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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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六十一、二日目。邂逅

 二日目が始まった。


 兵数が増加した両翼の部隊は押しに押した。

 昨日と同じように戦いをしようとした滇那軍は戸惑っているようだった。


「うむ。押している」

「押している、ではない」


 両翼の戦局を見て満足そうな董卓に、巴才は不満そうに言った。


「巴才殿。向こうにはこちらを攻めぬ理由がございます」

「攻めぬ理由、とな?」

「昨日と違い、今日は両翼が押されていることに向こうは気付いているはず。ここで中央の役目は後詰めとしてしっかりと待っていること」

「より押されている方を援護する、ということか」

「さようでございます。これが無ければ押しきられた方は瓦解し、突破した我が軍のどちらかの翼が敵中央か反対の翼を後ろから襲うことになる。そうなると我が軍の勝ちは決まりです」

「むう。そこまで考えずに猛勇をもって突破してくる可能性もあろう?」


 滇那がそんな馬鹿な真似をしてくるわけはない、と思いつつも董卓は答える。


「その時は“敵大将”が率いる中央を左右から挟撃するのみです。大将を討てばその後ろにどれほど敵がいても勝ちです」

「おお、確かに。しかし董従事殿。貴殿は若いのによく考えて戦をするのだな。我らなぞは向かってきた羌族に突撃し弓を射て!で勝敗が決まる戦ばかりしてきた。そこまで頭を回らす前に戦は終わっていたのだ」


 戦はしないことが最善と孫子は言っている。

 戦をしない状況を作るのが最もよい、と。

 漢と羌が争わぬ状況が作られればこんな戦はしなくてよいのだ。

 だがそれは無理だ。


 例えば滇那たちの根本にあるのは二十年前の大乱だ。

 且凍と傳難氏族が三輔地方を侵略し、その報復に焼当氏族が巻き込まれた。

 滇那の出身であるその氏族は、彼女とその姉を残して滅びた。

 だが、その大乱もまた漢の締め付けの強さへの反抗であったし、締め付けが強くなるきっかけもまた羌の反乱なのだ。

 どこまでいっても果てることのない連鎖。

 それを、歴史を忘れて仲良くしよう、というのが無理なことなのだ。

 それでも先零氏族をはじめとした一派は歩み寄ってきてくれてはいる。

 漢人の俺に力を貸してくれている。

 俺が出世すればそれは羌族の発展と同意、などと言ってくれる。


 どちらかの滅び、という選択肢はとれない以上、友好的な関係を築いていくしかない。

 それを滇那たちはわからないのだろうか。


 しかし巴才はよく何も考えずに今まで戦ってこれたな、と董卓は笑顔を崩さずに思った。

 突撃し弓を射て!で済むような戦いで何を得られるというのだろうか。

 相手の動きを、考えを読み、指揮をし、策を考え、叫び、駆け、戦う。

 何も考えずに勝てるのはよほどの強運を持っている者だけだ。

 もしくは相手がよほど愚かであったか。

 考えたこと、動いたこと、勝ったこと、負けたこと、それらは全て己の経験であり、知識だ。

 それらを積み重ねていくこと、それが武将としての成長である。

 もったいないではないか。

 ただ戦うだけで終わらせてしまうのは。



 両翼の先零氏族と鮮卑軍は迎え撃つ滇那軍と激しい戦いを繰り広げ、押しに押しまくった。

 そして、左右それぞれの滇那軍は撤退を始めた。


 本陣からそれを眺めていた巴才は「おお!見事だ。素晴らしい!」とはしゃいでいた。


 しかし、董卓の顔には苦いものが走っている。


「馬鹿な……もろすぎる」


 喜んでいる巴才はその声が聞こえなかったようだ。


「む?董従事殿、中央から敵が……?」


 見ると百人ほどの騎兵が無人の中央を駆けてくる。


 董卓の予測ではありえない事態だ。

 しかし、両翼が奥まで進み挟撃の恐れが無くなったゆえの中央の突破は予測できることだった。

 そこまで押し込まれれば普通は負けを意識するはず。

 守りに入るはず。

 そこから攻めに転じたり、進軍したりなどは考えもしないだろう。

 そんなことはありえない、と可能性を排除していた己に董卓は苛立っていた。


「こちらもでるぞ」

「中央は戦いが無いのではなかったか!?」

「戦いは……無いでしょう。あれはおそらく話をしに来たのでしょう」

「羌族めらが何の話を!まさか和議をかわそうというのではなかろうな」


 和議は無い。

 お互いここまで来てしまったのだ。

 羌族はやり過ぎ、漢軍は見事なまでに反撃している。

 ここから仲良くしようは、無い。

 どちらかの降服のみが戦を終わらせる。


 向かってきたのは滇那だ。

 囲む百騎はどれも精強に見える。

 一人一人が隊長格、烏吾や夷分に匹敵する武人。

 よくぞそんな奴らを集めたと感心するよりない。

 と同時にそいつらに兵を率いさせ、その力を存分に振るわせることができればどれほどの軍を作り出せるだろう。

 そんなことを董卓は思った。


 滇那は董卓の前に馬を止めた。


「まずは誉めてやろう。よくぞここまでになった董卓シーエイ


 再会の第一声は思っていたものとは違っていた。

 旧交を懐かしむとか再会を喜ぶとかにはならないとは思っていたが。


「何をそんなに誉められるのか、わからん」

「草原に迷いこんだ若者が漢人、羌人、鮮卑人の信任を得て万にも至る兵を率いること、先零の武人も打ち倒す武力を得たこと、奪われた城を取り返す知謀を持ったこと。十年でよく成長した、と誉めたのだ」

「……まさか、いまだに蚩尤いくさのかみに取りつかれているのではあるまいな?」


 董卓の言葉に滇那はキョトンとした顔になった。

 そして、笑う。


「はっはっは。まさかいまだに古の戦神に乗っ取られたと思っていたのか?羌の忍氏族の秘技“神降ろし”の正体はな、己の潜在能力に名を付け意識させるというものだ」

「潜在能力?」

「そうだ。己の中に普段意識されずに漂っている戦の、闘いの知識と経験、祖先からの伝承、それらをちゃんと使えるようにするのが“神降ろし”だ」

「神に乗っ取られたわけではない、と」

「そうだ。この身体能力も、知謀も、策も、計略も、みな私の中にあるものだ。私自身の力だ」

「……零晶を襲ったのも神ではなく、お前の考えだったのだな?」


 その話題を出すと、楽しげに会話していた滇那の顔から表情が、消えた。


「そう。だってあれは過去の私。約束と使命に縛り付けられた私の残骸。それをきれいさっぱりと焼き尽くさないと王帥にはなれないよ。……そしてそれはあなたも同じ」

「俺も……過去の残骸か」

「そういうこと。あなたを愛して慕って大好きで、共に生きようとした過去の私を消し去らないといけない」

「そうか」


 滇那は全ての過去を焼いて消して捨てることで羌の王になると決めたのだ。

 愚かでか弱い小娘だった自分は軍をべるに相応しくない、と。


「さあ、それではここから本当の戦いを始めよう」

「本当の戦い、だと?」

「どうだった?指揮官を失った烏吾の軍は簡単に押し込めただろう」


 昨日、烏吾を戦闘不能にしたことで瓦解した奴の部隊を両翼に配置していたらしい。

 なんのために?


「何を」

「私たちの総兵力を教えてやろう。二万だ」

「二万……!?」

「漢人の軍を叩くには足りぬが、お前たちを倒すには充分だと思わないか?」

「ぬう」

「ここにいる百騎がそれぞれ百を率いる一万がこれから出陣する」


 董卓の見立てたこの百騎がそれぞれ指揮官だったというのは正しかったようだ。

 当てたくないことは当たるものだ。


 そして押し込めたはずの両翼が戻ってきた。

 引いた波が戻ってくるように。

 その奥からは意気揚々とした滇那軍の本隊が鬨の声をあげていた。

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