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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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七十九、卓犖

 冬の近い隴西の風は乾き、そして冷たい。

 そのため、このあたりの家々は厚い壁といくつもの戸で隔てられる。

 少しでも冷たい風が入らぬように工夫されている。

 十年前に新築された董家も、そのような建てられ方をしている。

 父である董雅の部屋も明かり取りの窓がありつつも、防寒を重視している。

 そういえばこの部屋には久しぶりに入ったな、と董卓は思った。


「息災のようだな」


 と董雅が言った。


「ええ。洛陽では腕を振るう機会もありませんでしたので」

「喜べ。ここなら存分に振るえるぞ」


 そう強い言葉を放つ父は、しかしその声に力は無かった。

 よく見ると髪も白いものが目立ち、顔の皺も増えている。


「それはそうと、私を呼びつけたのは縁談の話と聞きましたが」

「そのことよ。お前が活躍を重ね、わしよりも高禄を貰い、三公の元で働けることになったこと、それはどうもここらのものに強い印象を与えたようでの。いくつか縁談の話が来ておったのだ」

「いくつか?一つではなく?」

「そうとも。武威の顔家、安定の巴家、この二つはそなたの知り合いの家らしい」

「ああ、そうですな」


 武威の顔家は先年の戦いで隴西太守軍に援兵として来てくれたところだ。

 董卓と顔家自体に特に縁はない。

 ある一人の個人を除くが。

 まあ、あまり受けたくはない。

 安定郡の巴家といえば、その戦いでも最後まで共に戦った巴才殿の縁者だろう。

 なかなか頼りになる御仁だったが、正直縁戚となると気が重い。


「それと敦煌の張家」

「敦煌の?」


 なんでも張済の実家である武威の張家と同じ一族で、敦煌にわざわざ移住した家からも縁談が来ていたらしい。


「これはわしが断っておいたぞ」

「そうですな。敦煌はさすがに」


 敦煌は漢の最果て、という認識が一般的だ。

 劉甲のような商人なら西域との繋がりを考えて、良い縁談だと言うかもしれないが、中央とも繋がりができた董卓が逆方向の西との繋がりを求めることもないだろう。


「それで、わしのおすすめが」

「おすすめ?」

「右扶風の鮑家のご令嬢だ」


 董卓の後ろに控えていた犖の肩が震えている。

 これは、笑いをこらえているのか?

 と、後ろを見ずに董卓は推測した。


「……ちなみに何がおすすめなのですか?」

「まずは鮑家の位置だな。郿県という長安に近い要所に居を構えている」

「私もここに戻る途中通りましたが、確かに要所でしたな」


 郿県は三輔地方の最終防壁である陳倉城と長安との間にあり、有事の際には補給隊や援兵の駐屯地となる場合が多い。

 また、儻駱道という道が秦嶺山脈を通り漢中へと続いているが、その三輔地方側の出口に郿県がある。

 漢中から蜀の地へ至る道の出発点であり、逆に言えば蜀から何かが攻めて来た時の迎撃の拠点でもある。


 そこに住む名家と(たとえ衰えていても)繋がりが持てれば、長安の有事の際に董卓が関われる可能性が高まる。

 有事は逆に言えば軍功を得る好機でもある。

 それに郿県は西域から涼州と長安を結ぶ街道の長安側の玄関とも言える場所で、商売の面に関しても重要な土地であるのだ。


「その他にもいくつか話はあるが」

「父上」


 話を遮るような息子の声に、董雅は少し驚いた。

 長男の董擢とは違い、次男の卓は大人しいというか、話をしない子だった。

 物分かりがいい、とも言う。

 だが、息子は変わったのだろう。

 成長ならよいのだが。


「どうしたのだ?」

「この娘の話を聞いていただけませんか」


 確かに、卓と一緒にやってきたこの娘のことは気になっていた。

 縁談の話をするためにやってきたのに、そういう娘を連れてきたということは、この娘と結婚したいと言うことか?

 わからないが、とにかく話を聞いてみよう。


「よかろう」


 許可が降りると娘が前に出て、まず頭を下げた。


「まずは無礼をお詫びいたします」

「無礼?」


 この娘に無礼なことをされた覚えはないのだが。


「私は鮑犖と申します」

「ほうらく?ほう……鮑!?」

「はい。このたび董卓様に縁談を申し入れた司隷右扶風郿県の鮑家の娘でございます」

「な、なぜ鮑家の、縁談の本人がここに?」

「私はこの縁談を断ろうとここにやってきました」


 最近の若者は行動力がある、とまず董雅は思った。

 縁談はおそらく彼女の父親が決めたのだろう。

 それを本人が嫌がった。

 もし、彼女に好いた者がいるのならそういうこともありえる。

 しかし、自分で断りに来るか?

 女の足で、郿県からここまで?


「も、申し入れたのはそちらでは?」


 と董雅は反論してみた。


「はい。しかし私は涼州の辺境で暴れる野蛮人かつ成り上がりの人物と結婚するのは死ぬほど嫌だったのです」


 その鮑犖の言葉に董雅の顔はひきつった。

 なにせ辺境の野蛮人で成り上がり者、というのは自分の息子のことである。

 さらに言えば、そう言われた本人である董卓の顔もひきつっている。


「嫌なものは……仕方ないだろうな」

「はい、嫌でした」

「……でした?」


 その言い方は、今は嫌ではない、という風に聞こえるが?


「この旅で、私が危機に陥った時。助けてと願った時に助けに来てくれたのは董卓様でした」

「ん?」

「ん?」


 董雅と董卓は同時に疑問の声をあげた。


「私が不安になった時に夜通しずっと側にいていただいたのは董卓様でした」

「んん?」

「んん?」

「この旅で私の愚かな思い込みを解き放ち、この地を正しく見ることができるようになったのは董卓様のおかげです」


 董雅は息子の顔を見た。

 この娘どうした?という表情をしてみたが、董卓自身も混乱しているようだ。


「で、では?」

「私は申し入れた通り、董卓様に嫁ぎたいと思います」


 もし、董卓様がお許しいただければですが、と鮑犖は頭を再び下げた。

 んー?

 これはもしかして、何の問題もないということではないだろうか。

 と董雅は息子を見た。


「卓よ。どうかね?」

「わ、私は……犖殿が嫁いでいただけるというのなら、何も文句は……ございませぬ」


 鮑犖の顔がばっと明るくなった。


「仲潁様!」

「よろしく頼む」


 正式にはまだ何も決まっていないが、初々しい新婚夫婦(予定)を見て董雅はなんだかほっこりとした気持ちになった。



 右扶風の鮑家と連絡を取り合い、正式に結婚が決まった。

 これより少し前の中華では結婚に関して“六礼”という儀式を行っていた。

 納采のうさい問名もんめい納吉のうきつ納徴のうちょう請期せいき親迎しんげいの六つだ。


 それぞれの儀式として。

 男性側が仲人を立てて、女性側に贈物をする納采。

 仲人が女性側に向かい、贈物と招待状を渡して、女性側の氏を訪ねる問名。

 これは同族不婚という決まりがあり、同じ氏族だと結婚する事が出来ないため、それを避けるためのものだ。

 続けて男性側が自宅の先祖の廟の前で占いをし、その占いの結果を女性側に伝える納吉。

 そして男性側の占いが吉と出た場合に、女性側に貴重品などの贈物をし、正式に婚約を結ぶ納微。

 結婚式の日取りを新郎側が決めて、新婦側に連絡して許可を貰う請期。

 新郎と仲人が贈物を持って新婦側に向かい、新婦側の両親と先祖の祠堂に拝謁し、その後、新婦を花車という花で飾った馬車に乗せて新郎の家まで連れて帰る親迎。


 この六つの儀式、儀礼を経ることで結婚が成される。

 のだが、このような長い期間を使うことになる儀礼は次第に省略されていった。

 今の董卓たちの時代、婚礼の儀式は拝事というものになっている。


 拝事は、仲人を介さず、新郎は絹の面紗ベールで顔を隠した新婦を自宅に迎え入れ、新郎が新婦の面紗を取る。

 そして新婦は、姑と舅に挨拶をする。

 それで結婚が正式に成されるのだ。


 董卓と鮑犖の婚姻もこのように進められたのだった。

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