六十九、洛陽辟招
袁隗は洛陽にある己の屋敷でくつろいでいた。
既に夜も更け、そろそろ寝なくてはならぬ刻限だ。
袁隗、字は次陽。
予州汝南郡汝南県の生まれである。
汝南に大きな勢力を持つ汝南袁家の一族だ。
彼は司徒である。
軍事を司る大尉、監察と政策立案を司る司空、そして行政を司る司徒を三公と呼ぶ。
梁冀によってめちゃくちゃにされた漢帝国の政治が曲がりなりにも建て直りつつあるのは、この三公と九卿が苦労しているからである。
汝南袁家はこの三公に何代も続けて就任しており、特にこの袁隗は優秀であると言われていた。
兄の袁逢よりも先に三公に就いたのもその証左だ。
彼のその優秀さは人物鑑定眼によるところが大きい。
彼自身は自分が最優とは思っていないが、最優の者を見つけることにかけては誰にも負けないと自負している。
そういった優れた者を部下にし、また友人になり、それが彼の権勢を大きくしていく。
そして、その目は逆に付いてはいけない人物も判断することができる。
それが活きたのは梁冀の時だ。
絶大な権力を持った大将軍梁冀。
彼についていけば立身出世間違いなしと言われたころにも、袁隗は距離を置いていた。
父の袁湯は梁冀と手を組み大尉となったが、とある災害が起きた時に責任を取らされ罷免されていた。
大きすぎる権力は危険なのだ。
梁冀が討ち取られた後、袁隗は己の目が正しいと確信した。
「ご主人様、并州、涼州両刺史からの推薦状、ごらんいただけましたでしょうか」
声をかけてきたのは、袁隗の目にかなった優秀な人物の一人、蔣義渠という青年だ。
おそらく密偵上がりのこの青年は、袁隗の要望に色々応えてくれる使い勝手の良い人物だ。
その彼が推してきたのは、つい先日公府に届いた推薦状だ。
大規模な異民族の侵略を食い止め、大きな武功をあげた青年を引き立ててほしい、というよくある推薦状だ。
少し引っ掛かったのは、そういうもので推薦されるのはした者の親族か地方の名家の出身者だ。
しかし、并州刺史の段熲、涼州刺史の成就のどちらもその青年の親族ではないし、その青年の家は名家でもない。
そのうえこの義渠青年の推しである。
「この……董卓という者。そなたや二州の刺史が推すだけの者なのかね?」
「私からはなんとも……ぜひ、ご主人様の“目”でもって判断してもらいたく」
「ふうむ……そなたがそう言うのならな。……確か、司徒府の曹の掾が空いていたな」
「それでは?」
「辟招し、掾を申し付けよう」
曹、というのは公府や県などに設けられた事務処理の機関であり、掾というのはその機関の長官である。
県などの掾はそれほどではないが、司徒である袁隗の曹のそれともなれば秩三百石の役職である。
下級役人であった董卓からすれば大抜擢であろう。
三百石と言えば小さな県の県長ほどの収入になる。
もちろん、袁隗とて田舎の下級役人の青年に事務処理ができるとは思っていない。
これは与える役目よりも辟招した、ということが大事なのだ。
辟招する、ということはその者を自分の所属と認めることなのだ。
すなわち、涼州の董卓は袁隗に招かれたことで司徒である袁家の所属となったのだ。
この頃はまだ地方の名声はあるが地位の低い者を取り込む、というだけだが、後の時代になると軍閥を形成し始めた有力者によって勢力拡大のために使われるようになる。
袁隗は袁家の嫡流ではない。
父である袁湯から兄の袁逢へ、そしてその子へ嫡流は受け継がれていく。
その子の世代はちょっと争いが起きるかもしれないが。
ともあれ、袁隗もある程度の軍事力を持っておきたいと考えるのは当然であった。
それが蔣義渠の登用であり、董卓を召し出した理由である。
異民族征伐で活躍した武人なら手元に置いておくのも悪くない。
翌年春に洛陽に参上した董卓を見た袁隗は、表情こそ平静を保ってはいたが取り乱していた。
人物鑑定眼について絶大な自信があった袁隗の目で、董卓は測りきれなかった。
凡人でないことは間違いない。
見通せない。
通常の視覚ならば、眩しい、とでも言おうか。
「董仲穎、と申したか」
「は」
「儒教に興味は?」
「あまり」
漢代の出世には儒教が大きく影響している。
儒教を修める者こそが高位の官職につけるのだ。
董卓はそれを理解していない。
が、袁隗はそれを面白く思った。
彼は、既定路線を歩もうとしていないのだ。
儒教を修めること、もしくは修めた者に師事すること、それが出世の第一歩だ。
だが。
だがそれでは袁隗の求める最優には届かないのだ。
どうやら己の目の判断基準は儒教ではなく、個の才によるのだと袁隗は若い頃には気付いていた。
そして、この董卓という若者は完全に見抜けぬまでも袁隗の鑑定にかなったのだ。
「算術には?」
「算術?」
「物の数えかたを考える学問のことだ」
儒教のことより算術のことの方が董卓の興味を引いたようだった。
前漢の頃には周髀算経という数学書が成立している。
また既に加算、減算、乗算、除算の考え方は浸透しており、平方根、立方根も計算している。
袁隗はそういった学問も重視していた。
董卓は袁隗の掾として働きながら、算術を修得していくことになる。
それは董卓の勘でしかない“白い点”に裏付けを与えることになる。
知識を得ることで董卓は勘を、理論付けた経験として知覚することができるようになる。
董卓は楽しかった。
覚えることが、だ。
若い頃より羌の草原を歩き、戦いを学んだ。
己の私兵を集め、隊を組み、そして戦争を知った。
今、学んでいるのはそれとは違う。
しかし、それに活かせるものだ。
経験が、知識によって形を得る感覚。
それがたまらなく楽しいのだ。
袁隗が意外に思うほどに、董卓は事務処理に長けていた。
いや、事務にも長けていた。
本職の事務係たちが驚くほどに、だ。
時を少し遡る。
董卓が洛陽に行くのは確定していたがやるべきことは多く、本来なら春に上洛するには時間が足りなかった。
それでも煩雑な手続きをいくつか吹っ飛ばしてかなりの早さで涼州を出発できたのは、袁隗の使者として訪れた蔣義渠の手腕によるものだ。
しかし、董卓はその使者を別の名で知っていた。
「お主……士到か?」
「お久しぶりですね。十年ほどですか」
蔣義渠、いや士到はかつて董卓の兄が導師をしていた教団で奴婢として働いていた。
そして、董卓たちに協力し、教団を潰す役に立ったのだ。
しかし、その正体は大将軍梁冀の配下の密偵だった。
梁冀に対する反乱を調べていた彼は、董卓たちに協力することで小規模ながらも梁冀へ反乱を起こそうとした者らを止めることができた。
そしてそれきり、会っていない。
「あの大将軍殿に連座したのではなかったのか?」
「誰かの助言のおかげで生き延びることができたんです」
「ほう?」
「そのお礼というわけではありませんが、あなたに出世の糸口を与えようと思いまして」
「気前がいいな」
「私は今、司徒の袁隗様にお仕えしております。よければ口利きをしようか、と」
「ぜひ頼む」
間髪入れずに答えた董卓に蔣義渠は少し驚いたようだった。
「意外ですね」
「もっと潔癖かと思ったか?」
「ええ」
「十年もたてばな」
「ふうむ。我が主も気に入るかもしれませんね」
こうして士到こと蔣義渠の推薦もあり、董卓は袁隗に辟招されるに至ったのであった。




