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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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九十六、董卓軍、いざ黄巾の乱へ

「董卓を東中郎将とうちゅうろうしょうに任じる。至急、冀州広宗へ出陣せよ」


 大将軍の印が押してあるため、この命令は正式なものである。

 董卓は何かの間違いではないかと書状の裏を見たり、灯りに透かして見たりしたが、間違いは無かった。


 無論、黄巾賊に関しては恐るべき範囲の乱だとは理解している。

 しかし、所詮は民の起こした乱に過ぎない。

 それなのに別の郡の太守まで動員せねばならんほど追い詰められているのか?

 そういう疑問を董卓は持ったのだ。


 ただ少し調べただけで、董卓が任命されたわけがわかった。

 盧植の更迭である。

 盧植という人物と会ったことはなかったが、その噂は聞いていた。

 幽州ではかなりの有名人で、多くの門下生がおり幽州の公孫氏や高氏の弟子が名高いと聞く。

 その軍事の才覚もかなりのもので、冀州方面の黄巾賊をほぼ追い詰めたと言ってもよい。


「しかし宦官か」


 愚かにもほどがある、と董卓は思った。

 出世欲は良い。

 権力を握りたいのは人間の性だ。

 そもそも上昇志向の持ち主でないとこの時代は生き残れない。

 賄賂はまあ一つの手段として選択できぬこともない。


 だが、それで勝てるものを勝てなくしてどうするのだ。


 賄賂をせびった左豊という宦官は特段処罰されることもなく、その責任は全て盧植が負っている。

 反乱を抑えることができねば自分達の足元にまで火が回ることがわからないのだろうか。


たい


 と董卓は婿の名を呼んだ。


「はは」

「先年の収益、そのままとっておるな?」

「今がその時、でしょうか」

「わからん。だが俺の軍だけで動く」

「郡の兵は使わぬ、と?」

「ああ」


 河東太守としての権限で徴兵することはできる。

 そして、普通はその兵を率いて軍務に当たることになる。

 しかし。

 董卓はそうしなかった。


「何故でしょうか?」

「黄巾は民の反乱だそうだ」

「ええ、そう聞いております」

「もし、郡の民がこれに呼応したらいかがする?」


 さっと白泰の顔から血の気が引いた。


 黄巾賊はただの反乱、そう思っていた。

 しかし、これは民が武器をとり立ち上がったものだ。

 そうなると、全ての民が同じ事をする可能性がある。

 少なくとも、ただ官吏の言うことを聞くだけでなく、武器をとって反抗できることに気付いたのは確かだ。

 そして、郡の兵はどこからやってくるかを考えれば、董卓はそのまま使うことを躊躇うしかない。

 郡の兵は民から徴兵されるのだから。


「後背を気にしなくてはなりませぬ」


 うむ、と董卓は頷いた。

 これがもし牛輔だったら、逆らう民など皆殺しにしてやりましょうとか言うだろう。

 それも一つの手だ。

 民は皆殺しの恐怖によって立つ気を無くすだろう。

 しかし、怒りが恐怖を上回った時、さらなる大乱の火種になるゆえ注意が必要だ。

 その点、白泰はまだ話が通じる。


「故に俺の軍、三千で行く。軍備糧食の手配は任せるぞ」

「しかと、承りました」


 董卓軍の編成は、若者の加入により大きく変わっている。

 全体の統率を董卓が行い、千人ずつ董旻、董璜、牛輔の一族衆が率いる。

 董旻隊は半数が歩兵であり、それを張済、新たに登用した胡軫こしんが指揮している。

 残り半分の騎兵は元羽林騎の面々を華雄が率いている。

 これは主に漢人の部隊となっている。


 董璜隊はほとんどが騎兵である。

 これは古参の董卓隊からの面子が揃っており、王方、李蒙といった熟達の指揮官が経験の浅い董璜を援助する形だ。

 そして、ここに新規登用した徐栄が加わっている。


 そして牛輔隊は董卓の主力騎兵が集められている。

 李傕、郭汜、樊稠の三将はもはや董卓隊の重鎮であり羌族主体の騎兵を取りまとめている。

 機動力と突破力は董卓軍随一となっている。


 陣容が整い、董卓軍は安邑の郡治所から出発することになった。

 見送りには妻の鮑犖と娘の啓、祥、清の三姉妹、そして息子の承がいた。


「ご武運をお祈りいたします」


 その言葉に、董卓は伸びた髭を撫でながら答える。


「どうも嫌な予感がする」


 この予感は例の命令書を受け取った時から感じているものだ。

 自分の“目”は他人より良く見えると自負してはいるが、それでも見通せぬ何かがこの先あるような気がしてならない。


「では私たちはいつでも出掛けられる支度をしておきましょう」


 と鮑犖は笑顔で言った。


「杞憂かもしれん」

「でも仲頴様のそれは当たるやもしれませぬ」

「苦労をかける」

「今さらでございます」

「それもそうか」


「父上、お気をつけて」


 と長女の董啓が言った。

 この長女は気を遣いすぎるところがあるが、それはそれでよいのだろう。

 夫の白泰とはうまくやっているようだしな。


「婿殿と留守を任せたぞ」

「はい!しかと!」


 次女の董祥は夫である牛輔と話をしている。

 いわく、がんばりなさい、父上にご迷惑をかけないこと、武勲をあげなければ家に帰れないと思え、などとかなり難しいことを言われているが、まあそういう夫婦であるのだろう。


「ちちうえ!」


 董卓は声をかけてきた息子の承を抱き上げた。

 小さい小さいと思っていたが、気付けばかなり成長しておりすっしりとした重さを感じた。

 この子もやがては董卓の元で将となる。

 そう思うとこの子のことが頼もしく思えるのだった。


「董承よ。父が不在の間はそなたが董家を守らねばならぬ。母と姉ら、妹をよく助け、支えるのだ。よいな?」

「がんばりまする!」


 その力強い返事を快く思いながら、息子を下ろし董卓は馬上の人となった。



 長年、董卓の愛馬だった烏騅うすいは軍馬としてはかなり前に引退をしており、戦に出ることはなくなった。

 それでもゆるりとした遠乗りなどに、董卓は乗ったがやはりかなりの老齢であったことからその頻度も下がっていった。

 その烏騅が亡くなったのは昨年のことである。


 董卓が羌族と交わり、草原を駆けていく時から共にあった愛馬は三十才を超えて生き続けた。


 友と呼べるほどに長く共に愛馬の死に、一人涙を流したことは董卓は誰にも知られないよう努めた。


 そして、今またがっているのは烏騅の孫に当たる馬だ。

 烏のように真っ黒な祖父の血を存分に引いて、その馬もまたたてがみから体毛、尾の毛まで真っ黒な青鹿毛の馬であった。

 しかし、額のところにまるで三日月のように細長く丸い形に白い毛が生えていた。

 額に白い毛があるのは凶兆では、と言う者もいたが董卓は笑ってその言を退けた。

 烏騅の血を引く馬である、なんで董卓に凶兆をもたらすものか、と。

 董卓はその馬に月騅げつすいと名付けた。

 額の紋様を月に見立て、また烏騅にもつけた騅の字はかつて覇王と呼ばれた項籍の愛馬である騅に由来する。


 それから一年乗り続けているが、祖父と同じく主の董卓の意をよく汲んでくれる良い馬だ。


 さて河東郡を出発した董卓軍は一度洛陽に寄り、正式に東中郎将を拝命、そしてすぐに冀州に向かった。

 一度は広宗に押し込めた黄巾賊だったが、盧植の更迭の混乱に乗じて包囲を破り、付近に再び割拠しつつあるという。


 ただし漢軍もただ黙っているわけではなく、部隊を各地に派遣し黄巾を叩いているらしい。

 しかし、ちゃんとした指揮官がおらず統率もままならぬようで、そのために広宗の包囲が緩んでいるとも言われている。


「まずは一当てし、黄巾とやらの実力を見てみようか」


 董卓は号令を下した。


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