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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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九十七、劉備玄徳

 さて、順調に冀州各地の賊を討伐し、広宗方面に追いたてていく董卓であったが、下曲陽かきょくようという城で事件があった。


 この下曲陽は広宗と同じく太平道の発祥の地である鉅鹿郡に属している。

 郡の北側にあり常山国、中山国、安平国との街道、河を使った船の接続点にあたる要地である。


 この城もまた盧植更迭の際に緩んだ包囲から脱出した黄巾賊の一団に乗っ取られていた。

 黄巾の将は程遠志ていえんしと言い、元々幽州にいたが例の蒼天已死黄巾當立の時に呼応して蜂起した。

 張角の弟、張宝の配下であり兵五千を預けられている。

 その五千を擁する下曲陽の城に漢軍が攻めてきているのだが、どうにもおかしなところがあった。


「どう見ても五百ほどにしか見えませぬ」


 と副官の鄧茂とうもが言う。

 程遠志が見てもそれくらいしかいないように見える。

 何かの策か罠かと思うが、それにしては伏兵の類いも見当たらない。

 しかも、その五百の兵装がバラバラなのだ。

 先祖伝来の古めかしい鎧を着ている者もいれば、どこかで拾ってきたのか身の丈にあわないつぎはぎだらけの鎧の者もいる。

 なんなら鎧を着ていない者もいる。


「このまま籠城すれば勝てる、が」

「我らをここに足止めする気でしょうか?」

「それにしては数が足らん」


 広宗は包囲されているが、まだ漢軍の新たな指揮官は着任していないようだ。

 程遠志ら脱出組の任務は各地を襲撃し、人と物資を補充することにある。

 この城に足止めされてその任務を果たせないのはどうにも腹立たしい。


「しからば私が兵を率いて蹴散らして参りまする」


 という鄧茂の提案を程遠志は飲んだ。

 敵の三倍、千五百もあればたいした被害もなく五百やそこら蹴散らせるだろう。


「よかろう。千五百を率いて出撃せよ」

「了解いたしました」


 と鄧茂は兵をまとめ、外に出た。


 外に出てきた黄巾の兵に、五百の漢軍はぐちゃぐちゃの戦列で襲いかかってきた。

 そこらの野盗の方がまだ整っているような有り様で、鄧茂は敵の意図がわからず、わずかに怯んだ。

 そこに躍り出たのが虎のような顔と勢いの若者である。

 手にした長槍をぶんぶんと振るい、一気に指揮官である鄧茂の元へやってきた。


「貴様ッ!」

「遅えッ!」


 鄧茂が武器を振るうより早く、虎のような若者は長槍を大きく払った。

 その切っ先は守るまもなく鄧茂の首を掻っ斬った。

 指揮官をやられ、浮き足だった黄巾賊に漢軍からもう一人武芸に長けた武人が進み出て逃げ腰の黄巾兵をバッタバッタと斬り伏せていく。

 長く伸ばした髭が行動の度にゆらりと揺れる。


 しかし城の中で程遠志もただ見ていたわけではなかった。

 鄧茂が討ち取られるやいなや、兵をまとめ城門から討って出た。

 一気に十倍の差の敵軍に追い詰められていく五百の漢軍。

 いかに剛力な武人がいようとこれほどまでに広がった数の差をひっくり返すことなどできないのだ。


 董卓軍が下曲陽に到着したのはその時だった。

 無謀な攻撃を仕掛けている者がいる、という報告を受け急行した董卓は現地について兵を編成せずにそのまま突撃した。

 五百の弱兵を飲み込もうとしている五千に、横から三千が突っ込むのだ。

 五百対五千なら数の差で勝敗が決まるが、三千対五千ならば将兵の質で勝敗はどう転ぶかわからない。


「食い散らかせ!」


 董卓の号令に、董卓軍の七割以上を占める騎兵が突撃していく。

 元来、羌族の騎兵は短弓を射ち、相手の防備が崩れたところに突っ込んでいくものだが、この相手には必要なかった。

 横から騎兵の群れが現れたことに気付いても、すでに勢いは前の方へ向かっているため防御行動が取れないのだ。

 ほとんど無抵抗の相手を董卓軍は横断した。

 そしてそこにできた隙間を斬り広げていくように第二、第三の部隊を投入していく。

 散々に暴れまわると、黄巾賊は整列も何もあったものではなく、何もかもがぐちゃぐちゃになっていた。

 その突撃の最中、程遠志も戦死している。


 敵将が死んで、そして兵卒の三割も亡くなればその軍はもう壊滅したも同然である。

 副将がよほどの傑物であるなら指揮を受け継ぐこともあろうが、程遠志の副将の鄧茂は先に戦死している。

 普通の相手ならばこれで決着している、はずだった。


蒼天已死そうてんすでにしす黄天當立こうてんまさにたつべし

「蒼天已死黄天當立!」

「蒼天已死黄天當立!!」


 生き残った黄巾賊の兵卒がそのように口々に唱えながら集まっていく。

 そしてある程度の塊になると、そのあたりから武器を拾い目の前の敵に向かってそれを振るい出すのだ。

 将がいなくなって統率する者がいなくなり、軍が混乱するならわかる。

 しかし、その混乱のままに攻撃を再開しているのだ。

 その黄巾賊の動きはひどく不気味に董卓には見えた。


「こやつら、まさか最後の一兵になるまで戦う気ではあるまいな?」


 勝ち目などないのは本人たちにもわかっているだろう。

 だが彼らは漢帝国に抗うために立ったのであり、それは命尽きるまで変わることのない決意であった。


「兄上、いかがします」


 異常は董旻も感じていたようだ。

 牛輔も、董璜も同じように感じているに違いない。


「仕方あるまい。本人らが死にたがっているのだ。根絶やしにしろ」


 さきほどの無秩序な突撃から一転、董卓軍は三部隊に整列し敵兵をすりつぶすように三角形に包囲した。

 それは見る者が見ればほれぼれするような指揮であり、兵の練度がうかがえるものだった。

 たとえ狂信的であろうと、黄巾賊は所詮は素人の集まり、西涼の猛者で構成された董卓軍に敵うわけもなかった。


 呆気なく決着がつき、下曲陽は解放された。

 董卓はここの県令あるいは責任者を探し統治を任せることにし、戦の後始末をし始めた。

 そして、最初に黄巾と戦っていた集団の指揮官と話をすることになった。

 危うい戦いをしていた、とはいえ敵の副将を討ち取ったことは董卓軍の軍監である董旻が記録していた。

 ならばその功績は報告しなくてはならない。


「この方面を指揮しておる東中郎将董卓だ」


 五百の隊の指揮官は二十代はじめらしき若者だった。

 その異様ともいえる風体が目に止まる。

 耳たぶが長く肩に届きそうだ。

 手も長い。

 伸ばせば膝にまで届くかもしれぬ。

 しかし、その顔には妙に人を惹き付ける笑顔が浮かんでいる。


「幽州は涿郡たくぐん涿県たくけん楼桑里ろうそうり劉備りゅうび、字は玄徳げんとくと申します」

「劉備、か。あれは貴様の私兵か?」


 この若さで五百の兵を率いるのなら、幽州で名の知れた者やも知れぬ。

 それに“劉”だ。

 漢帝国の皇族の姓を持つならば、それに連なる者か?


「ああ、あれは義勇軍でございます。中郎将様」

「義勇軍?」

「この国難にただ座していられぬと志あるものと手を組み馳せ参じた次第でございます」


 あの長い髭の者は関羽かんう雲長うんちょう、虎のような風貌の者は張飛ちょうひ益徳えきとくと申します、という劉備の説明を董卓は聞き流した。

 話を聞いてわかったが、劉備は皇族の連枝ではない。

 何世代も遡れば中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょうにたどり着くらしいが、その劉勝は百人以上の男子がいると有名な人物だ。

 その子孫であることに価値などない。

 軍功を報告することを約して義勇軍を広宗へ向かわせ、董卓も軍をまとめて出発した。

 そのころにはほとんど劉備のことを忘れていたのだった。

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