第3話 破滅
(回想)
「・・・なんで、そんなに勉強が得意なの?」
いつものフードコート。
私がそう尋ねると、彼女は何食わぬ顔で「勉強してるからね」と答えた。
「だって、私が勉強が苦手になったら彼女たちもイジメをやめちゃうかもしれないじゃん」
あまりにも納得のできない論理だったが、彼女にとっては普通の話らしい。
「勉強はね、皆馬鹿にしてるけど、将来役に立つのよ」
さすがに、それくらいはわかっているさ。
「真彩は、何か将来やりたいこととかないの?」
突然そんなことを質問されて、私は驚いて「へっ?!」と声を裏返らせた。
彼女は私のそんな驚き様は気にもとめずに「将来の夢とかないの?」と再度聞いてきた。
「え、まあ、・・・普通にいい会社に就職して、」
もちろん、そんなビジョンはまったく見えていなかった。
人に認めてもらいたい気持ちはいっちょ前にあるものの、できれば人と関わらない仕事をしたい。
具体的な夢とか目標はない。進学校にいるけれども、別にそこまで高いレベルの大学を目指しているわけではない。
「へ〜、まあいいんじゃないの?」
彼女のその投げやりな返答にも困ったが、なんとか会話を繋がなければいけない、と思った私は麗奈に「麗奈も、・・・何か夢とかあるの?」と聞いた。
「そうね。神になるってのが一つで、・・・あとは、まあ特にはないよ。でも、世界の価値観を覆すような大きなことをやってみたいわね」
また、壮大なことを言うもんだ。
「で、麗奈ならできると思うよ!!」
そんな軽薄な言葉が、ふと私の口から飛び出た。
すると、彼女は少し驚いたような顔をしてから「大丈夫だった。別に、本気でそう思っているわけじゃないわ」と言ってきた。
「私はね、賢いから現実が見えているの。そんな夢を持っていたって、結局はできない。世界征服以外なら、なんでもできる気がするんだけどね」
彼女に支配された世界なんて、想像すると恐ろしい。
「皆さ、反発することしか知らないんだよね。反発ばかりして、自分が賢いと思う。自分が賢いと思うから反発をする。これってセットなんだよ。私は、自分が賢いっていうのがわかった。自分が賢いって知ってるから、反発なんてしない」
いまいち、彼女の言っていることはわからない。
「・・・そうなんだ」
良くない癖だな、と思いつつも私は適当に返事を返した。
「真彩ちゃんはさ、一人でいると寂しいの?」
心臓がどきっと跳ねる。
突然の言葉だ。
寂しい。今は、彼女がいるから紛れているけど、一人は寂しいし怖い。
「一人はいいよ。孤独だって、何にも気にすることはないよ。孤独という状態は異常だとしても、その異常な状態であることに問題はないんだよ」
彼女のようにはなれない。
毎度、そう思う。
私は、一人には耐えられない。
「そもそも、今の社会こそ他人と関わる必要なんてないんだから、孤独でいたって全然問題ないのよ」
「いや、・・・そうはいってもね、」
「私はね、小中友達は一人もいなかったし、まあ別に欲しいともあんまり思ったことがないんだよね。ん〜、まあ気にしないのが一番だよね」
(現在)
「・・・あの、なんですか急に?」
復讐をしたい。そのために、何をするべきか。
私の思いついた方法、それは
「・・・いや、少しお話でもしようと思いまして」
彼女の名前はレイラ。ユリウスの妹だ。私が婚約を破棄された原因でもある。
彼女は、レイラに似ていて苦手だった。それに加え、やけに私に話しかけてくるのだ。
彼女と話す時は決まって、私はずっと下を向いて、蚊の鳴くような声でボソボソと答えていただけだった。それに、会話もなるべく長く続かないように無理やり終わらせたりしていた。
それが、誤解されたのだろう。
でも、麗奈が言っていたじゃないか。誤解をする方が悪い、と。それに、それだけで婚約破棄をされたのだ。
許せない気持ちは、きっと多くの人にわかってもらえるはずだ。
「その、婚約破棄の件につきましては、その、なんと言えばいいのか、・・・私も兄から知らされておりませんでしたので」
ああ、そうかいとしか思わないな。
でも、こいつはどことなく麗奈に似ているのだ。そう私を気遣うような笑顔を見せても、そこに感情が乗っているようには見えないし、いつもの笑顔にも感情が含まれているようには見えない。
呆れや退屈とか、諦めとか、そういう類の感情すらないように見える。
「私も、ユリウス様とだいぶ長くお付き合いしていましたが、ああいう方なのですか?」
ユリウスは、かなりのシスコンだった。シスコンというか、家族を大事にするタイプの人間だった。
何をするにしても、「まずは母上に許可を取らなければ」という考えの人間だ。
別に、彼の母も毒親には見えなかったので大した問題はないのだと思うが、彼もいい年なのだからそろそろ家族離れをするべきだ、とは思っている。
「兄は、自分勝手な人間ではありますね」
私だって、長年付き合っているのだからそれはなんとなくわかっている。
やはり、家族から見てもそういう人間だったのだ。
良くも悪くも、自分勝手な人間だった。
私が喜びそうだと思ったら、押し付けがましく誘ってきたりする。狩りなんてまったく興味がないのだけれど、おそらく彼は私が喜ぶと思ったのだろう。
何回も付き合わされ、その度に退屈だと思いながらも、彼の気持ちを無下にするのはいけない、と思って我慢していたのだ。
「ユリウス様から、婚約破棄の理由については聞いているのですか?」
しかし、さすがに怪しまれたのかレイラは「なんか、ルルカ様いつもと様子がだいぶ違いますよね?」と聞いてきた。
私はとっさに「その、婚約を破棄されてしまったので、私も変わらなければ、と思ったのです」と答えた。
もちろん、そんなことは一ミリも思っていない。
「兄からは特に聞いていません。婚約を破棄するような要素もどこにあったのか、検討もつきませんし。私たちも仲良くしていましたものね」
レイラは、どうやらまともなコミュニケーションを取れていなくても私と仲良くしている、と思っていたみたいだ。
「え、ええ、そうですね」
仲良くしていたつもりもないし、今だって復讐のために無理やり喋っているだけでかなり苦しいのだ。
「ほんと、身勝手な人間で申し訳ないです。まあ、悪気はないと思うんですけどね」
「そうですよね。正直、お兄様のことってどう思っているんですか?」
すると彼女は「別に、ただの兄ですよ」と言ってきた。
「でも、いいですよね。ああいうのが国を支配できるなんて。羨ましいです。私だって、もっと面白いことをしたいのに」
レイラは不意にそんなことを言った。
「ルルカ様の気持ちもわかりますが、あまり引きずっていても人生明るくなりませんよ」
突然そんなことを言われた。
「別に、兄に何か思い入れがあるのですか?まあ、婚約していたときは仲が良さそうに見えましたけど、あまりこだわっているのもどうかと、」
心臓の鼓動が加速する。こいつは、私の心を読んでいるのか?
それとも、私の考えなど手に取るようにわかる、ということなのか?
ユリウスが妹を大事にするなら、私は苦手だけれども、頑張って妹であるレイラを追い詰める、もしくは彼女を使ってユリウスを追い詰めてやろうと思っていた。
がしかし、そんなことはわかっている、ということなのか?
「まあ、いいですよ。復讐するのが人生の生きがいなら、やればいいです。でも、そんなことをしたところで所詮は、この世の中は兄のような人間のためにあるんですよ」
そういって、レイラはにいっと笑った。
突然、背中をチクチクとムカデが這うような悪寒が私を襲った。
「そして、今日はどんな用だったのですか?」
「え、・・・いや、・・・すいません、やっぱ大丈夫です」
私はそういって立ち上がった。
もう、無理だ、私には。彼女はそんな私を見て「また、お話しましょうね」と言って微笑んできた。
私はなるべくその顔を見ないようにして、彼女の部屋を出た。




