六十、一日目が終わり軍議は弾む
敵中央の烏吾率いる全無氏族軍を蹴散らしたものの、全体の戦局としては互角、あるいは滇那軍が押し気味で一日目は終わった。
敵の夜襲がなさそうだと見て、董卓は軍議を開いた。
この戦についての情報を集めて、進め方、戦い方を修正せねばなるまい。
それぞれからの報告を聞く。
その中には名だたる武将を倒したという報せは特に無い。
烏吾という将は全体の副将格であったらしいが、董卓は腕一本で逃してしまっていた。
な将とは思えなかったからだ。
それはつねまり、滇那の軍のレベルがそこまでではない、という予測に繋がる。
だが、そう判断するのは早計だろう。
無名の勇将というものはどこかにいるものだ。
「右翼の敵は勢いはあれど技術は無い。その勢いを受け流し、反撃を決めればたちどころに瓦解しましょう」
と鮮卑から来た卜完が言った。
「左翼の敵は逆だな。守りに長けるが攻め手は弱い。強攻を加えれば突破できるやもしれん」
ガアカはそう言う。
「ですがどちらにしても、我が軍の手勢が不足かと」
そう言ったのは張済だ。
中央にいて両翼の戦の展開を良く見ていた彼が言うのだ。
卜完もガアカも同意するように頷く。
どうやら、檀石槐の仕掛けた策は不発に終わったようだ、と董卓は判断した。
そのため、数の不利は結局変わらない。
「こちらへの後詰めは無い。ゆえにここにいる者らでやらねばならぬ」
董卓の言に皆頷く。
兵が欲しいといってすぐさま増えるわけはない。
ガアカや鮮卑兵が来たのは、董卓の運が良かっただけだ。
「それにしても兄上。敵は我らのことを侮っていたようでしたな」
「うむ。それは私も感じたな」
弟で先鋒を務めた董旻、そしてガアカがそう言う。
「侮っていた?」
「はい。本気で動いていたのは敵兵の半分ほどではないか、と」
王方がそう言ってきた。
情報を最も大事にする裏の仕事を任せている王方がそう言うなら間違いはあるまい。
侮っていた?
俺を?
滇那が?
部下の統率が取れていないか、陣内に不和が生じているか。
と考えたが、それは無いと思う。
彼女の統率力だけで成り立っている滇那軍の中で不和が生じるはずがない。
そんなものが起こった瞬間、戦うまでもなく軍は瓦解するのだから。
ではなんだ。
何が彼女の判断を曇らせた。
曇っているのか、視界が?
「情報が正しく伝わっていない……?」
董卓の呟きに「それはありそうだな」とガアカが反応する。
「どういうことでしょうか?」
王方がガアカに尋ねる。
情報通としては何が起こっているかを知りたいのだろう。
「我ら先零氏族にしても、そちらの鮮卑軍にしても合流するまで董従事殿も知らないことであったはずだ」
「確かにそうだ」
董卓は頷く。
ガアカにしても、檀石槐にしてもこちら側によく来てくれたと驚いたのだ。
「例えば、向こうの斥候がここ張掖居延属国に入るまでしか監視していなかったとしたら?」
「こちらの戦力が増えていることを知らなかった!?」
王方が驚く。
董卓にしても王方にしても向こうが、十全に戦力を把握していると思っていたのだ。
そうか。
ここに着いてから先零氏族や鮮卑が合流したことを向こうは知らなかったのだ。
「戦力というものは実際に相対すると多くも少なくも見えるもの。こちらの戦力がまさか二倍になっているとは思ってもなかったのでしょうな」
「解せぬことです。なぜ向こうはそれほど情報を集めるのを怠ったのでしょうか」
王方が疑問を呈した。
「そうだな。昭武城では見事なほど簡単に城内に入られた。それほどの隠密があるのならこちらの様子をうかがうのは簡単ではないのか?」
昭武城の夜襲のことを思い出しながら巴才が言った。
彼もはじめは羌族のガアカや鮮卑の卜完などにたじろいでいたが、彼もやはり涼州の武人である。
ある程度話が通じるのがわかれば慣れるのは早かった。
「むしろ、昭武城でそういうのが多く討ち取られたのでは?あの時、城内に入った羌族はほぼ倒されたはず」
王方が言う。
張掖郡で漢軍が拠点としていた昭武城に夜襲が仕掛けられ、城内で激しい戦いが起こったのは確かだ。
その時、董卓らは城の外で夷分らと戦っていたので城内の詳細は知らないが、漢軍の勝利に終わったことは知っている。
「確か、城内に入っていた者は且凍の冒玄と名乗ったそうだ」
隴西太守の孫羌から聞いたので間違いのない情報だ。
その名にガアカはハッとする。
「確かに且凍氏族は先零より離れて滇那に行った氏族。豪帥である父親を殺して氏族を統率したのが確か息子の冒玄……なるほど死んだか」
「そいつらが敵の隠密、密偵の役目を果たしていた可能性がありますな」
巴才が言った。
「ということは、だ。今頃向こうの陣営ではこちらの数の多さにあわてふためいている、ということだな?」
董卓の言に参加している将らが頷く。
「ならばそれを元に策をたてる必要がありますな」
巴才が簡単な地図を睨む。
地図の上には木っ端で作った駒があり、自軍の場にあるものはそれぞれの将の名が記されている。
中央に董。
それに小さな駒で巴、李、樊、郭などというように部隊長とそれに付随する隊長が一目でわかる。
今のところ欠落した駒はない。
中央は烏吾の力任せの突撃で十名ほどが亡くなり、同じくらいの負傷者が出た。
右翼、左翼それぞれも同じくらいの被害らしい。
初日の攻防はお互いに様子見が常。
気負いだった烏吾が先走ったというのがこの日の結論だ。
それを踏まえて明日、そしてそれ以降を考えねばならない。
「うむ」
「董従事はどうなされるおつもりか?」
巴才はどうも俺のことを試そうとしている。
「両翼の攻めは相手より戦力が上なら確実に抜けるな?」
「戦力が上ならな」
「今ある戦力でやるしかない、と言ったのは貴殿だが?」
ガアカと卜完は“戦力が上なら”できると言った。
王方は俺に従ってくれるようだ。
「中央から董旻隊を左翼へ。強攻を得意とする旻なら上手くやってくれるだろう。李傕、郭汜、樊稠の三隊も動かす。勢いなら誰にも負けぬ」
左翼を率いるガアカならば四隊を使いこなすことができるだろう。
いずれも猛将系であるし、羌族の騎兵が中心の隊だ。
馴染みはいいはずだ。
「なるほど。左翼を厚くするならいけるやもな」
「また張家兵、姜家兵、王国兵を右翼へ動かす。彼らは技巧に長けている。受け流しからの反撃などは得意中の得意だろう」
「わかった。戦力を増していただけるのならうまくやってみせよう」
「相手が戦力を把握できず戸惑うのは持って明日。明日に大きな打撃を与えたい」
「ち、ちと待ってくれ」
巴才が俺を止める。
その視線は俺でなく地図と動かした駒に向いていた。
「どうしました。巴才殿」
「董従事……貴殿、本気か!?」
「私はいつも本気ですが?」
「冗談を言うておるわけではない!両翼の戦力を増すのは仕方なし、しかしだ。中央が」
「そうですな。中央は私の旗本と巴才殿の隊しかおりませぬ」
初日の陣立ては右翼鮮卑軍三千、左翼先零氏族軍三千、中央漢軍二千だ。
弟の董旻と若手三人合わせて八百ほどを左翼へ、張済らを八百ほど右翼へ動かした。
残るのは俺の旗本五十と巴才率いる漢陽兵が百五十ほど。
「も、もし中央が攻められれば……」
「負けますな」
「ど、どうするつもりなのだ」
「まあ、明日にはわかるでしょう」
青ざめた顔の巴才を残して、軍議は解散となった。




