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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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九十二、啓く

「貴様らは朕の護衛たる羽林でありながら、朕の危機の時に居なかった。それでよく羽林を名乗れるものよなッ!」


 声変わりするかしないかといった年頃の少年である劉宏に董卓ら涼州へ遠征した羽林騎たちはそう叱責された。

 とはいえ、実際は皇帝たる劉宏は怒っておる、という顔をして側にいる宦官に何事か囁くだけである。

 そして、代わりに怒鳴りつける係の宦官が大声で叫んでいるのである。

 皇帝の囁きは聞き取れぬが、怒鳴り係の言い様にうんうんと頷いているので言いたいことは伝わっているらしい。

 直接、叱責されるならともかくこの伝言のようなやり方ではどうも緊張感が保てず、董卓はあくびを噛み殺すので大変だった。


 とはいえ、こちらにも理由がある。

 朝廷の命令で羌族の討伐に行き、朝廷の命令で指揮官の張奐がいなくなり、時間がかかったのである。

 それをまるでこちらが悪いかのように言われるのはどうも腹に据えかねるものがある。


「よって貴様らを羽林騎から罷免する。おって沙汰あるまで謹慎せよ!」


 と言われ、董卓らは追い出されるように外に出た。


「なんということだ」


 と羽林騎の面々が悲嘆した顔で空をあおいでいる。

 まあ、凱旋のつもりで帰ってきたらいきなり無職になるのだから、どうしたらよいかわからぬのも仕方ないことだろう。


「父上はどうなさっているのでしょうか」


 と葉雄が呟いた。

 葉雄の父の葉衞は羽林騎の指揮官である羽林中郎将だ。

 彼なら取りなしてもらえるかもしれない、と皆の顔に喜色が浮かぶ。


 しかし、よくよく調べて見ると葉衞は五月からの動乱の際に充分に役目を果たせなかったとして免職されていた。

 今、羽林騎を仕切っているのはある宦官の親族らしい。

 屋敷でひっそりと暮らしていた葉衞は息子の顔を見て無事を喜んだが自分の身の上を話し、助けることはできない、とうつむいた。


 とりあえず謹慎ということなので、羽林騎の宿舎に謹慎することにしてその日は解散した。

 全員、戦の疲れとはまた違った疲労感にぐったりしていた。


 董卓は劉甲の店に向かった。

 動乱の詳細も知りたいし、何よりそこには鮑犖がいる。


 道すがら洛陽の街並みを見るが、そこかしこに傷跡や血糊を拭いたようなあとがあった。

 北軍と五営軍の戦いは街の外で行われていたようだが、兵の衝突、逃げた清流派の党人の捕縛などかなり色々あったようだ。


 劉甲の店先には犖がいた。

 その背には赤子が背負われている。


「帰ったぞ」


 そう声をかけると、犖はびくりとして振り向いた。


「仲穎様!」

「大変だったようだな。大事ないか?」

「大事も大事、大大事でしたよ」

「時に……その赤子は……?」

「ああ。娘です」

「娘?」

「ええ」

「誰のだ?」

「仲穎様のですけど?」

「俺の?」

「はい」


 俺の、娘?


「いや、待て。涼州に行く前は腹は大きくなかったはず」

「だって秋に行って、もう次の秋になりますよ」

「そうか。そうだな」


 ほとんど一年か。

 ならば子供が生まれるているのも無理のない話だが、いまいち董卓には実感がわかなかった。


「さあさ、もう寒くなります。店の中に入りましょう。白然様がお待ちですよ」


 珍しく、董卓は混乱したまま犖に誘われて劉甲の店に入った。

 犖はすっかり慣れているようで、店員の間をすいすいと通り抜け、客間に向かった。

 客間にはこの店の番頭である白然と、もう一人いた。


「涼州では大活躍だったようだな」

「お前……士到……いや、蔣義渠しょうぎきょだったか」


 出会ってから十数年たつが、いまだ顔が変わらない。

 老けないのか、そういう化粧が得意なのか。

 士到こと蔣義渠がここにいた。


 どうしてここに、とは董卓は聞かなかった。

 董卓は一応、袁家に属しており蔣義渠は袁隗に仕えている。

 おそらくは宦官や賊徒に襲われないよう守ってくれていたのだろう。


「お前には大事なことを告げにきた」

「大事なこと?」


 自分も腰掛け、白然の入れてくれた麦湯を飲みながら聞く。

 どうやら身が冷えていたらしく、じんわりとした湯の感覚が臓腑に広がっていく。


「袁家は濁流派につく」

「まあ、そうだろうな」


 今の洛陽で生き延びるためには宦官側につくしかない。


「そして主上の不興を買ったお前や仲間たちを救う手立てがない」

「そこまで袁隗様に頼るわけにはいかんよ」

「そこで、ほとぼりがさめるまで洛陽、いや司隷から離れてもらう」

「具体的には?」

并州へいしゅう雁門郡がんもんぐん広武県こうぶけんの県令が空いている。そこにお前をねじ込む」

「それは……ずいぶんと」


 辺境も辺境ではないか、と董卓は言いかけて止めた。

 その地位を用意するだけでも、袁家はかなり尽力したはずだ。

 自分の息がかかった者を生き延びさせることは、いずれ状況が変わった時に袁家を助けると考えているのだろう。


 それはそれとして、その示された場所は遠い。

 司隷の北に并州があり、その最も北に雁門郡はある。

 漢帝国の西の果てが涼州の敦煌ならば、北の果てが并州の雁門である。

 広武はその雁門の郡治所であり、一応最も雁門で栄えている地域でもある。


「嫌ならば断ってもよい。まだいくつか動かせる県はある」


 と蔣義渠は言った。

 とはいえ、一番最初に示されたところが一番条件がいいはずだ。

 それにどこに行くとしてもしばらくは中央から離れることに違いはない。


「いや、ありがたくその話を受けよう」


 無官の身では董卓が抱える私兵や同じく追放された羽林騎たちの面倒が見れない。

 それに。

 もしかしたら、その場所は董卓にとって良い場所になるかもしれない。


「そうか。ではそのように話を進める。動けるように準備していてくれ」


 本当にその話をするために待っていたのだろう。

 蔣義渠は麦湯の器を置き立ち上がった。

 そして、早足で去っていった。


「足の早い方だ」


 と白然が器を片付けながら言う。


「犖」

「はい」


 董卓は妻の方を向いた。


「軽々に付いてこいとは言わん。遠すぎる」

「いえ、行きます」

「このままここに世話になっても良いのだぞ」


 何も打ち合わせしていないが白然は頷いた。


「確かにここのお食事は美味しいのですけど、やっぱり辺りは危なくなってきましたわ」

「うむ」

「それに一年離れて、今度はいつ会えるかもわからないのは私にも我慢の限界というものがありますので」

「そうか。では共に行こう」

「はいな」


「勝手な言い種だが犖は連れていく」

「奥方様の言うとおり、確かに洛陽の治安は悪いです。ことによると兵らに囲まれているほうが安全かもしれませんね」

「そうか。しばらく会えぬやもしれん。達者でな」

「はい」

「劉甲殿にも礼を申してくれ」

「必ず」


 さっと荷物をまとめた犖を連れ、董卓は劉甲の店を出た。


「そういえば」

「なんだ?」


 犖は董卓に娘を抱かせた。

 赤子の扱いに慣れぬ董卓に犖はころころと笑う。


「この娘の名をお決めください」

「まったく大変な時に生まれた子よ」

「そうでしょうね」

「この娘の名はけいだ。董啓だ」

ひらく、という意味ですね」

「そうだ。この娘が大きくなるころには我らの未来も啓けていることだろう」

「まったくそのとおりです。ほら啓、お父様にちゃんと抱っこされなさい」


 ほぎゃあ、と啓が泣きはじめた。


「お、おい。どうするのだ?どうすれば泣き止む?」


 猛将の董卓の慌てぶりに鮑犖はおかしそうに笑うのだった。

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