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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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八十九、岸尾の乱の終結

 結論を言えば岸尾は死んだ。


 張奐の計算通り、はじめは城一つ乗っ取ったことで士気の上がった岸尾軍だったが、次第に包囲をしつつある漢軍の威圧、本拠地への道が封鎖されたこと、思ったより昭武城の中に食糧などの備蓄が無かったこと、などで意気は下がっていった。

 それでも、頼みの綱の麻瞥の帰還、武威郡での蜂起、城の(見かけ上の)堅牢さでなんとかしのいでいた。


 だが。


 時期を見てとった董卓は、城外に見せつけるように高々と麻瞥の首を掲げた。

 長槍二本を繋ぎ合わせた即席の棒に掲げられた麻瞥の首は砂混じりの風にあおられ、ゆらゆらと揺れる。

 それがまるで恨みに震えているように見えて、城内の士気はがた落ちとなった。

 長い棒にくくられた首は城壁の上からでもよく見えたので余計にそうなった。


 そして、その夜。

 董卓は隠密に長けた張家兵らと共に、例の城壁の隙間から中に侵入した。

 静かに、そして手早く董卓たちは城内を制圧していった。

 かつて同じ手段を使った且凍氏族は派手に漢兵を殺していったが、董卓は同じ愚はおかさない。

 気付かれる前に抵抗できなくさせるのだ。

 そして夜半に城門が開けられるころにはさすがに岸尾たちも異変に気付いたが、そのころには城内の至るところに董卓隊がいて兵や指揮官を殺し、あるいは捕らえていた。


 岸尾はかろうじて自室から逃げた。

 董卓たちはほんのわずかに焦りながらも、着々と隠れられる場所を暴いていく。


 その扉を開けた時、そこから悲鳴のようにこう聞こえた。


「なぜだ!?なぜ我々がこんなことに!」


 ようやく出会った岸尾は、城内の宝物庫に隠れガタガタと震えていた。

 そこには、先零氏族を乗っ取り漢帝国に挑戦した羌族の勇士の姿は無く、逃げることもできず命を惜しんでいる臆病者しかいなかった。

 大局を見ることができるのならば、漢帝国は中央こそ爛れているものの、涼州の諸郡はいまだ堅固だということがわかる。

 それに挑戦することなど無謀でしかない。

 四年前は揺さぶることができたではないか、と意気軒昂な時の岸尾なら言ったかもしれないが事実は逆だ。

 滇那に揺さぶられたからこそ、諸郡は軍備を増強し、中央からも張奐、段熲の二将を派遣する決断がされたのだ。

 単なる略奪ならともかく、軍を集めて戦うにはかなり大きな視野で準備をする必要がある。

 岸尾にはそれができなかった。

 それがこの状況を招いたのだ。

 さきほどの彼の台詞の“なぜ?”は自分自身が引き起こしただけ。

 自業自得というわけだ。


 その答えを知らされぬまま岸尾は捕らえられ、協力者の有無、潜伏している仲間、本拠地や周辺の拠点の場所を洗いざらい吐かされた。

 慎重派、あるいは融和派と目される張奐でも、敵に対しては容赦は無い。

 死んだほうがマシというほどの責めを受け、岸尾は三日目で絶命した。


 それから十日あまり、使匈奴中郎将の軍は岸尾から得た情報をもとに反乱分子を次々に討伐していった。

 どの隊も程度の差はあれ、投降した羌人を無下には殺さず、自軍に加えていった。

 強い支配力とちゃんとした報酬があれば羌人は裏切らない、ということが董卓隊の様子を見て理解されたからだ。

 むしろ、漢人の方が様々な利害で旗色を変えることが多いとも言えるが。


 その後、戦勝報告の使者を洛陽に放ち、軍は撤収の準備に入った。

 岸尾と麻瞥の起こした火種は完全に鎮火された。

 また、武威郡の反乱も鎮圧されたと護羌校尉の段熲から連絡があった。

 乱は終わったのだ。

 そのため、武威郡の拠点である姑臧に戻った面々は朝廷からの返答を待つことになった。


 城内はこの戦の恩賞について、様々な噂が流れていた。

 張奐は出世し、もしかしたら三公の地位まで昇るのではないか、とか董卓、尹端の功績によって太守になるのではないか、とかという根も葉もない噂だ。

 朝廷が財政難なのは董卓でも知ることができるし、三公の地位は宦官におもねらねばなることはできないだろう。

 尹端はともかく、董卓は羽林郎になったばかりですぐに昇格というのも考えにくい話だ。

 金品、財物、もしくはそれらに類するものの下賜といったところか。

 それもおそらく戦を主導した張奐に与えられ、彼が功に報いる性質なら恩賞は分け与えられるだろうが、それでも董卓と尹端までだろうな、という予測はつく。

 そうなると兵士らの飯を食わせるので消えてしまうだろう。

 私兵は欲しいが、今度は蓄えが足りなくなる。

 悩ましいところだ。


 そんな城内のざわめきを静めるように、ついに朝廷から使者がやってきた。

 武装した兵らに護衛されてきたのは、丸々と太った小男だった。

 しかし着ている服はやけに豪奢なもので、涼州では太守でもそんな服は着ない、着ることができない。

 薄い髭をきれいに整えている小男は、口を開いた。


「私は中常侍、奉車都尉であらせられる曹漢豊そうかんほう様の使者、楊和成ようわせいである」


 甲高い声に、辟易しながら董卓はその小男の言を聞く。

 そして、この男は宦官なのだと悟る。


 張奐も同じような気分だったようで一歩前に出て、楊和成の話を遮るように口を開いた。


「我々は朝廷の使者が来ると聞いていたが?」

「貴殿は?」

「張然明」

「おお、この軍の将軍だな?ん、いや中郎将であったか」

「中郎将だ」

「うむうむ。貴殿の疑問も最もだ。私は確かに曹漢豊様の使者であるが、同時に朝廷からの使者でもある」


 どういうことだ、と董卓は眉をひそめた。

 この小男の言う曹漢豊は、曹節のことだろう。

 中常侍、奉車都尉と言っていたから間違いないはずだ。

 宦官全盛のこの時代、権力を握っている大物宦官の一人だ。

 しかし、権力はあれど宦官に権威は無い。

 朝廷からの正式な使者に宦官が来るなど!


「すまぬが理解できぬ」

「理解しなくて結構、朝廷はもう変わっておる」


 張奐も苛立っているし、楊和成も苛立っている。


 イライラしているのを傍目から見ると冷静になれる、と董卓は気付いた。

 張奐はまだ認めていないが、もはや朝廷は宦官に乗っ取られている。

 それはもう確定だ。

 この小男が偉そうにしているのがその証だ。


「もし、貴殿が朝廷の使者だとして、何を告げに来たのだ」


 張奐も納得はしていないようだが、話が進まないことに気付いて楊和成を促した。

 その態度に、小男は不快感を隠さなかったが話は始めた。


「まずは此度の戦勝に練絹九千疋を与える。また功績あるものを推挙し、然るべき官職につかせる、とのことだ」

「ほう」


 張奐は相好を崩した。

 絹は金の代わりだからそれはそれでいい。

 然るべき官職というのはどこまでのものかはわからぬが、己かあるいは部下を出世させることができる。

 詳しい話をしようと張奐は楊和成を別室に招いた。


 だが。


 一夜もたたぬうちに事態は急変した。


 張奐の怒声というものを尹端は聞いたことがなかった。

 しかし、それが放たれた瞬間を目撃してしまった。


 どうやら楊和成は上役に口利きをする代わりに張奐に賄賂を要求したようなのだ。

 洛陽ではもう賄賂が日常茶飯事となっているのは董卓も承知していたが、涼州のような田舎では常識ではない。

 少なくとも今はまだ。

 それを断られ、怒声を浴びせられ、剣を抜かれた楊和成はほうほうのていで部屋を飛び出し、護衛らと共に姑臧を去っていった。


「はっはっは、ふざけおって!」


 と張奐は高笑いをした。

 小賢しい宦官を追い払ったことでようやく気が晴れたようだ。


 しかし、その笑みが消えるまで十日とかからなかった。

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