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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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七十五、心傷未だ膿み止まず

「大丈夫か?」


 賊を全て切り伏せたあと、董卓はおそらく唯一の生き残りであろう娘に声をかけた。


 ここに来る途中で護衛らしき男二人と世話係の合わせて三人分の亡骸があった。

 襲った奴らは、おそらく羌族。

 それも俺のことを知っていたことから、滇那ティナ軍に参加していた奴らの残党であろう。


 しかし、よくこんなところまで逃げてきたものである。

 逃げてなお、因縁の相手である“シーエイ”に殺されるのはなんの因果か。


「お、お助けいただき感謝いたします」


 娘は立ち上がり、丁寧に礼を言ってきた。

 旅の護衛がやられてなお気丈なことである。


「無理をするな。こういう輩に襲われる恐怖は俺もわかる。少し休んでおけ」

「お言葉はありがたく。けれど供の者らは葬らねばなりません」

「そうか……手伝おう」

「すみま……せ……」


 娘は立ち上がったが、くらりと倒れた。

 血の気が引き、青い顔で気を失っている。

 やはり、相当に心労が溜まっていたのだろう。


 葬る、と言っても正式な埋葬などできるわけもない。

 それにここにはやがて肉と血の臭いを嗅ぎ付けて獣がやってくるだろう。

 軽く埋めた程度では掘り起こされてしまうやもしれぬ。


 董卓は娘の供の亡骸を集め、現場から少し離れた場所に深めの穴を掘り埋めた。

 年かさの護衛は全身に斬られた後があり、追手を一人で引き受けたことが窺えた。

 勇猛であったか、それとも忠誠心が高かったか。

 どちらであろうと、守りたかったものは守れたと心の中で言っておく。


 途中で合流した劉甲に娘の世話を頼み、董卓は黙々と作業を続けた。


薄荷はっかの油は虫や獣避けになるそうです。少し撒いておくとよろしいかと」


 劉甲が取り出したのは清冽な香りのする香油だった。


「これは?」

「大秦国から運ばれたものでございます。かの地では薄荷みんとと呼ばれ香りを楽しむために栽培されておるようですな」

「良いのか?貴重なものでは」

「董様は命を張られましたゆえ、私もこれくらいは」

「そうか……」


 娘は旅の疲れと襲撃によって困憊し、寝てしまったらしい。


「この娘はいかがいたしますか?」

「山の中に一人置いておくわけにもいくまい。日も暮れてきた」

「では、行程より一つ前の村にて宿をとりましょう」

「すまぬな。俺が動いたばかりに」

「野盗を一人片付けるたびに街道の安全度は高まります。放置するわけにはいきませんでした」

「そう言ってくれれば助かる」


 劉甲と董卓一行は近くの宿場村に入り、宿を借りた。


 娘、いや鮑犖ほうらくが目を覚ましたのは夜半過ぎである。


 この天井は知らない。

 最初に思ったのはそのことだ。

 そして段々と起こったことを思い出していく。

 縁談の話、家出のこと、陳倉のこと、そして山中でのこと。

 青帽の死、助けてくれた“シーエイ”。


 硬めのベッドから起き上がると、そこにシーエイがいた。

 入り口に座り、まるで護ってくれていたかのように。


「起きたか?……まだ夜明け前だ。もう少し寝ているといい」

「いえ、あの、その、まだちゃんと礼を」

「昨日、しっかりと言われたぞ?気にすることはない」

「そ、そうですか」

「そなたの供らしき者らはすまぬが勝手に埋葬させてもらった。あの場所に放置もできなかったゆえな」

「皆、死んでしまったのですか?」

「ああ。男が二人、女が一人だ」

「芙麻、魚鱗、帽爺……」


 私のせいだ、と犖は思った。

 縁談を断るのに何も本人が行くことなどないのに。

 それは犖の意地である。

 その結果、死ななくてもいい三人が死んでしまった。


「……これから、どうする?」

「どうする……とは?」

「俺たちはこれから隴西へと行く。もし家が逆方向なら護衛をつけるのが難しいゆえ同行してもらうやもしれぬ」

「私の……目的地も隴西です」


 父親から聞いた涼州隴西郡臨洮県、この場所のことは覚えている。

 このまま引き返すのが本当だろう。

 しかし、亡くなってしまった三人のためにも目的は遂げなくてはならない。


「そうか。ここであったのは何かの縁だろう。もし良ければ俺たちと共に来るか?」

「はい。もし良ければお願いします」

「俺は……西潁シーエイだ」

「私は鮑犖と申します」

「さっきも言ったがまだ朝までは遠い。少し寝ておけ」

「はい……あの、シーエイ様?」

「なんだ?」

「もし、お嫌でなければ私が寝るまでここにいていただけますか?」

「お前こそ、見知らぬ男が側にいて寝れるのか?」

「シーエイ様なら大丈夫です」

「会ってそれほどたってないのに、か?」

「はい。シーエイ様は助けていただけましたから」

「……横になって、目を閉じて寝ろ。隴西はまだ遠いぞ」

「はい」


 董卓はなぜ、本名を名乗らず羌族の偽名を言ったのだろう。

 と自分に問いかけていた。

 それはあまりにも犖が懐いてきたように感じたからか。

 本能的に、董卓は女性と深い関係になるのを恐れていた。

 手酷い別れかたをして、十年後に再会し、その娘と殺しあいをすると言うのは控えめに言ってもきつい。

 心に傷を負う、とでも言おうか。

 あの戦で負った肉体の傷はほとんど癒えたが、その心の傷は未だに治る気配は無い。

 普段は見ないようにしているが、ふとした拍子に傷口が膿んでいるのに気付くのだ。

 その防衛反応が、本名を名乗ることを躊躇わせた。


 董卓の心の中はずっと臨洮の夜の中だ。

 何度夜が明けようと、何年たとうと。

 あの夜、取り逃して、失って、また出会って、董卓自身が殺した彼女の記憶が傷口をずっと苛んでいる。



 劉甲は旅の連れとなった鮑犖という女性のことを調べていた。

 董卓は彼女のことを目的地へ連れていくと言っていたが、経歴も不明な者を連れ歩くわけにもいかない。

 幸い、というかまだ早馬を飛ばせば劉甲の商域の中に戻れるのでその夜のうちには情報は揃った。


「ふむ。右扶風ゆうふふう郿県の鮑家の……娘か」

「数人の護衛と陳倉城で一泊した記録がございました」

「娘一人で旅をさせる理由とはなんだろうね。護衛は結局全滅しているし、もし董様が間に合わなんだらその娘も死んでいた」


 部下には答えられない。

 主人の劉甲は恐るべき男だ。

 情報を重視し、それに適した答えと行動で財をなした傑物だ。

 洛陽の都では様々な商人と交遊を持って勢力をじわじわと拡大している。

 例えば、美形の娘を後宮に入れようと画策する何猪商会などはその最たるものだ。

 第二の都である長安では劉甲の勢力はもっと大きい。

 その劉甲が信頼をおく董卓も凄まじい武人だ。

 若いのに私兵を持ち、羌族との戦で活躍し、三公にも仕えた。

 そして今回の賊との戦いではあっという間に四、五人を斬ってしまった。

 まるで敵の攻撃の動きが見えているかのように。


「兎に角、危険は無さそうだ。だがここで董様に寄り道をさせるわけにはいかない。早急に彼女の目的と目的地を聞き出さなくてはなりませんね」

「うまく会話で聞き出すようにいたしましょう」

「頼みますよ。できれば董様には私の息がかかった者を嫁がせたいのです。彼の存在は涼州、いや河西回廊の安定に欠かせない」


 劉甲が言うのは涼州を通る街道、つまり西域との交易が安定するということである。

 単なる感謝だけではなく、商売に関わるから董卓に便宜をはかっているのだ。

 もちろん、董卓もそれは理解して、そのうえで便宜を受けている。


 そんな怪物二人と同行しているその部下はずっと胃が痛い。

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