三、ワルター再び(四)
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ファルの中心部に位置する“北の広場”に群集が固まるように押し寄せてきたのは、雪のちらつく十二月十五日の昼下がりだった。
「我々にセイハイを!」
「同じ人間を差別するな!」
「王室と政府は一日も早い事態の改善をするべきだっ!」
大学教授やジャーナリストなど、知的階級の人たちによって行われた演説からすべては始まった。ここ一ヶ月の間、週末に開かれた広場シンポジウムは噂が噂を呼び、いつしか地方から農民までが参加するようになった。そして運命の日、単なる討論だけでは飽き足らなくなった聴衆から待ち受けていたかのような叫びが―。
「このまま王宮まで行き、我々の窮状を訴えようではないかっ!」
「そうだそうだ!」
「政府の横暴なにするものぞっ!」
一旦燃え出してしまったら、もはやそれは火元となった知的階級にも止められるものではない。“我々にセイハイを!”をスローガンに、群集はゆっくり広場から行進していった。遠巻きにこのさまを眺めていた人々は後に口を揃えて、
「まるで死を覚悟した殉教者のような厳粛さを誰もが漂わせていた」
とその印象を語った。まさに彼らは別世界の異民へとなり変わっていた。もしもという言葉が許されるとしよう。宮殿までは広場から北西へ十八・八三キロという道のりであった。この事実一つにだけでも気がつきさえすれば、それだけでこの行進は避けられたはずだ。誰一人として冷静な判断力を残してなかったのだろうか?
当時数百名はいたと思われるこの群れていった者たちは、互いに肩を組み邪魔するものは踏み潰すといわんばかりの勢いだった。雪や風が舞う中息をはずませ時として意味不明の怒号をわめきつつ、道路一杯に広がって前を進んでいった。
彼らが軍隊と衝突したのは、それからほんの二、三十分経った頃だったろうか。軍隊といっても、それは大半が農家出身の庶民兵団であった。ヴァーン王室には正規の軍隊は未だに宮廷を警護する近衛兵団がそれだという意識が残っている。この兵団はすべて貴族の子息によって構成されていた。そして今、群集を通せんぼするように控えているのは、かつて同じ村で暮らし同じ飯を食らったはずの、そういった類の者たちで構成された兵団であった。複雑でさえある。
「この先を通ることは相成らん!早々に解散して己が家に帰るがよい!」
初老の、鼻から顎にかけて髭を存分に生やした師団長クラスと思われる男が、静かだがゆっくりと教え諭すように呼びかけた。
「お主らの不満は十分にわかっている。国王陛下は、我ら民草のことをいつも気にかけていらっしゃる。そのことを信じて、今は黙ってこの場を去ってくださらぬか。よいか、子を想わぬ親がどこの世にあろう!」
あるいはこれが軍人風を吹かす輩であったならば、集まった民衆は苦もなく抵抗していったことであろう。が、どこか小さな農村の村長を彷彿とさせるこの師団長の風貌、仕草、話しぶりに次第に人々の熱気は静められていこうとしていた。やがて、どうすると口々に小声で相談しあい、一人また一人と群れから離れていく者が出始めた。すべてはそれで収まるはずだった。
「やかましい、くたばれこの老いぼれ!」
怒声と共にどこからか石が飛んできた。この者のこと未だに不明である。石は、まるで狙いすましていたかのように師団長の眉間に当たった。老兵は声もなく、目を見開いたまま地に伏した。
パーンッ
まるでそれが合図であったかのように銃声が響いた。後はもうどうしようもなかった。猛り狂った兵士たちは、手に手に剣と銃を従え群集に襲いかかった。もはやその気のなかった民衆にとってはまさに降ってかかったような災難となり、ただただ逃げ惑うだけ。阿鼻叫喚の渦はやがて無関係の人々にも向かい、殺戮は終わることなく続こうとしていた。そして、積りつつあった雪は真っ赤に染められ、大地を覆わんばかりのありさまとなっていく。
※
やや離れた所から男たちの猥雑な会話が聞こえてくる。フリーズはそれに耳を傾けながら、こいつらには聞かせたくない話だと唇を噛み締めた。話し手のワルターにしても、怒りで拳を握りしめながら息を吐いていた。元々、話し上手ではないうえに情の厚い男である。やむを得ぬとはいえ、殺し合いの話をせねばならなかったことにだいぶつらい思いをしたらしい。額が汗でびっしょりだった。
「大丈夫か……」
フリーズがそう言って、首にかけていた手ぬぐいを差し出した。何日も使い込んでいるであろうと思われるそれからは、プンと鼻をつく臭いがしてくる。さすがにありがた迷惑なので、
「いえ、平気です」
ワルターは断わり、手の甲で汗を拭う。できれば触れたくなかった惨劇を思い出してか、寒気にも似た感覚が甦ってきているかのようだ。目を閉じてもう一つ大きく息を吸った。
「死者は民衆側が百二十七名、兵団側は石を眉間に当てられて即死した師団長のみ。ケガ人も多少は出ましたが、武器を携えた者とそうでない者との争いでは話にもならない。殆ど無抵抗の相手に対して勇み足をしてかすり傷を負ったり、転んで踏みつけにされたとか、軍人として見せてはならない醜態をさらした連中がいたこと自体噴飯ものです!なによりあまりに軽率過ぎました。
政府の対応もなってはいません。かろうじて逃げ延びた知識人など、もっとも捕えられた者の九割方はそういう連中ばかりでしたが、後日内乱罪と称して逮捕し容赦なく断罪しました。たしか二、三十人くらいは公の場で処刑されましたが、獄死という形で闇に葬られた人間も入れればまだかなりいるでしょう。いずれにしても、この事件が元で民衆の王室への反感は一気に爆発して、地方に農民蜂起を引き起こす原因となってしまった」
「そして今回のクーデターか。まったく年中お祭り騒ぎをしているような星だな」
「祭り…ですか……」
師の痛烈な皮肉に、ワルターはただ苦笑いで応えるしかなかった。たしかに当事者でないものにとっては格好の見世物にすぎないのかもしれない。しかしフリーズの毒舌はそれだけに留まらなかった。
「いずれにしろあの姫さんは、その辺のことをどう考えていらっしゃるのかな。正義感ぶった口をきくのも結構だが、自分たちがやってきたことをもう少し認識したほうが……」
「いえ、姫はなにも知らないのです!どうかあの方を非難なさらないでください」
「どういうことだ」
「クンドリー王女はもう七年も前から、こちらの銀河のとある先進星に留学されていたんです。私がかの王室に召されたのも、そもそものきっかけは四年前の銀河剣武大会で優勝した際、星賓として試合を観戦していられたあの御方に見出されたからです。
以前先王には恩義があると言いましたが、姫に対してはそれ以上の恩がございます。だからこそ、あの方を悲しませるようなことはしたくないし、命に代えてもお守りしたいのです」
話しているうちにワルターの目がうるんできた。初対面の者なら何事かとギョッとするが、弟子の人となりを知り抜いているフリーズはまたかとでもいいたげに顔をそむけていた。
「じゃあ、姫さんは本当のことを」
「一切お話していません。実の叔父が自分の父親を蹴落として王位に就こうとする、それだけでもショッキングだというのにそうなるまでに至った事情までどうして話せましょう!」
「だが、いずれは知らねばなるまい。まずは、その点を整理する必要があるのじゃないか。用心棒やら助っ人を頼むのは片がついてからでも遅くはあるまい」
もはや話すことはないと言いたげに、フリーズは立ち上がった。見放された、とワルターは思った。いや、思い込んだ。だからこその行動であろうか。
「先生!」
恥も外聞もない。師をこの場から立ち去らせてはならないという強烈な思い込みが、彼をして土下座という形へと駆り立てた。
「お願いします、先生!とにかく…とにかくもう一度姫にお会いしてください!話せばわかります!たしかに、解決するべきことが残ってはおります。
しかし、まずは先王を救出しなければいけません。すべてはそこから始まるのです!先生、私を哀れと思ってくださるなら、このまま黙って一緒に姫とお会いしてください!この通りです!」
深々と、まるで地べたを這いつくばるカエルのような弟子の姿勢に、フリーズはただ苦虫を噛み潰すだけだった。
「ワルターよ、オレは貴様に剣を教えこそした。だが、それも八年前までの話だ。オレ自身があの時行方をくらまして以来、師弟の関係は切れた。だが、どうしてもというのなら、地球にいる知り合いに頼んでみる手もある。それで手を打っておけ」
さすがに気の毒になったのだろう。立て膝で屈むと、そっとワルターの肩に触れてなだめるように囁いた。
「ですが、その方が必ずしも協力してくださるという保証はあるのですか。先生、お願いですから、まずそのことを姫の前で断言なさってください!」
この男もだいぶむきになっている。誠意が伝わらないことの歯がゆさがそうさせるのか。ワルターの依怙地さに、今度はフリーズのほうが手を焼く形となった。
「それはできん。個人的にこの問題に関わりたくはないのだ。紹介状を書くから、それを持って地球へ行け。そしてフランツ・ジェスマイヤーという老人に会うんだ。オレの亡き父、リヒャルトの親友でオレ自身小父として尊敬していた人物だ。
長いことこちらが地球へ帰らなかったため音信不通だったが、オレの頼みと聞けば一も二もなく承知してくれよう。 剣術家として今でも地方で門弟を教えているというから、意外な掘り出し物があるかもしれん。な、そうしろ」
「なぜです、なぜ先生が直々に頼んではくださらないのですか。このような辺鄙な星で、先生は一生を終えてもいいというのですか。お願いします、私と一緒に姫の力になってください!共にフリーズ流剣術の技をもって正義のために戦ってくださいませんか!」
もはや口でいってきかせられる状態ではなかった。涙とよだれで顔をくしゃくしゃにしたワルターを前に、フリーズは大きく息を吐いた。わかっていたことだが、あまりにも手強い反撃にさすがの彼も考えこまずにはいられない。
(どうする、口でわからないのならばいっそのこと……)
やむを得まいと思い、フリーズは固く拳を握り締めた。
「先生たち~、なにをそんなところでしょぼくれてんでさあ。こっちィ来て、オレらと楽しくやりませんかいっ!」
四苦八苦している二人の様子が滑稽に見えたのだろう。離れて飯を食らっていた男の一人が、ヘラヘラ笑いかけてきた。顔が真っ赤になっている。憂さ晴らしのためか、一杯といわずだいぶひっかけているらしい。仕事中はほどほどにしておけと言ったのに。調子っぱずれな男の声を聞きながらフリーズはため息をつく。視線はワルターに注がれたままだ。
「まあ、ムシャクシャしたときゃあ一杯やるのが一番でさ。ほれ、先生」
相手の気持ちなどまったくお構いなしだった。物の見事に受け止めると信じ切っているのだろう。男はフリーズに向かって、勢いよく安酒の瓶を放った……。
次回、「王女拉致」に続く。




