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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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七十八、縁談の判断、段々決断

 騎馬武者の指揮官は董卓の方を向いた。

 董卓は頷く。


 その瞬間、一斉に矢が放たれ賊はあっという間に駆逐された。


 バタバタと倒れていく賊たちは、今の今まで自分たちが追い詰める側だと思っていたまま、にやけた表情のまま事切れていた。


「シ、シーエイ様……」


 犖にとって、この状況は野盗に追われ、その野盗が倒されて、倒した者らもまた野盗のような顔つきなので、終わりのない悪夢を見ているようだった。

 唯一、これが現実だと信じられているのは自分を守ってくれるシーエイの背中があるからだ。


「安心しろ」


 という声がかけられるだけで、犖は安心できた。


 野盗のような騎馬武者たちは、一斉に下馬し、頭を下げた。


「お帰り、お待ちしておりました御大将!」


 聞こえた声は野卑そうな響きだったが、荒くれ者ならよく従うだろうな、と想像できる声だった。

 問題は。


「おんたいしょう?」


 とシーエイを呼んでいたことだ。

 犖の理解が確かなら、御大将なのだが。


「しばらくだったな。変わりはないか」

「は!副長と張副長の指導しごきで、むしろ前より仕上がっております」

「そうだな。俺の救援要請にも即応してくれた」

「御大将の骨笛の音を聞き間違えるはずはありません!」

「シーエイ様?こちらの方々は?」


 野盗のような顔付きの指揮官がやけに恭しくシーエイに話しているのが気になった。

 まるで上司と部下のようではないか。


「ああ。俺の配下の兵だ」

「シーエイ様の私兵、ということですか?」

「そうだ」


 そういえば、犖はシーエイの正体を知らない。

 長安から西域まで手広く商売している劉甲と旅をしているかと思えば、姜家という名家に突然行っても歓待される。

 そのうえ、こんな私兵を持っているとなるとただ事ではない。

 騎馬だけで百はいるのではないか?

 軍の編成などよく知らないが、普通は騎兵の数よりも歩兵の数が多い、と聞いたことがある。

 もし歩兵がこれより多く、例えば二百人もいるとすれば合わせて三百。

 その数の私兵は鮑家などは相手にならないし、漢陽の姜家にも匹敵する戦力なのではないだろうか。


 だが徐々に集結した兵たちを見て、犖は己の想像力が足りなかったことに気付いた。


「ふむ。倍ほどになったか」

「へい。劉殿の支援、袁家の援助もあり、兵は騎兵五百、歩兵五百。全部で千人おります」

「これでは俺はいらんな」

「そんなことはありやせんぜ。新兵は皆、御大将に率いられたいと思って募兵に応じたんですから」

「それでは古参の者は俺の指揮から外れたい、と?」


 シーエイが悪い笑みを浮かべているのに犖は気付く。


「そんなことはございません!むしろ古参の方が上です!」

「何が上なのやら……さて李傕、俺はこれから家に帰る。護衛をしろ」

「喜んで!……と、そちらの御方は?」

「俺の客だ。どうかしたか?」

「い、いえ。あまりにも美しい方でしたんで、洛陽から来た天女かと」


 洛陽から来た美しい天女?

 犖はあたりを見回した。

 どこをどうみても、そんな美人はいない。


「犖殿。そなたのことだ」

「はへ?洛陽の天女って……あ、あれですか。涼州ではそういう言い回しが流行っているとか?」

「そんなことはない。俺のところは女っけのないところだからな。珍しいのだろう」

「珍しい……」


 確かに、李傕と呼ばれたシーエイの配下は真面目に言っているようだった。

 なんだかこそばゆい。


 そうこうするうちに部隊は集結し、出発した。


 その途中で、犖は妙なことに気付いた。

 それをシーエイに尋ねてみる。


「あの、シーエイ様」

「ん?」

「私たちはどこに向かっているのでしょうか」

「涼州隴西郡臨洮県だ」

「それは、私の目的地ですね」

「俺の家があるところでもある」

「……?」

「いずれ、わかることだ。今、話しておこう」

「シーエイ様?」


 馬上で董卓シーエイは犖を見た。


「俺の本当の名は董卓、字は仲潁と言う」

「とう……たく……?……え?」

「騙していたわけではないが、俺がどうやら犖殿の縁談の相手ということになる」


 犖にとって董卓という人物は、野卑で粗野で半ば蛮族の野蛮な人物だった。

 戦に強く、武功で成り上がる。

 そのような人物に嫁ぐのは嫌だったから、わざわざ断るために旅に出た。

 その途中でシーエイと出会い、彼のような精悍で理知的な男性なら隣にいたいと思うようになっていた。


 拒否したい現実とそうなりたい理想が、同じものだと知った時。

 鮑犖は、思考停止した。

 現実逃避ともいう。



 意識を取り戻した犖は、何かを思っているように口を閉ざし、董卓の後ろについてくるだけになった。


 こういう時の女性が何を考えているか、董卓にはわからない。

 それゆえにどう対処していいかわからぬ。

 そもそも、犖殿は“董卓”が嫌だと言う。

 わざわざ縁談を断ろうというのだ。

 よほど嫌なのだろう。

 とはいえ、あそこで名を明かすのは最後の機会だった。

 あれ以上引き伸ばしても、配下の誰かが“董卓隊長”とでも言えばわかってしまう。

 それならば、こちらで知らせたほうがまだ誠実というものだ。


 それにしても、犖殿は馬の扱いが上手いと董卓は気付いた。

 だからどうした、と言えばそれまでだが、昔董卓の隣にいた“彼女”は共に馬を駆けさせていたことを、ふと思い出した。

 どうも、そういう女性の方が気が合うのかもしれん、と微かに思った。


 董家の前には兵舎があった。

 董卓が洛陽に行く前には無かったものだ。

 袁隗から貰った給金が、こうなったというわけだ。


「新兵も合わせりゃ大所帯ですからね。こういう住むところも必要です」


 進み出てきた張済がそう言った。

 その後ろには、董卓隊の指揮官たちが続く。

 郭汜、樊稠、王方だ。


「兄上、よくお帰りくださいました」


 と目方が増え、貫禄の増した弟の董旻がやってきた。


「うむ。増えた兵は道すがら見てきた。家内は大事なかったか?」

「はい。さすがは三公の配下ともなれば給金も大きいですな。さすがは兄上です」

「金は袁隗様から貰ったもので、俺の功ではない」

「まあまあ。……ところでそちらの方は?」


 董旻は鮑犖を見た。


「俺の客だ」

「ほう」


 何を考えたか董旻はにやりと笑った。

 そして、ようやく兄上も、とかなんとか呟いている。


「父上に会う」


 董卓が洛陽での職を辞して帰って来たのは、父親から縁談の話が来ていたからだ。

 ようやくその話ができる。

 なにせ、その相手も断りに来ているから話は早く済むだろう。


 家の中では母と甥の阿横が出迎えてきた。


「お前もでかくなったな」

「はい。叔父上。飯もたくさんだし、李郭樊のお三方に良く遊んでいただいております」


 阿横はもう十五、六になったはず。

 あと四年もすれば加冠おとなになる。

 本人が良しとすれば、部隊に入れたい。

 親族はなによりも信頼できる。

 もちろん、張済はじめ今の指揮官たちは董卓が十年かけて集め、訓練してきた部下で、彼らを信頼している。

 しかし、やはり親族が重要なのは、間違いない。


「父上は?」

「お祖父様は自室でお待ちです」

「わかった」

「では、私は樊稠殿と遊んできます」


 李傕や樊稠といった若い指揮官と年が近いので仲良くやっているのは良かった。

 まあ、あとは横の気持ち次第だな、と甥のことを見送る。


「犖殿。俺は貴女の気持ちを尊重します」

「……はい」


 何かを決めた顔で犖は頷いた。

 もし、縁談を本当に断るとしても董卓は良しとする。

 そう告げたつもりだ。


「父上、卓です」

「おう、待ちかねたぞ」


 まだ元気そうな声に安堵し、董卓は父の部屋に入った。

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