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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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六十三、三日目、三者三様の夜

 続けざまに三人の指揮官が殺られたことで寄せ集めの前軍はその統率を失った。

 百騎の残る七人はなんとか規律を取り戻そうとしたが、それは果たせず退却するしかなかった。

 なぜなら、混乱する敵軍にガアカら四隊が襲いかかったのだ。

 元々、前軍は董卓隊に劣る。

 それがさらに混乱してぐちゃぐちゃになっているのなら、半数しかいなくても勝つことはできる。


 結果、逃亡兵も相次ぎ滇那軍の前軍はほぼ消えた。

 討ち取られた者はおおよそ五百。

 寄せ集めの氏族たちは元の草原を目指して落ち延びていった。

 “百騎”の残り七百はほぼ無傷で本隊に合流した。


 三日目は、董卓隊の快勝といったところである。

 実質は滇那が不要になった寄せ集めを董卓が掃除した形であったとはいえ、だ。


 これ以上の攻撃は士気をさげるだけだ、と滇那は兵を引きその日の戦は終わりとなった。


 昨夜の沈んだ雰囲気とうってかわって董卓隊の士気は旺盛である。

 酒を飲みだす者はいなかったが、あちらこちらで騒ぎが起こっている。


「まったくどこの隊の者じゃ、規律が守られておらんぞ」


 と巴才が嘆くほどである。

 まあ、一番騒いでいるのは巴才の漢陽兵なのだが。

 普段一番騒ぎそうな李傕の兵らはなぜかおとなしい。


 李傕だけではなく、郭汜、樊稠の兵らもだ。

 実際に馬を走らせ、戦い続けている若者らには分かってきている。

 本当の戦いは名誉や勇猛で行われるのではなく、血と肉と死があふれていて、恐怖と狂気こそが戦場での正しい感情だ、と。

 それをまぎらわせるための陣中での大騒ぎなのだが、若さが彼らにそうさせることをさせない。

 だって隣にいたのだから。

 自分たちを殺せる訓練を受けた“百騎”と呼ばれる精鋭が。

 逃げ惑う奴らなどどうでもいい。

 あんな強い奴とそれに率いられた兵は気を抜くとすぐに命を狙ってくる。

 三人で顔を付き合わせても誰も何も言わない。

 その様子は昨夜の董卓のものと同じだが、彼らはまだどうにかする知識とどうにかなる経験が足りない。

 大人が声をかけるしかない。


「恐ろしかったか」


 意外なことに声をかけたのはガアカだった。

 先零の戦士長である彼は面倒見が良いのだ。

 董卓がシーエイと名乗っていた頃にもそういった傾向があった。


「はい」


 素直に返事をしたのは李傕だった。

 鋭い目付きで、髭も生えて鎧を着ていなければ野盗の類いに間違われるかもしれない。

 しかし、そんな見た目と裏腹に声は冷静だった。

 その隣で空の杯を持ったままの郭汜、武器の手入れをしている樊稠。

 彼らの視線がガアカに向いた。


 ガアカは髪に白いものが目立つようになってはいたが、筋肉の衰えはなく、頭の回転も変わらぬままだった。

 その言は戦では万雷のように遠くまで響き渡るが、こな若者らに話しかけた声は静かで重かった。


「その恐ろしさを覚えておけ。そして戦の時は心の奥底に押し込め、戦うのだ」

「この恐ろしさを押し込めて……」

「そうだ。ただな、お前たちの主。我らがシーエイと呼ぶあの男の真似はしてはならんぞ」

「董卓様がなんだというんです?」

「あれは天意を持つ傑物だ。その戦いは恐ろしさとは無縁だ。彼の目は戦の先を見ている」

「は、はあ」

「彼の心底にあるのは天意に向かう果てなき野心だ。恐怖など入り込む隙間は無いのだよ」


 ガアカは彼のいるであろう天幕を見て言った。


「お、俺たちは兄貴についていくって決めたんだ。だから、怖くなんてない」

「それが真似をする、ということだ。良いではないか、恐れても良いのだ」

「恐れても良いというのはどういうことでしょうか」


 強がる李傕をよそに郭汜がガアカに聞いた。

 この四角い顔の青年は、少なくとも李傕よりは思慮深いように見える。


「それはな。そなたらが敵を恐れている時、そなたらの相手もそなたらを恐れているのだ」

「それは、確かに……」

「その時、恐れているだけの者と恐れを心底に持ち続け戦う者、どちらが生き残るだろうか」


 恐れが体を動かさないようにすることはよくわかる。

 恐れを心底に押し込めるというのは、恐れながらも冷静に体を動かせるようにするということだろう。

 そういう心構えを持つということが戦いで生き残る分岐点になるのだろう、と郭汜は理解した。


 ばっと立ち上がったのは樊稠だ。


「難しいことは、わかんねえ!」

「ほう?」

「だから、俺と戦え!」

「は?」

「おい、樊稠」


「よいぞ。そも話で納得しないとは思っていたし、私も漢語の話など得意ではないゆえな」


 ガアカは押さえていたらしき闘気を放った。

 背中がぞわぞわと震えるような、それは戦争とはまた違った恐怖だ。

 だが樊稠は負けずに向かって行った。


 そしてボコボコにされた。


 感情で飲み込もうとした李傕。

 理性で解決した郭汜。

 体で解ろうとした樊稠。

 三者三様で恐怖に立ち向かう姿勢を見せたのだった。



 そして、四日目を迎える。

 董卓は布陣を変えず、敵小隊を誘い出して撃滅する姿勢を崩さない。

 それに対して滇那もまた堅守の構えを見せた。

 小隊を出しても董卓の騎馬隊が一気に刈り取るし、大軍を出しても指揮官を狙い打ちにされてしまう。

 “百騎”の面々は滇那が大事に育てた子飼いである。

 それを狙撃で簡単にやられるわけにはいかなかった。


 両者の間に流れる緊迫感は体力も精神力も削っていく。

 しかし、状況は変わらず四日目は動きの無いまま終わった。


 その日の夜のことだ。

 董卓の天幕に、弟の董旻がやってきた。

 実戦を経て武将として著しい成長を遂げた彼の顔は暗い。


「兄上」

「どうした?」


 思い詰めた顔には、大事なことを話そうとする決意と、それを言いたくない気持ちが拮抗しあっている。

 だが、言わねばならぬ、と董旻は決めたようだ。


「帰りの分を計算した結果、明日が限界です」

「そうか」


 兵糧が、である。

 本来渡された兵糧は二千の兵の分しかない。

 それが先零氏族と鮮卑軍の合流により兵数は四倍の八千になった。

 つまり兵糧は四倍の速度で消費されることになる。

 一月分はあった兵糧は帰り道のことを考えるともう余裕が無い、と董旻は判断した。


 ここから取れるのは、敵戦力を半減させたことを功績として撤退する、帰り道のことを考えずに戦争を続ける、などが考えられる。


 しかし前者は漢人からの評価は得られるが、羌族や鮮卑族からの評価は落ちる。

 暴れまわる滇那を止められなかった、というように。

 これは選べない。


 かといって後者は例え勝ったとしても、食べ物の尽きた軍隊が草原しかないこの辺境の辺境を行軍などできない。

 村落などがあれば略奪などで生き延びることはできるが、それもできない。


 ならば選べるのは一つだ。


「明日、勝つしかあるまい」


 董卓はそう言い、董旻は頷く。


「手立てはあるのでしょうか?」

「負けない戦を積み重ねて兵の数はほぼ同数、そして向こうには弓の恐怖を染み込ませた。後は俺の目が見抜くことができるかどうか、だ」


 なぜか、兄の顔に不安が無いことに董旻は気付いた。

 楽しんでいるのだ、と直感した。


 この戦争の相手が兄と浅からぬ因縁があることは知っている。

 かつて旻の実家が謎の宗教団体に乗っ取られた時に、何かあったのだ。

 どこか空虚な青年であった兄が、一年ぶりにあった時の変わりようはいまだに忘れられない。


 全ては明日決まる。

 自分たちが敗れるか、生き残るか。

 董旻はまだ予測できていない。

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