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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十九、一日目。烏吾の戦

「先手必勝!」


 と叫びながら董旻が突っ込んでいった。

 初手は若手に行かせようと思っていた董卓は弟の剛毅さに笑い、そしてそのまま戦いを続けることにした。


「お前らも続け!」

「おう!」

「御意!」

「行くぜ」


 李傕、郭汜、樊稠の若手三人はそれぞれ元々の董卓隊に所属していた羌族の騎兵たちを率いて、董旻に続いた。


 董旻、李傕、郭汜、樊稠は矢の射程範囲に敵が入ると騎射をする。

 その矢が当たったのかも確認せずに四隊は切り込んでいく。

 この矢は敵を射るものではなく、敵の注意をひき、隊列を崩し突撃を成功させやすくするものだ。


「王方!ガアカ!」


 鮮卑を率いる王方は右翼、羌族を率いるガアカは左翼を進む。

 どちらも純然たる騎馬民族であり、その実力は敵と遜色ない。

 むしろ、上回る。

 鮮卑兵は檀石槐の主力に近い兵たちであり、董卓への友宜から貸し与えられたものだし、ガアカ率いる羌族兵は武闘派の先零氏族が中心でその技量は高い。

 寄せ集めが王帥の滇那の求心力で軍勢の体を成している羌族滇那派は数でこそ董卓たちに勝っているが、その実力はどうなのか。

 その答えは、最初の衝突で判明する。


 中央を進む董旻と若手、右翼の王方、左翼のガアカ、いずれも押し込んでいた。


「弟御も成長したもんだな」


 と張済は快進撃を続ける董旻に感心したように言った。


「うむ。予想以上だ。だが、もうそろそろ」


 董卓は弓を持ち、烏騅の頭を優しく撫でる。


「そろそろ?」

「勢いが止まる。ので俺たちが行く」

「待て待て、大将が最前線に立つなんてのは春秋戦国時代おおむかしに終わったんだろ?」

「新しい時代の戦いがそうでないとは言えんだろ」

「ああもう。あんたが一番前で戦いたいのはわかった。だが予備兵力は無しで全員で行く。良いな?」

「別に構わんが、全員で行くほどでもない」

「戦力を小出しにするのは各個撃破されてしまう。持てる全軍で行くべし、と当主が言っていた」

「張烈殿の言か……うむうむ、確かにそうだな」

「よし、決まりだ。王国殿、姜旦殿、巴才殿、行くぞ」


 中央への後詰めに董卓が出撃し、董卓隊は全戦力を戦場へ投入した。


 董卓の予想通りに董旻たちの勢いは止まりつつあった。

 敵中央の真ん中あたりから兵の質が変わったのだ。

 今まで無人の原っぱを闊歩する気分で進んでいたが、そこへ硬い壁が立ちふさがった感じだ。


 その内容は烏吾率いる旧全無氏族だ。

 烏吾の手足となって動く彼らは、もはや帰る故郷もなく戦いに全てを捧げていた。

 命もいらぬほどに戦いに支配された彼らは突撃してきた董旻たちを押し出していく。

 烏吾隊の副将である呂陸は軽騎兵を自在に操り、董旻たちを翻弄していく。


「は!存外柔らかい相手だ」


 威勢よく烏吾は口にする。

 こんなところまで追ってきた漢軍。

 しかも、王帥が気にしている相手だ。

 どれほどのものかと警戒していれば、無策で突っ込んでくるだけだ。

 こんな相手には負ける方が難しいだろう。


「烏吾様、このまま敵中央を潰してしまいましょう!」


 呂陸が興奮を隠しきれない顔でそう言う。


「まあ落ち着け。敵の勢いが枯れたらば押し込んでやろう」


 余裕がある。

 それが緩みを生んで、その間隙を董卓は狙ってくることを烏吾は忘れていた。


 戦場を縫うように一矢が雷光のように放たれた。

 その矢が射られた時に発せられた気のようなものを、烏吾はギリギリで感知した。


「ジャッ!」


 まるで鉄と鉄をこすりあわせるような鈍い叫びを発し、烏吾は手にした鉄剣を振り上げた。


 ジィギーンと、耳をつんざくような衝突音がして、矢だったものの欠片が宙を舞った。

 腕のしびれは硬い岩を殴り付けたかのようだった。


 戦場の隙間から、こちらへ矢を放った男の姿が見える。


「あれは……西穎シーエイ!そうか、ようやく俺の前に姿を見せたか」

「あいつは、夷分の仇!」


 呂陸は昭武城夜戦の時に挑発され突撃し、敗れた夷分の姿と相手のことを覚えていた。

 そして烏吾もまたそうであり、それ以上に滇那が気にする相手として嫉妬の対象であった。

 その相手がここに来ているのなら倒すしかない。


 烏吾は漢軍の先鋒を追い散らしている自軍をまとめ、先頭にたって西穎の方へ突撃を始めた。

 敵の総大将を討ち取ればそれで戦いが終わるとすれば、その行動は正しい。

 しかし、怒りや妬心、復讐心などで茹だった頭でまともな戦いなどできない。

 目の前の西穎だけを見て、自分達の横に何があるかも考えない突撃は相手には届かなかった。



 董旻たちの危機と見て出てきた董卓は敵の主将らしき男を射った。

 それは姑臧での戦いでの繰り返しであり、射たれるにしろ、避けるにしろ、射られた相手はその時の屈辱を思い出すはずと董卓は考えた。

 事実、矢を弾いた敵の将は董卓を視認するとまっすぐに突っ込んできた。


 あまりにも簡単に釣れてしまったと董卓は呆れ、そしてそれでも全力で相手をしようと決めた。

 右手で高々と刀を掲げる。

 陽光にきらめく刀身は、一つの合図だった。


 手練れの王国と姜旦は自身の兵を率いて伸びきった烏吾たちを挟撃した。

 思わぬ横からの打撃に烏吾たちはまともに攻撃を食らってしまった。


「おのれッ!漢人め。まともに戦うこともせぬか!」


 烏吾の怒号は彼の持つ刀に込められた力に代わり、まわりにいた姜家兵を切り裂いた。

 その勢いをもって、烏吾は馬を走らせ挟撃してくる敵兵を突破せんと駆けた。



 その様子は董卓からもよく見えた。

 挟撃、董卓たちも含めると三方向からの包囲を力任せに突破してくる敵将の顔は獣のように見えた。


「その力と胆力は認めよう。だが、将たるものが配下をおいて単騎で駆けるのは将の器にあらず」


 まあ、それは俺も似たようなものなのだが。

 と心中で董卓は己を笑う。


 向かってくる敵将に向かって董卓も烏騅を駆けさせた。

 無理矢理進んでくる烏吾と違い、董卓の進みは水が川を流れるように滑らかだ。

 董卓には見えている。

 己の進むべき道筋が。


 烏吾が王国兵と姜家兵の群れを抜けた時、そこには董卓シーエイが待っていた。


西穎シーエイ!!」


 絶叫と共に、烏吾は董卓へ切りかかった。

 馬もガクガクと震えている。

 おそらくこれが最後の一撃。


「貴様は、あまりにも拙い」


 董卓の視界に閃く白い点。

 相手の隙、反撃の好機、防御の要所、それらが董卓の視界には白い点となって見えるが、今の烏吾相手には無数の白点が見えた。

 どこまでも隙だらけ。

 牙を向いたような顔はその気勢をうかがうことはできるが、それだけだ。


「命をもらうッ!」

「そういうものは、もう十年前にやったのだ。俺は」


 烏吾の上段からの斬撃を左手の籠手で力任せに弾き、右手を相手の左脇から差し入れ斬る。

 その動きに、烏吾は反射的に対応し左手で防ぐ。

 だが羌族の薄い鎧では鉄の刀を防ぐことはできず、血しぶきをあげて烏吾の左手は宙に舞った。


「う、ぐおおああッ!?俺の腕が!」

「腕一本で命永らえるのは僥倖だ。見逃す、行け」

「俺を!俺をなぶりものにする気か!」

「……そうだ。お前の後ろに横たわる死屍累々をその脳裏に刻みながら生きていくがいい」


「烏吾様!」


 同じく包囲を突破してきた烏吾の部将が、彼の馬に烏吾を乗せて走り去った。


「なかなかに配下には慕われておるようだな……とまだ戦は始まったばかりよ」


 董卓は戦場の向こう側、いまだ動きのない滇那の方を見た。

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