八十四、董卓の兵
「まずは無事で何よりです。ガアカ殿」
自陣に戻ると董卓は、董卓隊に合流していた先零の元戦士長ガアカと話をした。
董卓とガアカが初めて出会ってからもう十二、三年はたとうか。
髪には白いものが混じり始め、顔には深い皺が刻まれている。
張掖居延属国での決戦に参加してくれた時には、若々しいままだったので、その老いはここ二年やそこらのものだろう。
「礼と詫びを言う」
「礼と……詫び、ですか」
「そうだ。まずは我々を受け入れてくれたことに対する礼だ。そして、わしの亡き主、狼凱様の策した先零を中心とした羌族の連合をもってシーエイの戦力となるという構想は完全に瓦解した。それが詫びだ」
「岸尾、という男はそういう男ですか」
目先のことは器用にこなすが大局を見れない者というのは居る。
狼凱は羌族が戦力になると漢帝国に認めさせることで、羌族の生き残りを図ったが、岸尾はそれを漢への服属と捉えたようだ。
「奴は元々、夷分の配下にいた男だ。あの戦いの後に帰順し、その才覚で有力な戦士となった」
夷分と聞いて董卓は、あの夜の戦いを思い出す。
昭武城で中と外と同時に攻められた不利な状況での戦いだった。
その時、羌族の外側の攻め手に夷分はいた。
豪傑という言葉が似合う初老の武人だったが、董卓との一騎討ちで敗れた。
夷分は元々、先零氏族の戦士長候補だったという話をついでに思い出す。
「あの夷分の、か」
「うむ。そして狼凱様が倒れられた後、密かに戦士らをまとめ狼一族を追い落としたのだ。そういう謀りごとの才は認めざるをえぬ」
才知はあれど大望を持つほどではない、か。
「狼凱殿の一族は」
「奥方ら女子衆はわしが逃がした。それから長子の狼蒙は騎兵としてここに来ておる」
「そうか。ではその狼蒙殿を頭に先零氏族を降誘することはできるか?」
「……いや、厳しいな。羌族とはやはり力を重視する。狼凱殿が豪帥たりえたのは彼が強かったゆえだ。その子だからといって無条件に従うことはない」
「ふむ。それでは戦士長ガアカが先零の豪帥となるのはどうだ?」
「なに!?」
ガアカがギョッとした。
考えても見なかったようだ。
「強さこそ羌族の尊びの基準なのだろう?ならば戦士長という地位はそれに相応しいのではないか?」
驚きから回復したようにガアカは力なく笑った。
「わしはいかんよ。わしは狼凱様に見出だされただけの男。最期まであの方には敵わなかった。上を狙う野心無き者が集団を率いることは不幸だと、わしは思う」
「なるほどな。くくく、ガアカ殿が乗ってくれれば労なく戦が終わり、しかも俺の功になるか、と思ったが簡単にはいかんか」
「代わりにといってはなんだが、わしが連れてきた先零の戦士を貴殿に渡そう」
聞けばおおよそ百の騎兵がガアカについてきたそうだ。
精鋭たる羌の騎兵が揮下につけばこれほど心強いことはない。
「ありがたく。良ければその騎兵らはガアカ殿に率いていただきたい」
「老兵で良ければ」
「是非に」
こうしてガアカと先零騎兵が董卓の配下となった。
戦力が増えたわけだが、董卓にはまだやるべきことがあった。
自陣に部隊長を集める。
董卓隊の副官である弟の董旻。
羌騎兵を率いる李傕、郭汜、樊稠の三人。
歩兵長の張済、鮮卑騎兵を率いる王方。
羽林騎の副官である葉雄。
そして新たに先零騎兵を率いることになったガアカ。
二千二百人という大所帯となった董卓隊の指揮官たちである。
ここで決めるのは元々、董卓隊の中核であった羌騎兵の扱いである。
先零氏族に賛同する各氏族から集まった総勢百五十の騎兵は、今まで董卓隊の機動力の要として活躍してくれた。
しかし、その先零氏族が岸尾によって簒奪され、狼凱の画策した盟は破れた。
つまりは、董卓隊にいる羌騎兵たちもここにいる意味を失ったのだ。
「故郷に戻るものがいるならば引き留めはせぬ」
静かに董卓は言った。
部隊長らの後方には羌人たちがいる。
無理に引き留めても、それで戦意が下がるのならばおらぬ方がマシだと董卓は考えた。
百五十の騎兵を失うのは痛い。
ガアカ隊百が加わったとしても、だ。
熟練の騎兵は欲しいと思っても簡単には手に入らぬ。
ザッと前に出る者がいた。
それは羌人のグハネだ。
「隊長。俺らの答えは決まってます」
「全員同じ意見か?」
「ええ」
全員帰るか。
仕方あるまい。
故郷から離れて十年以上だ。
望郷の念がつのるのも仕方ないこと。
と、董卓が思った時だった。
「全員、残ります。残らせてください!」
「なに!?」
董卓は思わず目をみはった。
「水くさいこと言わんでください。俺らもう十年もここにいるんです。所帯を持ったものもいます。漢の言葉も喋れるようになってきました。董卓隊が俺らの故郷だって思ってるんすよ」
そう言われればいつのころからか、グハネら羌人は漢の言葉を使うようになっていた。
隴西の董家の前に建てられた兵舎には妻子を持つ兵らが住んでいた。
そうか。
こやつらはもう借り物の兵ではなく、董卓の兵なのだ、と董卓は理解した。
「わかった。ならばもうそのことは言わん。そのうえで、だ。今度の敵は先零氏族だ。前の敵も羌人であったが明確な敵だった。今回はお前らの顔見知りが相手やもしれん。それでも良いか?」
「もちろんです!俺らはただの羌人じゃあない。董卓隊の羌騎兵です!たとえ残してきた家族が相手でも御大将の命令のまま、どんな場所でも駆けていきます!」
グハネの言葉に羌騎兵たちが賛同するように頷く。
みな、同じ気持ちのようだ。
「よかろう。ならば共に駆けようぞ。昼も夜も、草原を、砂地を、戦場を!」
董卓の言葉に羌騎兵たちが喚声をあげる。
それはやがて董卓隊の面々に伝わっていき、次々に喚声があがっていく。
今日入ったばかりの羽林騎たちや先零騎兵たちも雰囲気に飲まれ同調していく。
その大歓声は、同じように姑臧城に駐屯する張奐の兵や尹端らを驚かせるものだった。
出自も、人種も違う者たちを統率することの難しさを董卓は理解していたつもりだ。
羌人、鮮卑人、漢人。
その中でも先零の羌人や当煎の羌人、漢人でも涼州人もいれば三輔地方出身者もいる。
彼らをまとめ、一つの目的に向かわせることについて董卓はいくつか考えがあったが、期せずして彼らは董卓隊として一丸となった。
それは董卓の持つ魅力によるものだったが、彼自身は気付いていない。
強さを尊重する羌族において“シーエイ”とは漢人でありながら、羌の騎兵を率いて戦う稀有な英雄であり、一騎討ちで幾多の武将を倒してきた豪傑でもある。
そんな董卓を羌人であるグハネらが故郷を捨てるほどに尊敬するのは当然のことだった。
とはいえ、それぞれ持ち味の違う面々をぐちゃぐちゃと混ぜても意味がない。
張奐軍の軍司馬となり、戦場でのある程度の裁量を持たされた董卓は自隊を再編した。
前軍として騎兵を集め、それをガアカ、李傕、郭汜、樊稠に百ずつ率いらせる。
これが四百。
中軍に張済率いる歩兵五百。
そこに董卓の旗本と董旻隊、王方の鮮卑騎兵があわせて二百。
後軍に羽林騎百と陳倉で募兵した千。
これは職業軍人でない兵の瓦解を防ぐためと、それを指揮する経験を羽林騎に積ませるためのものだ。
張奐の軍も整い、張奐、董卓、尹端はついに出陣した。
目指すは岸尾たちが略奪しつつある張掖郡である。




