リックよ!」

 怒りで指し示した指をわななかせている老婆に、後ろの王女、

「えっ、ハンス・リックですって!す、すると、あの男は先生の……」

「そうです。騎士ワルター殿が本星パルジで剣術を指導した男ですわい。その類稀なる資質を買われながらも、心根に難があるとし免許皆伝を授けられなかった者です。あまつさえそれを恨みに思ってか、クーデターに加担し師を亡き者にしようとしたならず者!人の皮をかぶった外道とは、ぬしのことをいうのじゃっ!」

 マリアの人物評はなかなか手厳しい。元々人の好悪が激しいたちだけに、一度嫌われると悪鬼羅刹の如き切り捨て方をされる。非人扱いをされたハンス・リックはさすがに苦笑気味に、

「言ってくれるぜ、まったく。なるほど、王室に仕える貴族共が老婆マリア・ウィドウだけは敵に回すなと恐れるだけのことはあるな。だが、ひとまず訂正だけはさせてもらおう。このオレ様がワルターを恨んでいたなどという話、そいつはデタラメだ」

 二人まであと十数メートルというところまで近づいたこの男は、ソファーの側にあった革椅子になにを思ってか腰かけた。まるで何事もなかったかのように彼は足を組んだ。マリアの背中越しに様子を窺っていた王女は、ようやくハンス・リックなる者を観察できた。

 端正な顔立ちでギラギラとした鋭い目つきを除けば、どこかの王子といわれても信じてしまいそうな感じであった。ただそれを否定しきれるのは、この男が漂わせる肉食獣のようなどこか殺伐とした雰囲気ではあるまいか。やはり育ちというのは隠せないものらしい。

(いかにも野蛮人てタイプね。先生の愛弟子だとは聞いていたけれど、あの穏やかなワルター先生とはまったくの正反対!)

 嫌悪のため身震いさえしたが、なぜかクンドリーは彼の中に惹かれるものを感じていた。それどころか、初対面にも関わらずどこかで見覚えがある、そんな想いも浮かびつつあった。

「オレ様がワルターを恨んでいたというのはまったくのウソっぱちだ!なぜなら、オレの技量は既に奴をとうに追い越していた。今更自分より劣る者から免許皆伝を貰ったところでなんになろう。むしろこのオレを恐れて、精神がなんのとたわ言をぬかしたあいつを軽蔑さえした。奴を殺そうとしたのは他でもない、あの君子ぶった思い上がりが気に食わなかったからだ。まあ、そんなことはどうでもいい。さて、と、ご婦人方」

 頬づえをつきながら口元を歪めるハンス・リック。その表情は今まさに獲物を狙うオオカミのようだ。

「このまま黙ってオレと共にパルジまで同行してもらおうか。なあに、ほんの一月足らずの旅だ。公爵の補佐役であるワルハラ首相がそこのお姫さんにえらくご執心でね。生きたまま連れて帰ってこいとのお達しだ。おっと、くれぐれもここから逃げ出せるなどと甘い考えは持たないでくれよ」

 隙あらばと後ずさりしている二人への牽制であろうか。彼がパチンと指を鳴らすと、

 ガタッ

 ガタッ

 ガタガタッ

 合図を待ちかねていたらしい。一人、また一人とロビーの端々から立ち上がる者たちがいた。彼らはやがて規則正しい歩幅で二人の周りを囲み、ハンス・リックの指が三度鳴ると、直立不動の姿勢で立ち止まった。薄暗いため特徴を摑み切れなかったが、全員がハンス・リックと同じ真っ黒な服装であった。

「ヴァーン王室第三王女クンドリー姫特別捕獲部隊の面々だ。そして僭越ながら、オレが隊長を務めている」

十数人はいると思われる追っ手を前に、もはや王女たちの命運は風前の灯だった。唇を噛み締めて睨みつける二人を前に、リックはさも心地良さげに右手をピストルの形にしてバンッと撃つ真似をすると、

「そういうわけだ、ご婦人方。これにて、ゲームオーバー!」

 クククッと乾いた笑いが、すべてを決定したかのように響いていった。


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