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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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七十七、涼州には盗賊が多い

 その晩と次の夜は姜家で宴が開かれた。


 始めの晩は歓迎の宴、次の日は報せを受けて帰って来た姜旦が先の戦いの戦勝を祝っての宴だった。

 まあ名分はどうでもよく、要は皆で集まって騒ぐための口実である。

 一年近く共に行軍した姜旦は、始めは若さゆえの無鉄砲さもあったが終盤になると巧みに指揮をし、元々強力だった姜家兵を十全以上に操るようになっていた。

 姜家に戻ってからは、熟練の姜家兵と共に新人を調練する日々だという。


 二晩ともしこたま飲まされた鮑犖は、宴の最中に崩れ落ちるように寝てしまった。

 気付いた時には用意された部屋の牀の上だ。


「気が付いたか」

「……もしかして、シーエイ様が運んで?」


 シーエイは倒れた鮑犖を介抱し、部屋まで運んだ。


「一度運んだのだ。二度も三度も同じだろう」

「ありがとうございます」

「酒は得意ではないか」

「得意かどうかわかりませぬ。なにせ初めて飲みましたもの」

「……そうか。無理をさせたな」

「なんだかはじめは苦手でしたが、ほわほわとしてきて、ぽわーんとして、いつの間にか寝てしまいました」


 なるほど酒に弱いのがわかった。

 このあたりで出される酒は酒精の弱いものだ。

 羌族で馬乳酒のような酒精の強いものをよく飲まされた董卓にとっては味のついた水と変わりはない。

 それでも深酒はしない。

 酔っているときに襲われる場合を考えると、判断の遅延が起きるほどの酔いは危険だ。

 酒を飲むのは平和な時と勝った時だな、と董卓は思った。


 三日間の厚遇を受け、姜家を辞した二人はようやく冀県を出発した。

 姜旦は目的地までの護衛を申し出てくれたが董卓は断った。

 漢陽隴西間は比較的安全だし、少ない方がむしろ隠密的に進むことができる。

 それにこれ以上、姜家から援助をもらうと後々大変なことになるかもしれない。

 名家同士の均衡というのは思いの外、中華社会に網のように張り巡らされている。

 涼州は網の目はゆるい方だがそれでも姜家に肩入れし過ぎると別の家の不興を買うことになる。

 今はまだ袁家という巨大な名家の威光があるためそれほど問題はない。

 だがいずれ董卓が独立することになれば、協力の網は容易にこちらを絡みとる蜘蛛の糸と化す。

 その辺の均衡を董卓は考慮している。


「ところで犖殿の目的地とはどこなのだ?」


 秦嶺の山の中で出会ってもう十日ほどたっている。

 涼州の隴西に住む豪族に嫁ぐ(断る)という彼女の目的地を聞いたのはこれが初めてだった。

 隴西の人物について董卓も詳しいわけではない。

 若い頃から羌の地へ行き、隴西に帰ってきてからも軍事に明け暮れていた彼は近隣との付き合いが極めて少ない。

 逆に隴西の外の人物との付き合いが多い。


「ええと隴西郡臨洮県です」

「りんとう……」

「なんでも羌族との抗争に明け暮れ、先年の戦いでは千人も敵を討ち取ったという豪傑ながら司徒府で曹掾の仕事もしていたと聞いてます」


 その経歴に董卓は聞き覚えがあった。


「名は……?」

「董卓という方です」


 鮑犖の話と自分の縁談話が同じものだと、董卓は理解した。


 これが結び付かなかったのは、結局のところ董卓が本名を名乗らなかったからだ。

 羌族の賊に聞き馴染みのある“シーエイ”と呼ばれ、そして鮑犖に名をシーエイと覚えられた時に、本名は董卓だ、と言えば済んだ話だ。

 鮑犖はしきりにきっと熊のような大男で、野卑で、粗野で、大雑把な人ですわ、と悪い方向に想像を逞しくしている。

 これは本名を明かすのは後にした方がいいな、と董卓は感じた。

 良い年になっても若い娘に嫌われたくないのだ、ということに董卓は気付かなかった。

 少年期の終わりから青年期にかけてまともな恋愛をしたことのない董卓にとってその感情は理解の範疇になかったということだ。


 そうしてズルズルと名乗らぬまま、二人は臨洮に到着した。


 そして、そこで野盗の集団に襲われた。


 毎年天候が悪くなっていき、寒さが増していることに農民たちは気付いていた。

 そのせいで作物の取れ高も悪い。

 そのうえに戦いの糧食に食べ物を取られ、貧農を中心に食べることができずに賊になるものが増えてきている。

 今、董卓たちを襲ってきた者らもそういった輩であった。

 戦場で拾ったらしき錆びた武器に、申し訳程度の防具。

 そんな装備でも、人を襲うことへの抵抗感が無ければ立派に賊は務まる。

 ましてや相手は二人、こちらは十人は超えている。

 身なりも良さそうだし、一人は若い娘だ。

 男は殺し、女は慰みものにするか、奴隷商人に売れば当座の金は得られる。

 そんな考えが透けてみえる。


「二人旅とは妬けるねェ。どうだい、おいらたちにもその楽しいところをわけておくれよォ」


 賊の一人が錆びた刀を突き付けながらそう言う。

 命の危機にさらされた時、ざらざらとした尖った金属と不気味な話し方は心を折る手助けとなることを賊の男は知っていた。

 しかし、その経験は農夫相手のものであり、本当の殺しあいを経た者には効かないことを知らなかった。


「断る」


 軽く振ったような董卓の刀が刃を突き付けた賊の首を刎ねていた。

 首と胴がほぼ同時に地面に着いた時、董卓は二人目に接近し斬り殺している。

 そして「やりやがった」「やったな!?」という賊らの声を無視して、犖を背に隠すように動く。


「俺の後ろにいろ」

「はい!」


「ち!てめェら、やっちまえ!」


 一人の賊の号令に殺気だった盗賊が襲いかかってくる。

 一人一人の技量は農夫に毛が生えた程度だが、やはり数は力だ。

 初手で相手を減らすことはできたものの、董卓は徐々に追い詰められていく。

 そのうえ、後ろには守るものがある。


 攻撃を払い、弾き、隙を見て突く。

 相手の攻撃が犖の方へ行くのを阻止し、こちらへの攻撃を防ぐ。


「シーエイ様」


 後ろの犖の焦ったような声に、董卓は自分たちが崖際に誘導されていたことに気付いた。


「これは少しまずったな」

「うへへへ、手こずらせやがって」


 賊の長がのそりのそりとやってきた。


「なかなかに頭が回るな」

「テメぇは五人も殺しやがった。この落とし前はつけさせてもらうぜ」

「お前ほどの相手なら、部下達あいつらも動いているだろうな」

「あん?何を言ってやがる」


 董卓は胸元から骨でできた笛を取り出す。


「聞こえてくれればいいが」


 と呟き、董卓は笛を吹いた。


 高い音が鳴り、賊たちも思わず耳をふさいだ。

 董卓は犖を抱き抱え、走る。


 せめて崖際からは逃げ出さなくては、と本能的に体が動いたのだ。

 しかし、賊らも音くらいでは一瞬動きを止めるのが精々だ。

 動いた董卓を逃すまい、と回り込み囲んでしまう。


「げへへへ、そんなものじゃあ。どうにもならんよ、諦めな」


 賊の長は嘲笑う。

 今の董卓の行動は悪あがきにしか見えなかったからだ。


「前もこんなことがあったな」


 しかし董卓は賊の長の言葉など無視している。


「余裕ぶるのもいい加減にしやがれっ!」


 無視された怒りから賊の長は刀を振り上げた。

 もう、おろすだけ。


 の瞬間、賊の長の頭に矢が突きささった。

 ぐるりと白目を剥き、賊の長は倒れた。


 残された賊たちは矢が来た方向を見て慌てふためいた。


 なにせ、そこには騎馬武者が百騎ほど揃っていて、皆矢を賊に向けていたのだから。

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