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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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八十三、使匈奴中郎将張奐

 陳倉城にて董卓は同じく張奐の軍司馬である尹端いんたんと合流した。

 尹端は董卓と同年代の武将だ。

 真面目に軍務に取り組んでいることがうかがえる顔付きだ。


「神速の行軍感謝いたします」


 尹端はまずそう礼を言った。

 しかし、長々とした儀礼を董卓は好まぬし、実直な尹端も無駄は省きたいようだ。

 そのため、董卓はすぐに戦の話をする。


「戦況はいかがか」

「武威郡は先年の羌の侵攻を教訓として軍備を増強していたゆえ、大きな被害はありませぬ。張掖郡はおそらく敵の本拠が近いと見え被害が増えております」

「張掖が止まると西域との通商が滞る。早めに解放したいところだ」

「確かにそうですな。……仲潁殿に千の兵を預かって参りました。貴殿の兵として使っていただきたい」

「助かる」


 張奐の就く使匈奴中郎将は、対異民族、ことに匈奴に対する限り太守などより大きな権限を持っている。

 ある程度、兵を募ることも無理がきくので新規に千を補充し、それを董卓に預けるというのだろう。


「しかし、こう言ってはなんだが仲潁殿。ここで得た千と羽林騎百でどれだけ動ける?せめてその倍はおらねば張中郎将のもとでは働けぬ」


 これは暗にもう少し兵を引っ張ってこれなかったのか、という愚痴だ。

 現場では少しでも兵が欲しいし、中央ではなるべく金がかからず損害が少なくなるように兵を出すのを渋るのだ。


「心配はいりませぬ」

「それならばよいが……」


 尹端とて董卓のことを貶めようとしているのではない。

 実直な彼は、この羌族の襲撃にどう対処するのか考えているだけだ。


 尹端と合流した董卓たちは陳倉ではそれほど時をおかず、すぐに秦嶺山脈を越え涼州に入った。

 漢陽を経由し、武威郡に入り姑臧城にて張奐軍の本隊と合流するという手筈だ。


 遠くから姑臧の様子を見て、董卓は不意に懐かしさを覚えた。

 懐かしむほどの年月は経過してはいないが、それでも董卓が本格的に戦いを経験した最初の場所である。


「む。董殿!城の前に兵が」


 尹端はそう董卓に告げた。

 確かに、旗も掲げぬ千人あまりの武装した者らが姑臧の前にたむろっている。

 不審な武装集団がいたら、誰でも警戒するだろう。


 しかし、董卓は苦い顔をした。

 遠目からでも、顔の見分けがついた。

 あの野盗然とした顔は李傕だし、むっつりとした四角い顔は郭汜だ。

 樊稠の顔は城に入れてくれないことでイライラしているのが見てとれる。


「申し訳ございませぬ。あれは……私の兵です」

「え?あの……どう見ても野盗みたいな……あれが?」

「失礼ながら」

「むう……まあ西涼武者はそういうもの、と言うこともできる、かのう」


「葉雄、ついてこい」

「はっ!」


 董卓は副官を引き連れ、隴西からやってきた自兵の方へ向かった。


「御大将!」


 董卓は、こちらを見つけた部下らへ手を振り、合流を果たした。


 陳倉兵千と隴西兵千、それにいくらかの先零兵が合わさり、董卓の隊は二千五百になっていた。


 そして尹端と共に、張奐のもとへ向かった。


 郡治所でもあるこの城に、張奐は元々太守として赴任していたこともある。

 今の太守は別の者だが、執務室を占拠しているようだ。

 なにせ、張奐は九卿の一つであり朝廷の財産を管理する大司農、匈奴に対する使匈奴中郎将、対異民族の将軍号である度遼将軍(現在は別の者が拝命している)などの文武の高官である。

 ただの太守よりも格上の存在なのだ。


 その張奐は執務室におらず、城壁の上にいた。

 羌族がいるらしき西の方を見ている。

 すでに六十を過ぎているはずだが、その挙動はきびきびしている。

 さすがに頭髪は白いが、まとった鎧の重さも苦にはならぬようだった。


「尹端よく戻った」

「は!」


 こちらを見ずに、張奐は言った。

 足音や衣擦れなどの気配で誰が来たのかわかったようだ。


「そして」


 張奐はこちらを見た。


「君が董仲潁か。ふむ」


 董卓を見て、なにがしか考えているようだ。


「は。董仲潁、赴任いたします」

「よろしい。では尹端、董卓、君たち二名は我が軍の軍司馬に任命し、その揮下の兵を自由に動かす権を与える」

「は?」


 司馬とは軍の指揮官を補佐するために置かれる役職である。

 軍司馬は本隊とは別の系統の隊の指揮官のことを指し、別動隊を指揮する武将という役職である。

 今回の戦いにおいて、張奐は自分の本隊、そして尹端、董卓をそれぞれ別動隊として三隊で攻略をする方針だ、ということだ。


「張中郎将!私はともかく、董仲潁殿は赴任したばかり、司馬の務めをするには早いのでは?」


 と尹端は意見を述べた。

 言い方は董卓を認めていない、という感じだが彼本人としては戦に勝つことが全てであり、勝率を下げるようなことをしたくない、という思いがある。

 分からぬ者が聞いたら勘違いするやもしれぬ、と董卓は思った。


「四年前、羌族の反乱において漢人、羌人、鮮卑人などの混成軍一万あまりを率いて、見事敵大将を討ち取った。相違ないな?」


 張奐は表情を変えぬまま、そう言った。

 董卓も表情は変えない。

 しかし、内心は驚愕でいっぱいだった。

 董卓が万の軍を率いて決戦に勝ったのは事実だ。

 だが、その事実は報告されていない。

 漢軍が異民族を倒すのに、その異民族を使うのが避けられたことと董卓がまだ若すぎたことが理由だ。

 その代わりに、軍をまとめていた涼州刺史の成就と、并州刺史であり護羌校尉の段熲が董卓を中央に推挙することでその功に報いている。


「どなたにお聞きになりました?」

「紀明だ」

「段熲殿ですか」


 段熲は字を紀明という。


「あ奴は強硬派でウマが合わぬが、その武将としての腕は確かだ。その紀明が勧めてきた。お前を使え、とな」


 張奐と段熲は共に涼州で名を馳せた武人であるが、異民族に対する対応は大きく異なっている。


 張奐は烏丸と同盟を組んで別の異民族を倒したり、太守となった時は異民族に文字や穀物の植え方などを教え、漢民族と同等として扱った。

 異民族を取り込むことで涼州を平定せしめん、とした。

 これは彼が漢の最果てである敦煌の出身であることが関係するかもしれない。


 逆に段熲は異民族に対する強硬策を取ることで知られている。

 戦いに出れば数千の首級をあげ、家畜などを滷獲している。

 今回の戦では武威郡に闊歩する羌族と対抗するためにすでに出陣しているようだ。


 二人は異民族への対応は真逆だが、その根底にあるのは漢への忠誠だ。

 それを揺るがすような侵略に対しては、同じ対応をする。

 つまり、戦う、ということだ。

 そのためには情報を共有するのは当然だ。


「それは本当か?」


 と尹端は訝しげな目を向ける。

 しかし張奐は部下には構わずに話を続ける。


「わしが良しと判断した。このようにとやかく言う者もいるが貴様にできることはなんだと思う?」

「有無を言わさぬ功績、ですか?」


 張奐は頷いた。


「そうだ。貴様ができると見込んだ。応えて見せよ」

「御意」


 どうやら信頼されているようだ。

 豪放磊落な段熲とは違い、慎重そうだが果断な戦をしそうな気配がする。


 そしてこちらにある程度の裁量を与えてくれるようだ。

 これはやりがいのある戦になるかもしれん。


 久しぶりの、それもしがらみの無い大きな戦いに董卓は血が沸くような気分となった。


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