六十七、去る者と来る者
戦いの後始末は長くはかからなかった。
侵略にあった酒泉郡と張掖郡の郡太守は生きて見つかり復帰した。
護羌校尉として段熲は残党を狩り、生き残った人々は故地に帰った。
「俺は故郷に戻ることになった」
昭武城の一室で董卓は孫羌の訪問を受けた。
戦場から帰還した董卓たちは一時、昭武城で補給を受けることになった。
物資が限界に達していた董卓隊はありがたくそれを受けとることになった。
一月あまりの行軍に、戦闘を行っていた董卓隊は疲労困憊していた。
ことに董卓は最後の無理がたたり、半月ほどの療養を命じられた。
その療養に昭武城の位置は最適だった。
「故郷に、ということは揚州ですか」
「ああ。栄転ではあるが……まあ一年半も任地を離れていた俺は太守に相応しくない、ということだな」
軽く笑っている孫羌だが、戦の責任者としてうけとるべき栄誉は受け取り、そして負うべき責は負わねばならない。
この後、孫羌は史書から消える。
代わりに別の人物が孫家の名を高めるが、それは別の物語である。
次に訪れたのは段熲と賈詡だった。
戦場の終局で、彼らがやってこなかったら董卓は死んでいた。
そのことに、まず礼を言う。
「礼を言わねばならぬのはわしの方だ」
白髪が特徴的で、顔面に大きな傷を持つ段熲は大きく笑った。
今でこそ彼は并州、涼州で大きな影響力を持つが数年前まで讒言にあい労役刑を受けていた。
しかし、并涼の武人らの嘆願を受けて、調べなおされ刑が取り消された。
過去に命令書を偽造して罪を得たり、なかなか黒いところもある武将である。
まあ、そうでもなければ謀略渦巻く漢帝国と羌族の間で活躍はできまい。
そんな伝説的人物を目の前にして董卓は感激、とまではいかなかったが感動はしていた。
「そのようなことは」
「ある。今回の羌の乱はかなり大規模だった。姑臧は酷いことになったが、そなたのおかげでなんとか立ち直ることができそうだ。早い奪還が功を奏した」
「そう言っていただければ」
「しかし、今度の戦の軍功は孫太守になる」
「それはどういう?」
「貴殿の功績自体は残っているが、敵将討伐の大功は孫太守のものになる」
「地位も無い若造には不釣り合いだ、と?」
「まあ、そう言うな。成就殿と相談はしてある。貴殿の武威は皆が知るところだからな」
段熲は笑みを濃くした。
翌年の話になるが、この時の羌の残党のうち封僇、良多という者が降服し、乱は完全な集結を見ることになる。
この時、彼らの兵力は三百五十人ほどであった。
彼らは“百騎”ではなく、前軍に配置された者たちである。
彼女の遺した“百騎”は史書にも残らず消えたのだ。
「呉書」に言う。
郡は董卓を召し出して役人とし、盗賊を仕切らせた。
あるとき胡族が侵入して数多くの民衆を拐かしたので、涼州刺史成就は董卓を召し寄せて従事とし、歩騎を率いさせ討伐させたところ、それを大いに打ち破り、斬首捕虜は千人ほどもあった。
并州刺史段熲が董卓を公府に推薦すると、司徒袁隗が召し寄せて掾とした
二州の刺史から信頼を得て、董卓の武威はある程度涼州の中に広がったのだった。
なかなか寝床から起き上がれない董卓のもとには連日客が訪れていた。
その日はガアカであった。
先零氏族の董卓への友宜から派遣された戦士長は草原へ帰還すると告げに来た。
「まことに助かった。天祐を得た思いでした、と狼凱様へお伝えください」
「ふふふ。我らこそ真の王帥を選びとることができた、と伝えておこう」
ガアカは董卓のもとにいた羌族の騎兵から帰還したい者を引き連れ、そして自分が連れてきた兵を補充した。
この一年以上の戦で董卓の兵も少なくない数が減っていたが、その分も補ってくれた。
出兵前の百五十の騎兵は人員こそ入れ替わったが、兵数はそのままとなった。
次に訪れたのは卜完である。
檀石槐に預けられた鮮卑の軍団を指揮した武将である。
「軍より百騎を董卓様に預けるようにと指令をいただいております」
董卓の見舞いというよりは事務的な連絡をしに来たように思える。
まあ、実際そうなのだろうな、と董卓は思った。
共に戦ったのは五日間ほどだ。
しかし、その密度は濃い。
「ありがたい。これからそなたはどうするのだ?」
「大人の策である漢土への浸透を行います」
「そうか。中華の地を楽しむがいい」
これから卜完は鮮卑の残りの兵を率い、中華の地に潜むのだ。
そして、来るべき檀石槐の大侵攻の時に中華の中から呼応する役割を持つ。
董卓はこれを見逃すことで中華に危機をもたらすことを理解している。
と同時にそれを面白く思ってもいる。
次の日は王国がやってきた。
湟中からの援軍である彼は烏吾との戦いで多くの損害を出しながらも、最終面まで戦いきった。
湟中義従の実力を確かに見せつけた。
「我らは湟中に戻る」
「臥したままで言うのも失礼ですが、大変助かりました」
「よいよい。この戦で一等命を張ったのはお主だ。癒えるまで寝ているがいい」
「お二方へよろしくお伝えください」
「……我々もやがて戦うことになるだろう」
「ええ……俺が漢の中で上を目指す限りは」
王国の主である北宮伯玉とその武を司る李文。
彼らは檀石槐と組み、いつか漢へと歯向かう。
それは絶対で覆らない。
その時は全力を尽くすと約束し、王国は去っていった。
王国が去ると、姜旦が来た。
漢陽郡冀県の名家である姜家から来た援兵である彼も王国と共に大奮闘した。
「いやあ、よく命が残ったものだと、自分で自分を誉めてあげたいですよ」
「まったく、お互いによく生き残ったものですな」
「これで父上に良い報告ができます」
姜旦の父である姜常には十年前の旅の途中、大変世話になった。
そのうえ、この戦でも援兵を出してもらい、頭が上がらない。
「董卓が厚く礼を申していたこと、お伝えください」
「もちろんです」
姜旦が去ると、昭武城はやけに静かになった。
董卓隊八千のうち、ガアカの三千、鮮卑の三千、湟中義従百、姜家兵五十が去っていった。
涼州諸郡軍も、残党狩りを段熲に任せて解散した。
董卓に預けられた隴西、漢陽の兵も故地に戻っていった。
残っているのはもともとの董卓隊の三百と王方に残された鮮卑兵百の合わせて四百だ。
董卓の療養にあわせて元気な若手三人は訓練を繰り返している。
本物の戦を経験して思うところがあったようだ。
董卓の元に初対面の人物がやってきたのは、傷もあらかた癒えた頃だった。
「牛鉄と申しまする」
現れたのは年の頃が三十後半の壮年の男性だ。
「董卓でございます……して、どのような御用でございましょうか」
「実は我が家は光武帝の時代に護羌校尉を拝命しておりまして……」
「光武帝の頃と申しますと、まさか牛孺卿様の?」
牛鉄は頷いた。
牛邯、字を孺卿と言う。
後漢初期の隴西方面の平定に一役買った勇将である。
その後裔である牛氏は隴西郡狄道の名家として有名である。
董卓の実家に比べれば天と地ほどの家格の違いがある。
「その牛邯の末ですが、まあそう畏まらずに」
「それで……その御用はいったい」
牛鉄が名家であることはわかった。
しかし、董卓には面会を申し入れられる面識はなかったはずだ。
「かつて護羌校尉をしていたので、私も草原に顔が利くのですが、知り合いの羌人からある頼まれごとを受けたのです」
「頼まれごと……?」
「ええ。なんでもシーエイという人物を探してる、と」
董卓は驚きを隠せなかった。




